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歩み寄るべしはむしろ外国人の方だ

みなさんおはようございます。早速ながら投書からの引用文をご覧ください。

「日系ブラジル人」。この言葉を聞いたとき、1年前までは怖い、危ないなどと否定的なイメージしか浮かばなかった。しかし、市内の団地で日本語を教えるボランティアに参加したことで、その考え方は一変した。そして今は、彼らと交流を深め、理解しあい、国籍による区別のない社会を目指すべきだと強く感じている。
時間や労力を考えると簡単に言える問題ではない。偏見や悪いうわさなど不安は尽きない。これを解消するには交流の先頭に立つボランティアの輪を広げる事だ。そのためにはボランティアに参加した人たちが、経験をインターネット上に掲載する事を提案したい。実際に参加した人の情報であれば、安心でき、参加する人も増えるはずだ。その結果、交流も増え、同じ市民として共生できる社会の実現につながると思う。
でも、誰かが行動を起こさなくては何も始まらない。歩み寄らなくては何も変わらない。この状況に変化をもたらすのは地域住民である。(引用ここまで。2月21日分)

いつもながら、おめでたい御仁が少なくありませんな。こんな思いにはいい加減飽きてきたという思いがなくもありません。日本語ボランティアなる物が存在する事自体、ある種の違和感と言う物がないのでしょうか。要するにこれらの連中は、自ら欲しながら日本語を習わずにやって来たのですよ。既に述べたように、手ぶらでやってきて、必要な物はただでもらえると言う恩恵に与ってきたのです。決してほめられた事じゃないではないですか。
何でこちらから歩み寄らねばならんのか。むしろ歩み寄るべしはむこうの側じゃないのですか。極端な話、連中の存在はわが国にとって無用であって、却って厄介者でしかありません。まあ、向こうの側にとっての一方的な日本不可欠であって、ならば向こうの側から歩み寄るべしと言うわたしの主張に何の不都合差別の類があるのでしょうか。
向こうに悪意がなくとも、日本語だに解せないというのであれば、桃太郎に出てくる鬼のように(当ブロク「新説桃太郎」参照のこと)変に思われても仕方がないのではないのでしょうか。ましてや、「鬼」と違って彼らの場合は怠慢以外の何物でもないのですよ。
もっとうがった解釈をするのならば、来日前に日本語を習わず、来日してからのこのこ日本語ボランティアの恩恵に与ると言う事は、手ぶらでやってきてただで必要な物をもらうという事ですから、案外、必要な物はただで得られる事を当たり前に思っていて、要するにチャンスあらんば人様の物をちょろまかす事を当然視しているのではないのでしょうか。

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第二次世界大戦兵器没落列伝③

みなさんこんばんわ。今日は「第二次世界大戦兵器没落列伝」の3回目となります。はじまりはじまりー。(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ

第一次世界大戦が終わって、各国とも戦車の開発をじっくり行う余裕ができて、第二次世界大戦が始まる頃には、前大戦の不恰好な物にくらべて洗練された戦車が登場するようになって来ました。
当然、装甲板に関しても、薄いながらもまともな物が付くようになって、近距離から小銃で撃って貫通されるようになると言う事態からはかなり改善されてきた物の、まだまだ初期の戦車は防御力が低く、3.7センチ対戦車砲程度でも充分効果がありました。
ソ連軍ではスペイン内戦の折に人民戦線政府に対してT-26戦車を供給しましたが、これがフランコ軍に対して相当な脅威となりました。ただ、迎え撃つ側としては先に述べた3.7センチ対戦車砲で充分で、ノモンハン事変や冬戦争(第一次ソ・フィン戦争)でもしたたかにやられました。
一方のドイツ軍も、それほど重装甲の戦車が存在した訳ではなく、こちらの方もポーランド軍の3.7センチ対戦車砲によって大損害を受けました。
もっともポーランド軍の方もろくな戦車があった訳ではなく、ポーランドの完敗を食い止める事態には到りませんでした。
当然、ドイツ軍の対戦車砲も3.7センチが主流でしたが、これが翌年以降となりますとがらりと様相が変化していきます。

