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親に対する奉仕で成り立つ側面

借金を背負う技能実習生の闇 入管法改正から1年、外国人労働のいま(後編)

(前略)
実習生たちが借金を背負ってまで日本で働くワケ

では、技能実習生たちが借金を背負ってまで日本で働こうとする理由はなにか。2015〜17年の2年間、ベトナムの国立大学で講師をしていた際に耳にした現地の声を杉田弁護士が語ってくれた。

技能実習生を希望する人は高校卒業したての18歳くらいの人が多い。杉田弁護士は「若いベトナム人青年たちが自分自身の意思で進路を決めることはほとんどない」と話す。彼・彼女らの進むべき道には親の意思が色濃く反映されているという。

外国人材の問題に携わり始めた当初、杉田弁護士は「正しい技能実習制度を現地の候補者に伝えれば健全化する」と考えていた。しかし、現地を視察してすぐに、自分の認識が甘かったことに気が付いた。

ベトナム人実習生に、日本で働くことを決めた理由を尋ねると、多くが「家族のために」と口にする。だが、それは実習生の自発的な行動ではない。「親の意思に沿ってのことです」

ベトナムの場合、実習生は100万円ほどの借金を抱えて来日するケースが多い。3年間、手取りで月11万円を受け取ると、月当たりの借金返済額が3万円弱。残り8万円のうち、約半分の4万円ほどを母国の親に仕送りしているパターンが多い。その場合、実習生本人は月4万円で、日本での生活を送らないといけない。

「この制度のもとで得するのは基本的に親なんですよ」と杉田弁護士。「親は4万円×36ヶ月、確実にもらえるので万々歳。でも、実習生には、ほぼお金が残らないんですよね」
来日前に借金100万円 技能実習制度の闇

なぜ実習生は借金を背負うのか。

国際協力機構(JICA)によると、送り出し機関は大きく【人材プール型】と【テーラーメイド型】に分けられる。(以下略)


そこでは、ずばりと親の意志と言う事が指摘されているだけ、ある意味まだましな部分があると言えましょう。他だと、親に連れられての来日の場合、その子供も納得づくの事だと言う前提で話が切り出されていて、掛け値なしに子供の意志と言う物が問われる事はないと言うケースが少なくないのですがね。
もっとも、こちらの方は、本人が借金を抱え込まされる分、却って始末が悪い部分も存在しています。借金させておいて、その返済自体も本人任せのくせに、仕送りだけはよこせですからね。こちらの方もまた、親に一方的に好都合になってしまいます。
それはけしからんと言う事は、あえて今回はなしにすると言う前提でこちらとしては話を進めて行きましょう。それはある意味、少子高齢化に対するアンチテーゼになっているのかも知れません。
我が国でならば、ますます大学進学が当然視されてしまって、親としては、我が子のそうした高い教育コストに応えるべく、往々にして年収1000万でも、ちっとも余裕じゃないと嘆く人が続出するようでして、それならば、どうして安易に子供を持とうとできるでしょうか。
とまあ、我が国では、子供が独り立ちする前に、事によったら親がダウンしてしまうのでしょうが、逆に親にとってわが子が金になると言う前提で物を考える事が出来るのであれば、たくさん子供を持つ事に対してためらいう必要がなくなるのではないでしょうか。
今回の話なんかはそれが当てはまるじゃないでしょうか。親のそうした行為は、我が子の将来を奪う事になりかねないのでしょうが、親としてはその時、我が子に対して、お前も将来子供を持って、その子供に対して同様の事をさせたら良いと言う事をほのめかすのでしょう。
そうした環境であれば、結婚は早め、そして子だくさんのタブーもない。極端を言えば、我が子は消耗品ではないかと。そもそも生物学的には子だくさんとは、往々にしてそう言う物だと言う事なのです。


