みなさんこんにちは。夏の代表的な植物の1つとしてあさがおがあります。わたしは、ベランダにあさがおを沢山育てて、緑の壁なる物を作って、日差しよけにしようと毎年躍起になっていますが、7月になっても、まだ半分も埋まりません。それどころか、せっかくつるが長く延びた物がしょぼんとしおれてしまって、放棄せざるを得ない物が続出しています。(ToT)トホホ
では、本題行きましょうか。まずは引用文をご覧ください。
文部科学省は親の失業などで外国人学校に通えなくなった日系ブラジル人らの子供が公立学校で学べるよう、09年度補正予算に約37億円を計上した。日本語教室の設置に充てるという。こうした施策は公立学校への通学をためらう子供たちの就学を支援する点で一定の評価はできる。
しかし、外国人学校の設立そのものが、公立学校への不適応やいじめなどが原因で不就学になった子供たちの居場所作りから出発している点を考えると、実態にあった適切な施策とは思えない。むしろ外国人学校に通う子供たちの就学補助を出して、外国人学校の運営を支援すべきではないか。筆者がかかわる愛知県内の南米系外国人学校では、個人・団体からの寄付を募り奨学金制度を設けて、両親共に失業している家庭の子供の授業料を無償にしたところ、児童・生徒数は不況前の数を回復しつつある。
そもそもなぜ彼らは無償の公立小中学校に通わずに授業料の高い外国人学校への就学を選んだのか。鍵はアイデンティティの選択にある。日本の公立学校に関する情報不足や日本語への不安からと言うよりは、むしろわが子のアイデンティティ形成をどこで行うかを選択しているのだ。不就学問題の本質を見極めた対応が必要である。
残念ながら、日本の公立学校は「日本人育成」を大前提とした学習指導要領に基づき運営されている。したがって、外国人児童・生徒が母語や母文化に誇りを持てるようなカリキュラムになっていない。逆に、同化への圧力が掛けられ、中には、母語使用を拒否し、日本人になろうと努力する子供たちもいる。こうした現状に不安や疑問を感じて外国人学校を選択する保護者もいるのである。
また、帰国の意志や可能性があるため、外国人学校を選択する場合もある。今回の経済危機ではっきりしたのは、多くの外国人家庭の経済的基盤は脆弱で、不安定な雇用・就労状況におかれていると言う事である。帰国を余儀なくされる可能性が常にある。このように、経済的な困難から外国人学校に通えなくなれ場日本の公立学校へ転校、とは単純に行かないのが実態である。
筆者は、当面は公立学校への転校支援より外国人学校への就学支援を行い、将来的には公立学校でのバイリンガル教育・多文化教育プログラムを充実させ、公教育の枠内でも、母文化に誇りを持てるようにすることが必要と考える。
もちろん、朝鮮学校など民族学校の歴史を見れば、こうした道のりは容易ではない。しかしながら、日本の公教育も多文化・多民族社会を前提として大きく舵をきる時期に来ているのではなかろうか。(引用ここまで。6月27日分)
はっきり言って、どうして日本人にはこうした馬鹿野郎が少なくないのでしょうか。子育てにいそしむ人が、突然赤の他人から「わたしの子供も差別しないで、一緒に育ててくれ」と言われて、子供を押し付けられたならば、ほいほいと一緒に自身の負担で育てるのが正しいと思っているのでしょうか。
日本に限らず、公教育が自国民の育成を前提としているのは世界の常識であって、てめえの勝手でやって来た外国人に配慮する必要などないと思います。
外国人の立場で言うのならば、自分の国籍に応じた教育を子供に受けさせたいのならば、自国にとどまるべきであって、よその国に居つくのは、自国よりも何がしかのメリットを追求する意図があるからでしょう。そう言う意図があるのであれば、それによって同時に生じる不便も忍ぶべきであります。
本来ならば、国民として永久に居つくでもない外国人子弟などにただで日本の教育を受けさせる義理すらない事を考えれば、日本の公教育でもただで受けられればありがたいと思うべきであって、アイデンティティの喪失を懸念するなど贅沢のきわみとしか言いようがありません。
はなから、一時的に日本にいついて、自身の望むだけ一方的に日本を利用する魂胆でしかない連中が日本に同化する気がないのは当然として、そう言う連中のための外国人学校ならば、当然、わが国が援助をする義理などないはずで、この種の困りごとに関しては、在留同胞か本国政府に解決させるべきであります。
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