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趣味:緑地や山のほうへのハイキング
映画、ドラマ:戦争映画や時代劇が中心。アイドルやトレンディドラマの類は興味なし
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竹島はわれらが領地なり

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不便の便利

世の中、単純に言って不便であるよりも便利である事の方が良いはずですが、万事が必ずしもそうとは限らない事がある物です。便利になったがために、却って新たな不便が出来上がるなんて事がある物です。
例えば爆撃機が爆撃をする場合、かつては照準器で頭上から狙いを定めてしかるべき状態に達したら爆弾を落とすと言うやり方が取られていた事がありましたが、それを行う場合、その最中は一定の速度、一定の高度を保って飛行する必要があり、その場合、爆撃機自体の性能が上がっても肝心の時には役に立たないと言う事で、そう言う意味で大戦末期に、ヒトラーがジェット戦闘機Me-262を高速爆撃機として使用した事は失敗だったのです。
正確に爆撃をするためにはスピードを落とさなくてはならない。スピードを速くしたまま爆撃をする事はターゲットからかけ離れた所へ爆弾が落ちてしまうのです。だからと言って、爆撃機の性能が低いままで良いはずがなく、爆撃のやり方の方で改善がなされて、ピンポイントでの場合は誘導弾頼みと言う事になってしまいましたが、よその世界では、スビートか遅い方が良いと言う事は依然として存在しています。
昔は列車がホームから走り出してからでも、走って、ドアの両サイドに付いている取ってにしがみつく事が出来れば、その列車に乗車可能なんて時代もありましたが、それは今に比べて列車のスピードが遅かったからこそ、容認されていたのであって、今ならば危険でとても出来た物ではありません。
そんな次代の産物とも言えるSLですが、純然に便利不便で物を考えたならば、不便だらけなのでしょうが、便利を度外視してもっぱら道楽で乗る物だと割り切ってしまえば、決して捨てた物ではないと言う事がいろんな所で見る事ができるのです。
スピードが速いと言う事は、迅速に遠くへ行ける事を意味しますが、それは同時に同じ距離を短時間で全うする事でもありまして、その場合、途中で新たな判断が必要な場合、迅速に行わなくてはならないと言う事になって行きます。「水戸黄門」が時代劇の中でもかなり人気の物であるとしたら、それは寄り道だらけの物語となっている事にもあるのでしょう。現代的な発想でならば、迅速に目的地に到達して、寄り道なんかできた物ではない。よしんば理論上でできたとしても、迅速な判断が必要になって、迷っている間に不可能になってしまう事も少なくないでしょう。「水戸黄門」の世界においては、歩きと言う鈍足の旅ゆえに、必要に応じて立ち止まっての熟考が可能になっているのです。

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ねたみの心理45

「ねたみの心理」第45回目です。
いくさにおいては、撤退の折に往々にして、撤去できない陣地の破壊とか、搬出できない武器、弾薬、食糧、燃料の処分がなされる事があります。それは放置しておくと、敵に捕獲されて利用されてしまうからであって、自身が持ち出して、これからも利用できると言う状態にできるのでなくては処分する事で敵に利用されないようにしなくてはならない必然があるからなのです。
そこには徹底的な実利の視点がある訳なのですが、一般社会にあって、そのようなもっぱら実利の視点だけでものか論じられる事はなく、少なからずねたみによって成り立つ事が多い物です。そうしたねたみによって、それを行ったからと言って格別自身にとって得になるような事が訪れる訳でもないのに、他人にとって得になる事態を阻止しようと言う衝動に駆られる事が少なくないのではないでしょうか。
現に超過勤務に関しては、それである者にとっては格別必要でもなく、定時での帰宅が可能な状態にあるのにもかかわらず、超過勤務を強いられる事があるのではないでしょうか。それは別のある者にとっては、自分だけ超過勤務をするのは不公平だ。お前もお前もお前もおれと一緒に超過勤務をするのだ、と言う、自分に降りかかった不利益の巻き添えを食らわす事で、自身の溜飲を下げているのです。
世の中には競争の原理と言う事が言われていまして、競争をさせる事によってより高い成果を引き出す効果がある事が指摘されているのですが、必ずしもそればかりが良いとも言えないでしょう。競争はもっぱら自身が他人よりも前に出ようと言う心理が働くばかりではなく、他人の足を引っぱって少なくとも自分よりも前に出ないようにしてしまうと言う、後ろ向きの発想も少なからず存在する物なのです。
それは競争によって必然的に優劣が決まる過程でねたみと言う物も出て来るからです。もっぱら個々人の優劣だけが決定するだけでねたみが生じないのであれば、足の引っ張り合いが生じる事はないでしょうが、いかんせん、人間に大かれ少かれねたみの心が生じてしまう以上は足の引っ張り合いをしようと言う衝動に駆られる物でして、それだけに競争をさせる側としては他人の足が引っぱれないようになにがしかの規制をする必要が出て来るのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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絶倫ロボに見る男女の性差49