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子供の意志は問われぬ⑦

「子供の意志は問われぬ」第7回目です。
単純に言ってしまえば、国籍法改悪とは、決して子供の「救済」などではなく、日本へ移住したいフィリピン女どもに対する便宜にしかありません。それまでフィリピンで暮らしていたのが、ある日、日本へ移住しようと思い立ったと言う事に他ならず、そう言う思い付きに子供を利用したのに過ぎないのです。「事前」にそうした思い付きがなければ、子供の「救済」なんかもあった物ではないのです。
所詮は、それは意志ある本人にしてみれば、日本へ暮らそうと欲する外国人でしかないのです。別段本人が日本人にならなくてはならない訳ではなく、従前通り、外国人たるフィリピン人のまんまで日本に居つこうとする事に他ならないのですが、その一方で、その子供に関しては、あたかも日本人になれると言う事が素晴らしい事のように喧伝していたのです。結論からすれば、別段日本人にならなくても日本に居つけるのであれば、それに越した事はないはずなのですがねぇ。
この時こそ、隗より始めよと言う事が言われてしかるべきだったのではないでしょうか。真に日本人になりたいと言うのであれば、日本に居つきたい本人こそ、率先して、日本で暮らすためのスキルを積んだ上で来日すると言うのが筋であったのですが、国籍法改悪とは、そうした事をしないで済む連中にとっては激甘な代物となったのです。自らそうした事を省略するために、結局そうした行為がある種の厄介ごとでしかないと言う事でして、我が子にそれを押し付けて、自身は「日本人」の母親と言う立場にぶら下がって、結局自身は楽して日本に居つく口実を設けたと言う事に他ならないのです。
そうした連中を支援した団体いわく、子供たちには日本で教育を受ける権利があるなどと世迷言をほざいた訳ですが、フィリピンには教育に関して何の権利がないとでも思っていたのでしょうか。子供自身にしてみれば、元々通っていたフィリピンでのそうしたスキルを、生まれた時にさかのぼって否定されたと言う事になってしまうのです。日本人にさせられる事で、そうした物を失う事になってしまったのです。どうして軽々しくそのような事を納得するでしょうか。自分にはどうしても、そのような事を全く無抵抗で納得したとは思えません。むしろ、大かれ少かれ、それに対する抵抗があったと見るのが自然ではないでしょうか。
もしそのように解釈しないとすれば、そちらの方がよほどフィリピンなど諸外国に対する尊重がないと言うべきではないでしょうか。日ごろから人権とほざくやからこそ、最も他人の人権をないがしろにする独りよがりなやからとしか思えません。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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子供の意志は問われぬ⑥

「子供の意志は問われぬ」第6回目てす。
前回は、育休の話になってしまいました。だからと言って、そこで生まれてくる子供の意志を詮索した訳ではなく、そもそも育休自体をテーマとした訳ではなく、依然として外国人子供に関する事がメインとすると言う点では変化なしと言う意識なのですが、あえて言うのならば、隗より始めよと言う概念が必要となって来るからなのです。
さて、12年前では国籍法改悪に関する話が話題となった物ですが、あれなんかも、表向きでは、なんかのっけから子供の人権と言う事が強調された物ですが、改めて言うのならば、何んとも独りよがりな人権認識だと言う事が言えましょう。どっちにしたって、母子家庭状態が解消される訳でもないのに、子供に日本国籍をあてがう事が、あたかも子供の救済であるかのように解釈されています。
しかもそうした行為ですら、決して子供自身の意志が尊重された訳ではなく、所詮は親のエゴやぐずのやり倒しのための尻ぬぐいでそうなったのに過ぎないのです。彼ら自身の場合は、日本人になれるのではなく、むしろ日本人にさせられたと言った方が正確なのです。
それは、母親にしてみれば、相手の日本人男から養育費さえもらえれば良いと言うのが元来の形だったのが、それに代わる手段としての日本移住でしかなく、裏を返せば、子供にしてみれば、「父親」からの厄介払いの手段としてその行為が利用されたのに過ぎないのであって、その段階において人権侵害が指摘されても良いでしょうに、おかしな物でして、子供に日本国籍があてがわれて、日本で暮らせるようになれば、そうした暴挙がチャラにできるとでも、公然と見なされていた物です。
我が国からすれば、誰かのぐずな行為を、国家として尻ぬぐいさせられたと言うのに過ぎない物でしかなく、何とも迷惑な話と言う物です。そして。改めて言うならば、そうした行為が子供にとって決して納得ずくで行われた訳ではないと言う事です。彼ら自身にしてみれば、元々フィリピン人として生きてきたはずなのが、突然、生まれた時にさかのぼって、はなから日本人であると言う状態を強いられたのです。
そして独りよがりに、彼らは、これまでフィリピン人扱いされて、フィリピンで暮らさざるを得ないで気の毒な状態にあったと見なされて、これからは日本人扱いされる事で、日本で幸せに暮らせると見なされたのです。いかがな物でしょうか。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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少なからずの外国人の行為も不倫以上の「不倫」である

日本社会が「不倫バッシング」で過熱しやすい脳科学的理由


人はなぜ不倫をするのか。脳科学者の中野信子氏は、「不倫は子孫を残すための本能的な行為だ。不倫は悪いことだという価値観は、人類の長い歴史から見ると後付けにすぎない」という——。

