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競争のためには他人との「距離」を広く取る必要がある

日本人は、じつは「競争」について「大きな勘違い」をしているかもしれない


 近年、「競争」という言葉は、悲惨で、過酷で、しんどいといったイメージのもとで語られがちだ。

【写真】「日本のどこがダメなのか?」に対する中国ネット民の驚きの回答

 しかし、競争をそうしたものとしてのみ捉えるのは、「競争」というものがもつポテンシャルを切り捨ててしまうところがあるのではないか――。

 このほど『今を生きる思想 ジョン・ロールズ』を上梓した学習院大学教授の玉手慎太郎さんが、政治哲学から見た「競争」について語る。

「競争はしんどい」、しかし…
 ――この20~30年ほど、日本の「競争社会」の負の側面が注目を集め、「競争は格差を拡大するのでよくない」「競争はしんどい」といったイメージが広がっています。ただ一方で、「いっそのこと競争はなくしたほうがいい」と言い切れるかというと、それもまた疑問に思う人が多いでしょう。

 玉手さんの専門である政治哲学や倫理学の知見からは「競争」はどのようにとらえられるのでしょうか。

 玉手 政治哲学や倫理学のすべてを代表するわけにはいかないのですが、今回『今を生きる思想 ジョン・ロールズ』を書いて考えたことをもとにお答えします。

 まず、「競争」といってもひとつではなく、そこには二種類あるのではないかと、私は考えています。私なりの言い方になりますが、競争には「弱肉強食的な競争」と「切磋琢磨的な競争」があると思います。

 「弱肉強食的な競争」は、勝者が多くを獲得し、敗者は多くを失ってしまう、そういうタイプの競争です。

 たとえば、就職活動を想像してもらうといいかもしれません。就職できる「イスの数」は限られていて、そのイスをみんなで奪い合うという構図です。基本的には、勝者と敗者がキッパリと分かれ、勝者が望むものを手に入れると、敗者はそれを手に入れられない。べつの言葉でいえば「ゼロサム」の競争です。

 玉手 このとき、就活に負けた側にも得るものがあったかというと、たぶんあまりなくて、失ったもののほうがずっと多い。もちろん、就活をするなかで、各々の就活生の面接の技術が上がったりする面もありますが、基本的には「弱肉強食的な競争」になりますよね。こういう競争は、しんどいし、厳しいものになるでしょう。

 一方、「切磋琢磨的な競争」というのは、競争を通じて、参加者が互いに成長していくタイプの競争です。「あの人ががんばっているから、自分もがんばろう」とお互いに成長しあい、相対的に優位になった人も、相対的に劣った立場に立つ人も、ともに得られるところがある。いわば「プラスサム」の競争です。

 たとえば、将棋の藤井聡太さんはものすごく強いわけですが、藤井聡太さんがいれば他の棋士はいなくていいかというと、そんなことはないですよね。藤井さんに負けまいと努力することで、他の棋士も強くなる。藤井さんに負けたとしても、その努力から得るものが大きい。藤井さん自身もまた、挑まれるなかでもっと強くなっていくでしょう。そうして新しい戦法も生まれ、いずれは勝敗が逆転するかもしれません。



俗に言われるブラック企業などでは、間違いなく弱に食狂騒的な物に徹する事を強いられている事でしょう。そう言う所では従業員を大事にするなんて事はないから、従業員のつぶし合いなんて事も平然とやっている事でしょう。
それは別として、切磋琢磨型の競争を目指すのであれば、その競争のサークルの許容限度と言う物があると言う事を意識する必要があるでしょう。人間は往々にしてずるい物でして、自分が得できるのであれば、時として他人の足を引っ張る事がある物でして、そうさせないような環境づくりをあらかじめする必要があるのではないでしょうか。そう言う環境の下でならば、ある種の他人との距離を広く取る事ができれば、他人の足を引っ張る事よりももっぱら自分が先を行くと言う方向で競争に邁進できる物なのです。
許容限度を考えずに、猫も杓子も競争のサークルの中に押し込めてしまえば、容易に他人の足を引っ張ると言うか、他人を押しのけなくては前進できないと言うようになってしまうのです。



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犬寒

タイトルにある言葉。ドイツ語では

Hundekälte(女性名詞)

となります。もちろんそれは本当に犬寒と言う言葉がある訳ではなく、本当の意味は、酷寒てあります。それをなぜかしらんドイツ語ではHundekälte すなわち犬寒と称したのです。


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狂気のメロディー・追加5

今回の「嫌韓替え歌集」は「ヤットデタマン」を元歌とする「狂気のメロディー」の12番から13番までをお送りします。
( ゜∀゜ノノ"☆パチパチパチパチ

12番
遠く半島見てみりゃー どこでも逃亡拝めるー
いにしえから続くー トンスラメロディ―
逃亡! 見境なしにー逃げるぞー
逃亡! 逃げのスピード―負けぬぞ―
いつまで続くかー すそまじ逃亡―
5000万愚民ー心―合わせ―逃亡―
いつもとどろくー 逃亡の嵐―
果てしがーないぞー逃げのー旅がー
いつの時代 どこを見ても 全く同じ
大姦民酷― 逃亡ー 