「絶倫ロボに見る男女の性差」第49回目です。
人間、往々にして、こう言う事をやってみたいと思う事が多々あります。しかしそれはあくまで思うだけの事であって、実際にそれを行うかどうかと言う点では話は別です。大抵の事はうまくできればなんぼの話になるのでして、これをやりたいと思っても、うまくできないと言うのであれば、よしんば着手してもやめてしまうなんて事は珍しくないでしょう。
その代替的な手段として、達人の行為を見るにとどめると言う事が多々あります。諸所のスポーツ観戦しかり、映画やドラマ、アニメーションの観賞もそう言う側面が少なからずあると言えるのではないでしょうか。スポーツ観戦は現実の行為であるのに対して、映画以下はフィクションとは言え、いずれにしても所詮は自分が直接行わない、他人が行う行為となれば、ある意味では大して変わらない事でしょう。
エロ事だって結局同じ事が言えるはずでして、自分自身がやってみたいと思う事と、うまくやれるかどうかと言う事はおのずと別問題になる訳でして、うまくできないくらいならば、こちらの方でも別な方向において追求しようと言う発想に至ったとしても大ありな話でしょう。
スケベに至ると言う点では女は男に比べてはるかにハードルが高く、まずは恋愛ありきで始まっている所から対処しないといけないのです。そしてそこからうまく行くかどうかと言う事もまた別問題な話です。女にとってのエロ事はさながらボイラーの水が沸騰するに至るように手間がかかる物でして、そこまで男が保ってくれない事が多いのが、世の女としての数多くある不満となっているのです。
それゆえに、しかるべき所に塗る薬の存在意義がある訳ですが、そこまで行きつくと、逆に女の方が自身の悦楽に関して貪欲なのかなあと言う風にも感じます。それは男に比べてそちらの方でのハードルが高いからと言う事にも起因するのでしょう。して男の方は、己の行為によって相手が卑猥な状態に至る事の方がより悦楽に値する事だと言えるのではないでしょうか。(完)

