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趣味:緑地や山のほうへのハイキング
映画、ドラマ:戦争映画や時代劇が中心。アイドルやトレンディドラマの類は興味なし
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竹島はわれらが領地なり

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ねたみの心理⑳

「ねたみの心理」第20回目です。
世の中、自分は自分、他人は他人と割り切ってしまえば良い物ですが、人間は往々にして、必ずしもそのように割り切れる物ではなく、自分の不都合な状態に他人を巻き添えにしてしまう事で、不都合な状態にあるのは自分ばかりじゃないと言う風にして、ある意味、自分の不都合な状態を「正当化」してしまう事がある物です。
例えば、誰かが脱サラを目指そうとしている時に、往々にして、そう簡単に行く物じゃない、そんな無謀な企ては目指さない物だと言う風に忠告する人間が出てきます。大抵の人間にとっての所得の追求はどこかに雇われる事によって行う物でして、そのように考え、あるいは実践している人間にとっては、自ら起業する事に関して何かしらの形で否定的に考える物ですから、自分が目指す分には、不安の方がより大きくのしかかってきてしまう物だから、目指そうとしない訳でして、要するに、大抵の場合は自分にとっては不安だらけの事だからそんな事はうまく行かない物だと本心から考えて、他人に対しても、大真面目に目指すべきではないと言う風に忠告する物です。そこにはあくまで大真面目な思いがあるのが普通です。
しかし、そんな中においてすらも若干ながらも、起業に対するあこがれと言う物がないとも言えないでしょう。雇われ人であれば、何をするにしても、あらかじめ定まっている決まりの中で行わなくてはいけないのに対して、起業の中においてはそうした物は自分で決められて、自分がやりたいだけ仕事を行って、自分か稼ぎたいだけ稼ぐと言う事が可能であるのも起業が持つ魅力とも言えるのです。
そこへの道のりは決して容易な物ではなく、やはり多くの人間にとっては断念して、ある種の自由を欠いた、雇われ人としての確実な状態に甘んじてしまう物でして、その結果、たまに出て来る起業を目指す人間に対して、ある種のねたみと言う物が生じたとしても不自然な事ではないでしょう。
表面上ではそんな無謀な事は目指さない物だと、親切ぶって忠告するのも、視点を変えれば、自分にとってうまく行く見込みのない事をよその人間がうまく行くのはけしからん事だと言う事なのです。そしてそれは別段起業に限った事ではなく、その他多くの事においても言える事なのです。

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絶倫ロボに見る男女の性差⑱

「絶倫ロボに見る男女の性差」第18回目です。
男の場合でも、竿師と呼ばれる、まれにながらエロ事によってお金を得る商売があるのですが、それは決して自身のスケベ欲ありきでやる物ではなく、まずは相手のスケベ欲に対する奉仕と言う事が先行してしかる物でした。それは女にとっての売春にも言える事であります。男で゛も女でも自身のスケベ欲ありきで物を考えたならば、お金を払う側に立つこともあり得るべきであって、とりわけ男の場合は、それが当たり前の状態なのです。
女にとっての売春は体を張っての、男のスケベ欲に奉仕する仕事であって、はたから見た場合、決してけちを付けてはいけない仕事であります。上記の通り、その時にはまずぱ男のスケベ欲に奉仕する事がまずありきでして、決して自分のスケベ欲が先行してはいけないと言う事なのです。
そもそも女は恋愛欲の方が先行する物でして、売春に徹している時にはスケベ欲がいかんなく引き出されるとはいいがたいのではないでしょうか。それに男のスケベ欲は女の見た目と言う事がまず問われる所でして、その結果若くなければ、少なくとも赤の他人からして見れば、見向きもされなくなる度合いが高くなってしまうのです。それだけに売春が可能となる「有効期限」と言う物がおのずと存在してしまう物でして、必然的にもっぱらそれに頼る事が出来なくなってしまう物なのです。
そこで、女としては年を取ってもよその手段で働くと言う選択をしないで済ますためには、それ以前に金のある男に嫁ぐべしと言う発想が生じて来る物でして、その1つとして後妻業と言う発想も出て来る物なのです。
男の方は体力さえあれば死ぬまでスケベ欲を追求する事が可能な物でして、それがあればこそ、女としては、よしんば高齢者が相手だろうとも売春も後妻業も成り立つのです。女としても、恋愛欲の視点から見た目の良い男が好まれる傾向が多い物ですが、お金がかかってくれば、万事がそれだけで決めて良いはずもなく、いにしえから裕福な男が側室や妾を囲むことができるのは男と女の性差からしてもある種の必然だと言えるのです。