「懲らしめなければ」という心理

著名人の不倫が立て続けにニュースになり、規模は違うけれどそのつど「不倫バッシング」が起こります。あたかも誰かの不倫が発覚するのを常に多くの人が望んでおり、ひとたび不倫が報じられればみなが待っていましたとばかりにその人物をバッシングする……。

肉食魚のいる水槽の中に肉片を落とすと一瞬でその周りに肉食魚が群がってきますが、ほとんど似た構図のようにさえ見えてきます。

不倫の是非はさておき、自分とまったく関係のない人をバッシングするのは悪いことではないのでしょうか?

そもそも、あなたのごく身近に不倫を経験した人物が……いや、ほかならぬあなた自身も経験があるのでは?

なぜ人は不倫をするのでしょうか?

そして、なぜそれをバッシングすることが、エンターテインメント化してしまうのでしょうか?

不倫という言葉に過剰に反応し、発覚した人物を積極的にバッシングしようとする人は、「他人の不幸の上に自分の幸せを築く行為だから」「子どものことを考えるべき」「オレも(あるいは、私だって)、本当はパートナー以外の人との関係を持ちたいのにあいつだけいい思いをしてお咎(とが)めなしとは許せない」「社会の規範に反する行為を見逃すべきではない」と、それぞれの「正義」を盾に不倫バッシングを正当なものとして認識しています。
そもそも、なぜ不倫は悪いことなのか

共通するのは、自分は正義の側にあり、悪いことをした人間を「ほかならぬ私が直々に懲らしめてやらなければ」という心に燃えている点です。

不倫は昔から芸能ニュースの「鉄板ネタ」ではありました。古くは沢田研二さんと田中裕子さんの略奪婚、松田聖子さん、津川雅彦さん……もう枚挙にいとまがありません。伝統芸能の世界や政界もしかり。“隠し子”がいた歌舞伎役者や国会議員など、数え上げようとすれば近年だけでも両手どころでは足りないかもしれません。

しかし、以前は現在ほど不倫に対して世間の目が厳しくなかった、という声が聞こえることもしばしばです。それではなぜ、不倫バッシングがこれほど猛烈になってきたのでしょうか?

そもそもなぜ不倫が「悪」とされるのか?

拙著『不倫』(文春新書)でも詳しく書きましたが、まずはそのメカニズムからお話しするほうがご理解いただきやすいかもしれません。
不倫はフリーライダーのようなもの

人類は共同体の中で、一定のコストを負担する見返りとして、共同体からリソース(資源)の分配を得て生活しています。たとえば、私たちは税金や社会保障費用を納める代わりに、インフラや医療の恩恵を受けられます。

しかし、中にはコストを負担せず、「おいしいところどり」する者も出てきます。これをフリーライダーと呼びます。フリーライダーはアリやハチなどの社会にも見られますが、一定の割合を超えてしまうと、共同体のリソースは減るばかりです。

……たしかに不倫をする人は、フリーライダーと言ってもよいかもしれません。(現在の)社会規範に反しているからこそ「不倫」と呼ばれるわけですから。

フリーライダーがひとたび検出されるとどうなるか。集団内の人が、その人にフリーライドを改めてもらえるよう、何らかのかたちでアラートを発します。アラートの段階で行動が改められない場合、そのフリーライドをなんとか食い止めるため、実力行使してでも制裁を加える必要が出てきます。そうしなければ、集団内のすべての人に「なんの制裁も受けないならフリーライドしたほうが得」という戦略が広まり、集団そのものが崩壊してしまうからです。
結束の強い社会ではフリーライダー叩きが激しい

肉体の脆弱(ぜいじゃく)性と子育て期間の異様な長さのために、集団で生き延びることが種の保存に必須であるために社会性が大きく発達した生物である人類には、フリーライダーの検出機能と排除の機構がほかの生物よりずっと強力に組み込まれているのです。

集団内におけるフリーライダーを検出する心理モジュール(構成部品)として、やっかいなことですが「妬(ねた)み」の感情が使われていると考えることができます。

不倫をする有名人は、「一夫一婦制」という共同体のルールを守らず、ごく個人的な快楽を貪っている……つまり、「コストを払わずにおいしい思いをしている」ように外野からは見えるのでしょう。

