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ロシアの標準でもそれは駄目か

氷点下52度の極寒地でマラソン大会  顔も凍る寒さで完走者ゼロ

ロシア・シベリア北東部にある村・オイミャコンでこのほど、マラソン大会が開催された。しかし氷点下52度という厳し過ぎる寒さのため、完走者はゼロだった。

極寒の地・オイミャコンは世界で最も寒い居住地で、村民約500人が年間通じてこの地に暮らしている。

今月5日、そんなオイミャコンでマラソン大会が開催され、この極限に挑戦しようとロシアやフランス、タイからやって来たランナー16人が参加した。当日の気温は氷点下52度。極寒に耐えられるように、16人は防寒着をしっかり着こみ完全武装で臨んだものの、室内から出るとすぐに鼻水も凍ってしまうほどの寒さ。結局、完走できた人はなんとゼロだった。ゴール地点に最も近づいたのは38キロ地点まで走った選手で、ゴールまであとわずか6キロだったが3時間53分かけてそこまでたどり着き、惜しくもリタイア。ある取材に応じた選手はヒゲだけでなくまつ毛まで凍りついていた。(編集KN)


寒さのレベルが半端ないロシアならではの発想ですな。しかし、マイナス52度はひどすぎた。全ての挑戦者がリタイヤするのも当然と言うべきでしょう。また、こう言う環境だと、単に防寒着を着れば良いと言う事でもないのです。マラソンによって、汗をかくような事態になろうものならば、それが冷えた時にやばい。

サムイヨー((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル


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違和感だらけの話⑦

「違和感だらけの話」第7回目です。
残留なにがしの話の3つ目として、樺太残留日本人があります。これまでの2つに比べれば、これはより確信的な話だと言えましょう。つまり、はなからソ連ないし、ロシアの政策ありきだと言う事です。千島列島や南樺太の占領の後、ソ連がこれまで定住していた日本人を追放する訳ですが、そのすべてが追放された訳ではなく、一部が戦後長く樺太に残り、子孫ができるほどにまでなりましたが、近年、今さらながらになって日本への移住がかなうと言う、ある種の不可解な事態が生じています。
と言うのも、よしんば当事者がそれを望むと言う発想が自然だとしても、ロシア側がそれを承認する意味と言うのにも頭を傾ける必要もあると言うのです。
既に述べたように、我が国での話ならば、よしんば不法滞在者でも日本に居つく連中が、日本に対する愛着と言う事を感じ、それを口にして、あまつさえそれに同調する人間が大かれ少かれ出ていると言うのに、ソ連ないしロシア連邦で久しく暮らして、ロシアに対する愛着と言う物を感じないのでしょうか。とりわけ、ロシア側で自分らの国の事に関してそう思ってもらえないと言う事で不快に思うと言う事も考えられるのではないでしょうか。
二世以下に至っては、もっぱらロシア統治下での人生であって、中国残留孤児にもあるように、たまに現地ロシア人を片親として生まれた者もいると言うじゃないですか。そう言う人間にしてみれば、ロシアこそわが祖国と言う認識があっても良いと思うのですがねぇ。
さて、ロシア側にしても、戦争捕虜相手にシベリア抑留と言う、期限ありのMIA状態にして、過酷な労働を課しても、勝者が敗者相手に行える当然の権利くらいに思って悪びれる事がありません。ましてやその他の残留者に対しては、ロシアで暮らしていけるのに不都合のない教育だって行ってきたのです。なおの事悪い事をしたなどと思っているはずがありません。
にもかかわらず、一世ですら、樺太生まれである者が少なくないでしょう。それ以下の者に至っては推して知るべしで、なぜ、ここから出て行きたがろうとするのか。ロシア語がようけ出来るのであれば、ようけ出来ない日本語が必要な、日本への移住なんかよりも、この場に鎮座したほうが良いじゃないかとは当事者は言うに及ばず、ロシア側も考えなかったのでしょうか。
大かれ少かれ厄介払いの発想がなければ、彼らを日本へ移住させるなんて事を思い付く事などなかったと思います。それは決して日本の発想に基づく人道的な発想によってなされた物ではないのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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撤去されて当然かと

フィリピンにまた慰安婦像、盛大に除幕式も突如撤去

フィリピン北部のサンペドロ市に28日、慰安婦像が設置されました。しかし、設置から2日後の30日に突如、撤去されました。

 現地メディアによりますと、28日、ルソン島のサンペドロ市にある高齢者介護施設の敷地内に旧日本軍の慰安婦の銅像が設置されました。
除幕式には市長のほか、韓国の堤川(チェチョン)市の前市長ら合わせて100人余りが出席しましたが、設置から2日後の30日に突如、撤去されました。慰安婦はサンペドロ市側の提案で設置されましたが、フィリピン政府の意向で撤去されたとみられます。
慰安婦像を巡っては去年12月にもマニラ市内に設置され、その後、日本政府が遺憾の意を伝えたことなどから4月に撤去されています。