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絶倫ロボに見る男女の性差⑰

「絶倫ロボに見る男女の性差」第17回目です。
性犯罪があっては論外ですが、男はスケベ欲先行、女は恋愛欲先行である事の方がバランスが取れると言う事ではないでしょうか。同じスケベ欲に関して言えば、男の方は体力的な制約があるから、それでおのずとスケベ欲に関する抑止が働くように思えます。それに引き換え女の方は、エロ事においていくら頂点に立とうとも、男の様に体力を消耗すると言う事がなくて済む分、男並みなスケベ欲があっては、相手の男の方で辟易してしまうと言う事なのです。
「鬼平犯科帳」における直吉も、おきよのスケベ欲が子供を1人2人産む程度で済ませておけば、おきよの事を疎む事はなかった事でしょう。
さて、エロ事の本来の役割が生殖であり、とりわけ女の方はそこに行きつく過程の1つとして妊娠と言う状態を必要とします。
織田信長の次男と三男が同じ年に別段双子としてではなく、時期を別にして産まれていますが、それは異なる側室の腹からの出産でして、男の場合は、相手の女が妊娠中の場合でも、よその女相手にエロ事にふける事で、自身のスケベ欲の抑制と言う事をしないで済むのですが、女の場合はいったん妊娠したら、そのような選択はあり得ず、自身はひたすらスケベ欲の抑制に努める必要があります。この点からしても、男に比べて女がスケベ欲先行であってはならないと言う事が言えるのではないでしょうか。
まあ男の方でも、一夫一妻を前提として、よその女と寝てはならないと言うのであれば、スケベ欲と妊娠とは必ずしも両立する事ができない物でして、避妊と言う概念がそこでは必要になって来ます。もちろん妊娠と言う事は、生まれた子供の養育の義務と言う事も絡んできますから、とりわけ結婚する気のない相手の場合はなおの事避妊が必要となって来る物です。
いにしえから、生計を立てるための外部での所得を得ると言う事に関しては男の方にウェイトがかかってくる事が倣いでして、大抵の場合は女は、だれか男に寄り添って養ってもらうと言う傾向がありますが、その例外と言えるのが売春であります。ただ、それはスポーツの世界以上に「有効期限」と言う物が厳しい物でして、必然的に緊急性の高いやり方である事は周知の通りでしょう。

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絶倫ロボに見る男女の性差⑬

「絶倫ロボに見る男女の性差」第13回目です。
前回取り上げた女向けの風俗と言う物があるとしたら、サービスする側も女であった方が好ましいと書いた物ですが、それは俗に言うレズと言う事になるのでしょう。しかし、風俗に出かけると言う事は、はなからスケベ欲ありきである以上はそれでも良いのではないかと思います。
まあ風俗の場でない、一般の世界においても、レズと言えども女である以上は、まずは恋愛欲先行であると思います。レズでもホモでも同性愛はアブノーマルとみられる傾向が多い物ですが、スケベ欲に的を絞った場合、レズの場合はある種の合理的な発想ではないかと思っております。だからこそ、女向けの風俗でも、女にサービスさせる方が良いのではないかと思ってしまう次第なのです。
男女のエロ事に関して言えば、女はぶち込まれる側と言うのが倣いでして、それがレズとなると共にぶち込まれる側と言う事になる訳ですが、ある種の幸いと言う奴でして、女の場合は、必ずしも一物をぶち込まれる事によってのみ悦楽を追求できる生き物でなく、いろんな所に性感帯がありますから、お互いにそうした所を刺激しあって、頂点へ突き進めば良いのです。
まあ、そのために両者同時に頂点に達すると言う事はないにしても、男のように、その段階で体力を消耗して、同時にスケベ欲が一気にしぼんでしまうと言う事がないし、女の場合は、男に比べて相手に対する奉仕精神が強い傾向がある物だから、頂点に達した側が、相手の性感帯を刺激する事も格別負担なく行われ、容易に、お互いの気の向くままに何度でも交互に頂点に突き進むと言う事が可能になっているのです。
それに対して、男の同性愛は理解しがたい所があります。何しろ、それはお互いぶち込む側同士と言う事ではないですか。
映画「戦場のメリークリスマス」では、軍属の、捕虜相手の衆道が発覚した所から始まっていました。そこでは、そうした衆道がおかまと同列に論じられていましたが、おかまとは女になりきると言う形態であるのに対して、衆道はスケベ欲の矛先が男に向けられるだけの物でして、必ずしも同列に論じられる物とは言えないでしょう。
少なくとも、ぶち込む側としては、自分が男だと言う自覚がなくては到底成り立たないはずはずではないですか。

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絶倫ロボに見る男女の性差⑫

「絶倫ロボに見る男女の性差」第12回目です。
女の側でも、スケベ欲がある以上、何かしらの手段を以てそうしたスケベ欲のためにお金をかけようと言う発想があってもいい訳ですが、金をかける以上は、それに見合った物があってしかるべしと言う点では、男の場合同様と言う点では否定できる物ではありません。
一般的に考えられるケースとしては、男の側が金を払う分には、男の悦楽の方が優先されてしかるべきであって、お金をもらう側である女の悦楽などは二の次とされていました。まあ、男としては、女の、悦に入っている状態を見るのもまた好きでしょうから、女としては、そうした事をするふりと言うのもあるでしょうが、女の側が金を出す側に立ってしまえば、ふりで済んで良いはずなどなく、本当に悦楽を追求できて当然でしょう。
ここでの話は、売買春が違法である事は度外視、かつ性犯罪がなく、つつがなくサービスが執行されると言う事を前提で物を考える事にしますが、その中でも女が望んだ通りに悦楽を追求する事は容易ではありません。女の側がサービスを執行する側でいる分には、ただぶち込まれていれば良いのでしょうが、その反対となると、男の側に対して高い能力を求める事にならざるを得ず、その段階で相当ハードルが高くなって行く事は必然なのです。とりわけ、女の売春のように、1人で何人もの異性に対すサービスと言う事は、体力的に難が生じる事でしょうから、では自身の一物をぶち込む事はなしにして、ある種の幸いと言う事で、女にはいろんな所に性感帯がある事を「利用」して、もっぱらそうした所に対する刺激に徹すると言う風に割り切ったとしても、男がサービスするとなるとやはり不都合が生じてしまうでしょう。
よしんば、自らの一物をぶち込むことをしないで済ますことで、体力の温存が可能になれると言う前提があったとしても、女の体を生で見られて、かつ触れると言う環境にあって、男として何事もなしにサービス執行に徹していられるでしょうか。少なからず欲求不満の状態になってしまうのではないでしょうか。
そう考えると、女向けの風俗と言う物を存在させようならば、こちらの方もサービスする人間は女である方が好都合なのではないでしょうか。

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