それが集団内のほかの人の「フリーライダー検出モジュール」に火をつけてしまうのです。

ところで、愛情ホルモンとして知られる「オキシトシン」という脳内ホルモンは近しい人との愛着を強め、集団の結束を高める働きがあります。日本人は地理的環境のせいか、世界的に見ると集団があまり流動的でなく、集団の結束を個人の意思より優先することを美徳とする傾向があります。

愛情ホルモンは一見、素晴らしいもののようなのですが、妬みの感情をも同時に高めてしまうという性質も持っています。つまり、集団の結束が強い社会では、人々はフリーライダーのバッシングに熱心になりやすくなるのです。

とりわけここ10年来、大規模な災害が相次いだことで日本社会は「絆」――集団の結束をより重視する社会に比較的シフトしています。大きな災害や戦闘行為など、私たち人間は集団の結束を必要とする事態にしばしば見舞われますが、集団がそうした状態にあるとき、フリーライダーにはより厳しい視線が向けられます。
不倫バッシングをする人は社会性が高い?

利己的な振る舞いをしている人がいると、いつも以上にバッシングされやすくなる――その格好の対象のひとつが「不倫」です。

ようするに、バッシングすることそのものがエンターテインメントとして機能する素地が、集団の結束を強める外的要因によって整えられる、ということになるでしょう。

ただし、バッシングにもコストがかかります。たとえばバッシングしたり抗議の電話をかけたりするのには、それなりに労力も時間も必要です。また、相手によっては名誉棄損(きそん)だと訴えられてしまう場合もありますし、リベンジされるリスクもあります。

ですが、不倫バッシングを「楽しむ」側にとっては、そのコストを支払ってでも、バッシングによって得られる快感——相手がみじめな姿をさらすことでほっとしたり、胸のすくような思いをしたりする——を手放せないわけです。

また、不倫バッシングは、自分が「正義」の側にいることを確認する行為でもあります。これにより、脳はさらなる報酬を得ることができるのです。

このように書くとバッシングをする人を責めているように見えるかもしれませんが、この人たちは社会性の高いきわめて人間らしい人たちとも言えるのです。補足すると、社会のルールを守る誠実で善良な人ほど、逸脱者への攻撃に熱心になる傾向があることが、複数の研究で報告されています。
「ダメな男」はなぜモテるのか

もうひとつ不思議なのは、人を騙(だま)したり、あちこちに借金を抱えていたり、トンデモないウソつきだったりするダメ男が、なぜか絶世の美女を次々にものにしていたりすることです。それに類する事件は多くの週刊誌などでこれまで取り上げられてきていますが……これは一体なぜなのでしょう?

『サイコパス』(文春新書)の中でも解説していますが、女性は、サイコパス、マキャベリスト、ナルシストの3要素を持っている男性に惹かれやすいことがわかっています。この3要素はダーク・トライアドと呼ばれます。まさに典型的なダメ男、といったところでしょうか。

ただ、ダーク・トライアドの男性は、「新奇探索性(リスクを冒してでも新しいものごとに挑む性質)」が高く、性的にもアクティブなので、遺伝子を広く拡散する性質があります。

つまり女性にとって、ダーク・トライアドの男性と子孫を残し、そこに半分、自分の遺伝子を乗っけてしまえば、その子孫も同じようにあちこちで遺伝子をばらまいてくれる可能性があり、効率よく自分(女性)の遺伝子も次世代につないでくれる確率が上がる、というわけです。

でも、一方ではダーク・トライアドの男性と関係を持つと、恋愛関係や結婚生活そのものは破綻しやすく、面倒なことにもなりかねません。また、不倫と呼ばれる関係にもなってしまいやすく、世間からバッシングされるリスクも高くなります。



自分にしてみれば、タレントの不倫なんかよりも、自分の子供の面倒をばっくれる外国人の方にこそはるかに業腹です。奴らのそうした態度も、れっきとしたフリーライダーと言えるのでしょう。
そして我が国のマスゴミの態度にも業腹です。外国人の子供の苦難を100も200も流布しておきながら、それらの親がいる事を一方では認めておきながら、その一方では、あたかも親が存在していないかのような感覚で、そうした子供の苦難を流布しています。その結果が、親が何にもしないで済む事を前提とした諸所の支援に関する話です。それ日本社会に対する托卵もいい所じゃないですか。いやさ、親自体が、さながら孤児の如くよその厄介にならんとしているのではないでしょうか。
それに対するパッシングがあってもいいと思います。タレントの不倫自体は、当事者で勝手にやってろと割り切れもするでしょうが、外国人の愚図どもの尻ぬぐいはまっぴらごめん被る。


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親のせいで「リア重」じゃないのか

「リア充って何?」初めて聞いた外国人の深刻な反応「むしろリア重」 不登校、無職…「引きこもり」の現実

「リア充」を初めて聞いた外国人は何を想像するのでしょう? 「リアルが重い人はたくさんいます」。フィリピン出身のマージョさんが考えた「リア重」という言葉。その背景には、バーチャルの世界に救いを求めるという「リア充」とは逆の状態になっている外国人の厳しい現実がありました。(withnews編集部・松川希実)

【伝わらない日本語クイズ】「ちゃぶ台返し」ビジネスで使いがちなことば、やさしく説明できますか?