まずもってフィリピンのような国がかような物を設置す資格などない。よって政府の行動は妥当であります。
まずは、平成20年の国籍法改悪のきっかけとなったようなケース。あれなどははなから、日本人ないし日本国に不二子る意図があったからこそ成立したのであって、もし、当事者が、それを強いられた結果の被害者然とするのであれば、その見返りはもっぱらフィリピンで完結すべきでした。
そのような連中を輩出するようなありさまでは、ここで言う慰安婦と言うのも、単なる銭金目当ての、普遍的な代物に過ぎなかったと言う事なのですよ。

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韓国には到底できない事かと

ベトナム首相、朴恒緒サッカー代表監督に勲章…「両国が親密に」

ベトナムのグエン・スアン・フック首相が21日、ベトナムサッカー代表を10年ぶりに東南アジアの頂点に導いた朴恒緒(パク・ハンソ)監督に友好勲章を授与した。

ベトナム政府によると、フック首相はこの日、ベトナム代表チームを政府庁舎に招待し、「(文在寅)韓国大統領も朴監督と選手に激励の手紙を送った。今回、両国国民が非常に親密になった」と述べた。

フック首相は「ベトナム代表のスズキカップ優勝は熱情的であり、責任感が強く戦略が優れた朴監督が決定的な役割をした」と評価した。続いて「最善を尽くした朴監督とすべての選手、チーム関係者を高く評価する」とし、ベトナム代表チームにも同時に一頭労働勲章を授与した。

これに対し朴監督は「大会を準備しながらベトナム政府とサッカー連盟から多くの支援を受けた。今回の勝利はサッカーチームの勝利ではなくベトナム国民全員の勝利」と述べた。さらに「東南アジアの頂点もよいが、アジア地域でさらに高い目標のために努力する」とし、1月にアラブ首長国連邦(UAE)で開催されるアジアサッカー連盟アジアカップに向けて意気込みを表した。


これがある意味普通な態度なのでしょうか。ベトナム戦争における暴挙を度外視して、今、そしてこれからの利益につながるのであれば、かつての仇敵相手に友好だか親密だかを目指すのです。その一方が韓国と言うのがなんですが、それ以外の国同士でならば、それほど異常な事とは見られなかった事でしょう。
韓国ですら、反日を盛んに行いながらも、一方では悪びれる事なく用日にも徹しているのです。ベトナムには韓国的なメンタリティがなく、反韓をやる余裕すらないと言う事なのでしょう。

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違和感だらけの話③

「違和感だらけの話」第3回目です。
中国残留孤児の場合は国策から出た結果と言う事が言えるのですが、フィリピン残留日本人の場合は、単なる移民の末裔でしかなく、てめえで勝手に日本から出て行った所から始まった物でして、国籍法改悪の源のケースと大して違わない話ではないでしょうか。だからこそ、もっとフィリピンを基準にして考えても良さそうな物ですが、にもかかわらず、連中は戦後「捨てられた」存在になっていたのです。
NHKの「知恵泉」で紹介されたフレッド・コレマツはアメリカ移民の二世として、大戦中での彼ら日系人に対する不当な処遇に関してアメリカに対して改善を要求すると言ったように、もっぱらアメリカの中で解決しようとした訳ですが、フィリピンの移民の場合は決してそのような風に動かなかったと言う事です。
少なくとも、フィリピン人の配偶者や二世以降はフィリピン生まれである以上はもっとフィリピンをあてにしても良かったのではないでしょうか。にもかかわらず、二世以降は、そうしたフィリピン人の腹からフィリピンで生まれたのにもかかわらず、都合よく、フィリピンに対しては距離を置いてよそ者意識を抱くありさまです。そして外来種たる日本人の血統にのみ依拠するありさまです。
最近、自分は頻繁に夷狄と言う言葉を好んで使用する訳でして、ここでもフィリピン人を夷狄呼ばわりしてしまう所ですが、それは自分自身が始めから思っていたと言うよりも、それらの混血児自身の方こそ、フィリピン人を夷狄、禽獣の類として潜在的にみなしていたと言うべきでしょう。
彼ら自身にとってはフィリピン人は母親であり、祖父母の内の3人はフィリピン人であると言うのに、そうした現実は度外視して、少数派に過ぎない日本人の血統を強調するのは、所詮はフィリピンが「化外の地」だと言う自覚があるからでして、その一方で、日本を「中華」とみなすからこそ、日本人の血統が混ざっている事で、「華化」されている物だと思って、「化外の地」からの脱出を図ろうとしている訳です。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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