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

真なる差別主義者は誰だ

みなさんこんにちは。今回の記事は、別段見たこともないドラマを題材とする珍しい物であります。ドラマはTBSで放送された事のある「スマイル」です。
このドラマでは、主人公がフィリピン人の父親を持つ混血の青年となっています。さて、これまでもわたしはフィリピンに対して批判的な事を書いてきましたが、別段差別的な意図があるわけではなく、むしろ整合性を考慮しただけに過ぎないのであって、反対の考えを持つ者こそ、逆にレイシストではないかとみなしています。
このドラマでは、主人公に対する「差別」なる物が指摘されている訳ですが、わたしとしてはむしろTBSの整合性のなさの方を指摘したいです。
かつてTBSは国籍法改悪の折に、日比混血児に関して、子供にとっては一緒に暮らせる訳でもないのに、その父親が日本人である事を引き合いに出して、子供に日本国籍を与えるべしと言う主張に立っています。そのために「お父さん、わたしを認知して・・・」で始まるふしだらな報道特集番組を制作したのです。
要するに父親が日本人ならばどうでも子供は日本人だと言い張る訳なのです。したがって、その論法からすれば、「スマイル」の主人公は父親がフィリピン人であるのだから、フィリピン人として扱われるのが筋ではないでしょうか。
このドラマを単独で評価する分には、日本で家庭を築く分にはどちらかが日本人であれば子供が日本人と言う扱いを受けるのは当然でしょうが、もっと広い視点に立って判断するのであれば、TBSのやっている事は矛盾でしかありません。どっちに転んでも日本人として暮らす方が好ましいと決めてかかっているに過ぎず、フィリピンを卑下しているのです。

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テーマ : TV番組 - ジャンル : テレビ・ラジオ

裏切り者には名誉などない!

サムイヨー((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル 今日は天候不良で寒いですね。

太平洋戦争の開戦前に、日本やドイツの情報を旧ソ連に流した国際スパイ事件「ゾルゲ事件」に連座し、獄死した沖縄出身の画家、宮城与徳への勲章が13日、東京のロシア大使館で遺族に手渡された。宮城は日本兵の肖像画を描きながら軍の情報を集めたとされ、65年にソ連が大祖国戦争第2等勲章の授与を決めていた。
宮城は当時、日本では国賊などと白眼視され、遺族は離散。米国へ移住しためいの徳山敏子さんの求めでロシア政府が調べたところ、勲章が大統領府に保管されているのが見つかった。
ベールイ駐日ロシア大使は「戦争の勝利、ファシズムからの解放に貢献した戦友に謝意と敬意を表したい。60年代には遺族を見つけられなかった」と、勲章を伝達。徳山さんは「信じられない」と言葉を詰まらせた。沖縄では近年、戦争を回避しようとした「非戦・平和・反差別の活動家」として宮城の名誉回復が進んだ。
ベールイ大使は、事件で刑死した尾崎秀美にも、同じく勲章が出ていることを明らかにし、「遺族から申し出があけば手渡したい」と語った。(引用ここまで。1月14日分)

へえへえ、宮城は非戦・平和・反差別の活動家だったんですか。ソ連に情報を提供する事がどうして戦争回避につながるんですかねぇ。こう言う奴は単なる裏切り者に過ぎないのですよ。回復するだけの名誉なんてありはしないのですよ。
, (゚д゚ )ペッ カーッ(゚Д゚ 三 ゚Д゚)、ペッ  ( ゚д゚)、ペッ
かように名誉なんて取りざたされるのは所詮は勝者に対する事大主義でしかありません。よしんばわが国が勝者の側だとしたら、こんな詮索はありえないじゃないですか。
逆に恥知らずの侵略戦争だっていったん勝ってしまえば、都合よく吹聴できる試しには事欠きません。誰の事かって? ロシアさん、あんたの事ですよ! いつぞやも、プーチン前大統領が現職の折に、無理やり併合したエストニア相手に、ファシズム打倒のために共に戦った戦友なんぞと調子の良い事をほざきましたなぁ。
敗者たるわが国に対しては戦前の日本はファシズムだから打倒されて当然と言う考えを押し付けた割には、その勝者たるソ連が勝手にこけてしまったのはいかがな物ですかねぇ。「正義」の体制がこけては洒落になりませんよ。
そんな国に事大する連中は、ある意味馬鹿を見たと言うべきじゃないのですかな。そもそも、わが国をファシズム呼ばわりする割には、その「ファシズム」によって「弾圧」された人物の遺族が存在している事にロシア大使はある種の意外さを感じないのですかな。共産主義体制にだって、一族連座の弾圧がなかったわけでもありますまい。