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絶倫ロボに見る男女の性差48

「絶倫ロボに見る男女の性差」第48回目です。
スケベ欲と言うのは、人間の大なる欲求と言われていますが、だからと言って容易にエロ事へ突き進む物ではありません。生殖を度外視するのであれば、それはよしんばそのプロセスが、ど詰まらない物だとしても、男からすれば一物をぶち込んで、ぶっ放してしまえばそれで事足れりですからね。しかし、それ以外の事を追求するとしたら、それはスポーツのような側面も存在しており、うまくできなんぼと言う事がそこでも言えるのであります。
そう考えると、エロ事における男とっての究極の悦楽は必ずしもてめえが感じる事ではないと言う事になるのではないでしょうか。むしろ感じる事に貪欲なのは女の側かと思います。まあ、女の場合はまず恋愛ありきですから、悦楽に至るためには相手が誰でも良いと言う訳ではありません。そしてしかるべき相手の元ですらも、スケベへ突き進むためには、さながらボイラーに入っている水を沸騰させるかのような手間がかかる物であります。
それに引き換え男のスケベは、内燃機関のような所があって、一旦エンジンがかかれば迅速に全力回転が可能な状態となって行く物ですが、それだけに頂点に達すると言う事は、エンジンを切るような物ともなるのです。途端にスケベ欲はしぼんて行くと。それに対して女の方は、ボイラーを加熱する行為をやめても、すぐに水が冷却すると言う事はなく、一旦沸騰してしまえば、蒸気圧は次第に低くなって行くにしても、しばらくは蒸気を放出するかのように、スケベ欲もすぐにはしぼんで行かない物なのであります。
そのような全く異なる条件を有している者同士が絡み合う訳ですから、よそのスポーツのような訳には行かない物でして、そこにはオークションのような要素も生じて来ると言えましょう。ある種の妥協が必要になって来る訳でして、その妥協を少しでもうまくするために、前回取り上げた、しかるべき所に塗る薬と言う物が存在してくる訳です。男は感度を抑える必要がある一方で、女の方は感度を高める方向へと突き進むのです。
男にしてみれば、相手の悦楽にも配慮しないといけないと言う事です。それがなければ、嬉々として自身のスケベ欲に付き合ってくれるはずがないからです。そう言う状態こそが男にとっての一番の悦楽なのでしょう。己の行為によって相手が卑猥な状態になるのを見たり聞いたりするのが男にとって楽しいのです。アダルトビデオの需要と言うのもそれによって成り立っているのではないでしょうか。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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絶倫ロボに見る男女の性差47

「絶倫ロボに見る男女の性差」第47回目です。
これまでさんざん本来のタイトルからかけ離れたスケベの産物である相続に関して書いてきましたが、最後くらいは本来のタイトルに近い内容に立ち返ってみましょう。
さて、エロ事御用達の薬として、しかるべき所に塗る代物が存在している訳でして、当然、それはエロ事をよろしくしようと言う思惑のために創出された物でありますが、男と女とでは効能が正反対だと言う事が言えます。女の方はひたすら感度を釣り上げる方向で薬の効果が成りたっているのに対して、男の方は逆に感度を下げる方向で成り立っている物であります。その辺の所が、男女の性差と言う事が言えるのではないでしょうか。
根っこにおいては、いずれにしても、悦楽を追求する代物であるはずなのに、何か男の方では矛盾した環境の下でそれが成り立っていると言えます。なるほど男の方も、エロ事において悦楽を追求する事を意図しているとは言え、男の場合、その行き着く先が、射精による体力の消耗とそれによって伴うスケベ欲がしぼんでしまう事であります。よしんば頭でスケベを意識していても、体力そして一物がそれについて行かないとなれば、必然的にスケベ欲もたたんでしまわなくてはならない事態となってしまうのです。
体力に自信があれば射精の後も、スケベの意識にその他の部分を合わせて、さらなるエロ事へ突き進むと言う事が可能なのでしょうが、大抵の人間にとってはそれは容易な事ではなく、そうなって来ると、どれだけ射精を引き延ばすかと言う事に視点が向けられるべきでしょう。
改めて、男にとってもっぱら自身の悦楽のみで物を考えるのであれば、必ずしもエロ事が必要であるとは言えず、せんずりでも良いのではないでしょうか。もっとも、それでも早く終わってしまえば、物足りないと言う風に感じる人もいる事でしょう。遊園地のアトラクションもある意味、長く続いて欲しい時間と言う事が言えるでしょう。エロ事によって、相手が存在している環境にあってはなおの事でしょう。
エロ事に関して言えば、相手の悦楽も問われる事でして、少なくともそれが成立するまでは自身が頂点に達したからと言ってそれで手じまいにして良いとは言えない難しい所なのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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