13番
遠く半島見て見りゃ― 頻発するぞー不払い―
いにしえから続くー 不払いメロディー
不払い! 借りる―と言うより物乞いー
不払い! 踏み倒しーに血道―上げるぞ―
いつまで続くかー 不払いに踏み倒し―
5000万愚民ー心―合わせ―不払い―
いつもとどろく― 不払い嵐―
よそのー国でも―踏み倒しするぞー
いつの時代 どこを見ても 全く同じ
大姦民酷― 不払いー 



今回の替え歌はいかがでしたかな?(*´∀`)アハハン♪

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武士道なき武士⑧

「武士道なき武士」第8回目です。
戦国時代であれば、もっぱら戦闘員としての役目に終始できたでしょうが、江戸時代ともなりますと、武家奉公では形式的、儀礼的な物が幅を利かせるようになって行きました。
その代表的とも言えるのが、勅使接待役と言って良いでしょう。そしてそれは、吉良上野介のような人間の存在が重要性を帯びてきます。彼は、勅使接待役に従事する大名に対して、こう言う事には注意せよと助言をしてくれるのですが、その代わりに謝礼と言う物を欲してきます。
NHKの番組にある「ヴィランの言い分」では、人間は対象としていないのですが、もし人間を対象とするのであれば、吉良上野介などは上げて良い人物でしょう。彼は往々にしてドラマや映画では嫌われ物とされる傾向が多いのですが、その嫌われ者とされる最大根拠とされる謝礼の要求に関しては、彼だって日々公家との交際を行うに当たって大枚を投じていたのです。それがあればこそ、勅使接待役に従事する大名に対する助言と言う物が可能になるのであって、十分に謝礼をはずんでくれてもいいだろうと言うのが彼の言い分だったのです。



長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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いい加減外人留学生に対して奨学金を出すのはやめにしよう

「キミには母国と日本の橋渡しを期待しているよ」に優秀な外国人留学生が辟易のワケ


 日本は外国人留学生に対する奨学金に力を入れている。にも関わらず彼ら外国の若者たちには、日本での就職を選ばない傾向があるという。いったい彼らはなぜ日本を離れるのか。その理由は、日本企業の人事部が無意識に持つ、「日本への同化」の期待にあった――。本稿は、デニス・ウェストフィールド『外国人には奇妙にしか見えない 日本人という呪縛 国際化に対応できない特殊国家』(徳間書店)の一部を抜粋・編集したものです。

【この記事の画像を見る】

● 外国人のアイデンティティーを 認めようとしない日本企業

 筆者の知人で、中国に生まれて中学生の時に日本に渡り、東京大学を卒業して日本に帰化した優秀な人がいる。

 彼の日本に関する洞察は興味深いものだ。彼によると、大学時代の彼の友人の中国人たちは、日本の大学を卒業すると、多くが日本に残らず、米国などに渡ってしまうという。

 彼自身もその一人で、オーストラリアに渡ってきた。実は東大卒業後、日本の大手商社に内定したものの、あえてそれを蹴って、オーストラリアにゼロから仕事を探しに来た。学生時代にシドニーの大学に留学して、オーストラリアが気に入ったからだという。

 中国人に限らず、外国からの留学生がせっかく日本で学んだにもかかわらず、日本での就職を選ばないという傾向は今に始まったことではない。しかしながら、日本で学んだ外国人留学生がなぜ日本に居続けないのかということは、日本にとって大問題であることに、日本政府は気がついていない。

 日本贔屓でもある彼は、「日本人は一人ひとりは優しい人が多いが、社会全体となると閉鎖的で住みづらい雰囲気がある」と話す。居心地よく住むためには、厳然とした日本人でなければ受け入れられないような空気があるのだという。日本国籍も取りにくい。それらを嫌って、中国人留学生たちは日本からアメリカに渡っていく。彼はそれを寂しく眺めてきたと話す。

 日本は、オーストラリアや米国と比べて、政府や民間を合わせ、はるかに多くの奨学金を用意し、多くの中国人学生がそれを享受している。

 ところが、それを受けて日本の大学を卒業した中国人学生たちが、日本に関わらなくなる。ということは、そうした奨学金は長期的には日本社会には貢献していない、優秀な海外の人材を日本社会に登用できなかった、ということである。

 実は、先の彼が大手商社の内定を蹴ったのには、もう一つ理由がある。

 商社に内定後、本社の人事部長に「長年日本に住んで日本文化を理解した君なら、わが社の社風にも合って、中国本土の現地従業員との橋渡し役をやってくれると期待した」と、採用の理由を明かされ、ショックを受けたのだという。




奨学金を出してやるのだから、ある程度ば日本への同化と言う物を求めたって罰が当たらないと思うのですがねぇ。逆に彼ら自身のアイデンティティの尊重すべしと言うのであれば、そう言う人間はもっと自腹で留学させた方がいいですね。
と言うか、我が国は昔ほどに裕福でなくなっているのですから、いいか全外国人相手の大盤振る舞い的な政策は廃止した方がいいです。
それとも、依然として日本は○○だからと言う見栄を張りたいがために、そのような事を継続しなくてはいけないのでしょうか。そう言う政策を推進する側にしてみれば、腹は痛まないでしょうから、いい気な物だ。一番割を食らうのは一般庶民だと言う事です。


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