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第二次世界大戦兵器没落列伝②

では「第二次世界大戦兵器没落列伝」本格的に開始しますよ。
まずは対戦車砲から。新兵器の登場は、既存の兵器よりも一歩先を行くと言う事が当然の事ですから、そう考えると、対戦車砲の方が戦車の対戦車能力よりも先行していると考えるのが自然でしょう。
元々戦車が登場する必然性は、大抵の兵器は静止状態で使われる事が多いために、進撃して敵陣を占領する歩兵の能力をはるかに凌駕してしまった事を克服する所にありました。
とりわけ第一次世界大戦では、機関銃の威力が非常に大きく、敵陣に到達するはるか以前に歩兵が壊滅的な打撃を受ける事が多く、当大戦の死傷率を異常に高める要因となりました。
よってこれに対する防御力を持った、歩兵が持つ小銃よりも威力のある移動兵器が必要となり、しかもそれは戦場と言うややこしい地形を突破できるだけの路外走行能力を有した物でなくてはなりませんでした。
かくして戦車が登場した訳ですが、上記の条件を満たすためにはそれ以外の方面でお粗末な結果をもたらす事となりました。
まず最大速力が歩兵並で、しかも非常に大きいため銃弾を当てる事は容易でした。もっともそうした物をしのぐための鉄板が張られていた訳ですが、元のスピードが低い事を考えれば、後に考えられていたような重装甲と言う訳にはいかず、容易に接近戦闘で迎え撃つ事ができました。
装甲板が存在する以上、破壊力のいかんを問わずそれを打ち破る事が先決でして、最初の対戦車兵器は貫徹力の大きな特殊銃弾でした。
これは近距離から戦車のスリットのようなウィークポイントを狙えばかろうじて貫徹できるか、そうならずとも、戦車内で破片を撒き散らして搭乗員を殺傷できると言う物でした。
これが発展した物が、より威力を高めた対戦車銃です。こうした物が威力を発揮するのですから、大砲などでも単なる榴弾程度でも近距離からの直接照準で撃破する事ができました。これが対戦車砲の始まりと言えましょう。

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第二次世界大戦兵器没落列伝①

(゚∀゚*) みなさんおはようございます。当ブロクで取り上げる歴史カテゴリーはこれまで1回完結と言う事があまりなく、長編になってしまう事が往々でしたが、本日より始める「第二次世界大戦兵器没落列伝」もそのように進行して行きます。

さて、今回取り上げる没落兵器とは第二次世界大戦で「大ヒット」しながら、戦後から一気に没落の途をたどって行った対戦車砲、高射砲、魚雷に関して解説して行きます。
これらの兵器は、それらが的に定めていた兵器ありきで登場した物であります。戦車、航空機、艦艇。それらは今もまた存在する訳でして、よって理論的には現存するそれらの兵器に対抗すべく、より良い発展を遂げて行くべき物なはずなのですが、なぜか没落して行ってしまいました。
結論から言ってしまえば、それらの没落の原因ミサイルの発達に尽きると言って良いでしょう。しかし、それだけで片付けてしまうには詰まらない。もっと突き詰めて行くべきではないかと、マニアックに思い立った訳であります。
では次回よりその辺の所を取り上げていきます。<(_ _)>

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ただで何でもやるべからず!

(*^o^*) どうもこんばんわ。早速行きましょうか。
高校受験を控えた外国籍の生徒を支援しようと、NPO法人「中学・高校生の日本語支援を考える会」は6日、横浜市神奈川区のかながわ県民センターで補習教室を開いた。受験生らは、ボランティアの元高校教員や大学生、高校生のアドバイスを受けて、過去の入試問題などに挑んでいた。
「希望の進路に進んでもらいたい」と、2007年冬から、年2回の補習教室を始めた。18人の考える会のメンバーのほか、現役大学生や高校生にも協力を呼びかけ、参加したボランティアは前日の5日も含めて約50人にのぼる。
受験生も中国やペルー、ポルトガル籍の約50人。指導は一対一で顔を突き合わせて、数学や理科、国語の問題を一つ一つ解いていった。
ボランティアとして初めて参加した県立神奈川総合高校3年の向井恵理さんは教員志望で国立教育学部への進学が決まっている。「得意な英語で手助けできたらと思って参加しました。相手に理解してもらえるように、論理的にはなすのは難しい自分自身の勉強になりました」
考える会の樋口万喜子は県立高校で日本語を教える。「外国籍の中高生が日本で健やかに生活できるように、日本語を学ぶ権利を保障してあげたい」と、05年に仲間とNPOを立ち上げた。
樋口さんは「この段階で日本語を学ばないと、各教科がどんどん難しくなり、学習や学校からどんどん遠ざかってしまう。26文字のアルファベットで生活してきた子にとって日本語は難しいが、ボランティアの力を借りて支援を続けて行きたい」と語った。(引用ここまで。1月7日分)