きょうのことば
リア充……恋人がいる、友達が多い、仕事が充実している人。現実(リアル)の生活が充実している人を見て、うらやましいという気持ちで、「リア充」と言います。

【フィリピン出身のカンデラリア・マージョさん(21)の驚き】

マージョさんは、中学3年生のときに、日本に来ました。愛知県豊田市にあるNPO法人トルシーダで働いています。トルシーダでは、外国から来てすぐの子どもたちに日本語を教えています。マージョさんは日本語とタガログ語と英語を話すことができます。

褒めていない?
高校のときに、友達が「リア充」と言っていました。初めて聞くことばでした。
意味はわからなかったですが、「カップル」の意味ですか?

――どうして、そう思いましたか?

友だちは、恋人がいる人を指して、「リア充」だと言っていたので、褒めている感じがしました。

――褒めているというより、うらやましいとか、嫉妬する気持ちかもしれません。

え~。そうなんですか?

――恋人がいる人を、「現実の世界(リアル)が充実している人」と呼びます。ゲームや漫画といった仮想(バーチャル)の世界で楽しんでいるけど、リアルでは恋人がいない人が、恋人がいる人をうらやましいと思って使います。

本当のリアルとは
リアルが充実……。「リア重」なら、私の周りにたくさんいます。

――え、どういう人ですか?

学校に行くことができない子や、始めは学校に行っていたのに、いじめや日本語が分からなくて後で行くことができなくなった子です。リアルが重い人で「リア重」ですね。NPOにたくさん来ます。

――……そうですか。リアルが重い人は、バーチャルで救われることもありますよね。

日本では、外国人だと明るいイメージで見られるけど、私の知っている外国人には「引きこもり」の人も多いです。「引きこもり」の人は、ずっとパソコンをしていて、家から出ることができません。

――「リア重」なのかもしれないですね。マージョさんは今、「リア充」ですか?

う~ん、「リーチ」ですね!(笑)あとちょっと、がんばります!

 ◇ ◇ ◇

【NPO法人トルシーダ代表・伊東浄江さんの話】

日本で安心して居ることができる場所を見つけることができなくて、家に「ひきこもり」になる外国人がいます。
日本で働いている親と一緒に暮らすために、日本に来た子どもたちには、いろいろな理由で、学校に行くことができなくなる子がいます。たとえば、中学を卒業するぐらいの年齢(15~16歳)で日本に来ると、学校に入るのを断られることもあります。勉強したくても、勉強する場所を見つけることができず、働く場所を探すのも難しいです。家でインターネットやゲームをして「ひきこもる」ことになります。
日本に来る前は、もっと簡単に勉強する場所や働く場所が見つかると思っていたかもしれません。1人1人と話すと、やる気がないのではないと分かります。子どもたちの気持ちを考えながら、日本にある情報やサポートを説明してくれる人が必要だと感じます。


話の本題にかけ離れた事でして、不謹慎ですが、

>マージョ

。゚(゚^∀^゚)゚。ギャーハッハッハッハッハッハハッハッハッハッハッハ !!

これに対して糞笑いせずにいられましょうか。それってアニメーションだけの話ではなく、現実に存在する名前ですか。

本題に戻りまして、結局、親が何にもしないと言う事に尽きるんじゃないでしょうか。これまでも100も200も子供の苦難が紹介される事があっても、決して親の愚図に関して取り上げられる事がありません。そこまで、親の愚図を指摘や批判をする事はタブーなのでしょうか。自分にしてみれば、そうした物が払しょくしないと、子供の苦難の解決になるとは決してあり得ないと思うのですよねぇ。
もし「リア重」と言う物があるとしたら、当人の意志などお構いなしに来日させられと言う事に他ならないと思うのですよ。日本にさえ来なければ、現実よりももっとましな状態で「リア軽」足りえていたのではないでしょうか。


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