わたしはおととし、国籍法改悪の嵐が吹いているさなか「新日系人ネットワーク」なる団体を知りました。連中のやっている事は当時からして好きにはなれませんでしたが、当時としては連中がそのような事を行うメリットとはなんぞやと言う所までは行き着けませんでした。
しかし、昨年の三鷹でのまがい物展示展において、主催者団体が大層な支援をお上から受けていたことを知るとようやく「人権ビジネス」なる物の意味に気づきました。お上からの補助金があるのならば、別段、受益者に対しては非営利で推し進めても構わないのですね。むしろ、代償を払わずに済む受益者の存在は連中にとっての「お客様」と言う事で歓迎できる訳です。
さて、わたしは元々、自分の意志で来日しながら日本語ができない外国人の存在を苦々しく思っており、よってそのような連中をただで助けよう行為にも反感を持っていました。そんな事をするから、ますます外国人どもは日本が、自分らの欲しい物はただで提供してくれるから、手ぶらで来日しても構わないという感覚を少なからず持っているのです。
なるほど、日本語は世界的に見てもど難しい言語かもしれませんが、日本定住は非常にうまみのある行為だと言う意識があるから中にはいんちきをしてでも居つこう連中がいるのではないのでしょうか。
外国人どもにとっても、来日する自由があるのであれば、別段、生まれ国にあって日本語を学ぶ権利がないわけでもありますまい。わざわざ来日してからボランティアの恩恵に与って学ぶと言うことは怠慢のそしりを免れない事を繰り返して警告します。
むしろこうした外国人どもは高い金を払ってでも学ぶと言う発想を持つべきです。そうした習慣がなくては、いかに高い知識を持っても、既に当ブログでも登場したブラジル政府の高官や知識人のように、乞食根性が抜けずに、個人ばかりか国までもがよそ頼みを当然とする習慣が続いて、国家の発展を阻害する要因となりましょう。

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違いを理解しあうとは

みなさんおはようございます。立春過ぎたとは言え、いまだ寒い日が続いております。サムイヨー((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル
さて、一部では「多文化共生」と言う美名の下に「違いを理解しあおう」などときれい事を言う者がおりますが、わたしはこうした発想が好きになれません。彼らの言い分からすれば、出し抜けに、来日した外国人の流儀を理解しようと言うのですから、では彼らの方はわが国の流儀を理解しなくていいのか、と言う反論が常に頭をよぎってきます。
最近、相撲界から朝青龍が引退を表明しましたが、昨年彼が行ったガッツポーズに関して、横綱審議委員が行った批判に対して、「押し付けはいけない」と反発した事に関してこのブログで取り上げました。
要するに、外国人に日流文化を教える事をある種の押し付けとみなす人がいるようです。既に述べたとおり、こんな人の主張に従うのならば、すべからく外国人は日本の流儀を無視して自国の流儀で生きてよしと言う事でしかなく、こんな事が多文化共生だと言うのであれば、真っ平ごめん被るべしです。
改めて違いを理解しあおうとは何か。居つく国の流儀が理解できないのであれば、いまだ居つかぬ国の流儀などなおのこと理解できかねるのではないのでしょうか。
そもそも日本に居つく外国人が日本の流儀を理解する事に比べれば、我々が彼らの流儀を理解するだけの必然性ははるかに劣るのではないでしょうか。
日本にあっていろんな外国の流儀を理解する事が全く無駄とは言えませんが、さりとて相互理解の行動を全く平等に行う必然性はないのではないでしょうか。
そもそも日本に居つく外国人にとって、日本に居つく行為は自国に鎮座するよりもうまみがあると言う自覚がある人が多く、それは必然的に自国が日本に比べて後れを取っている事を意味するのです。
そうした視点からしても、わが国の方で外国の流儀を理解する必然性は低く、むしろ日本に居つく外国人の方でわが国の流儀を理解する事の方が彼らの国の発展を促すと言う意味からでもよりお勧めの行為ではないかと思います。
さて「多文化共生」なんてきれい事を主張する連中は、改めて言えば、日本にどんどん外国人を受け入れろとか、不法滞在者に対する人道的配慮を求める連中と重複しているケースが多いようですが、そう考えると外国人との相互理解なんて物が矛盾やナンセンスの類でしかない事につながっていく事がますますつのります。
始めからそこに住んでいる連中にですら、日本へ移住した方が幸せだと決めてかかるような発想では却って外国の価値を低く決め付ける事でしかなく、そんな低価値国家の流儀なんぞを理解するメリットなどますますないじゃないですか。
少なくとも自分のように、何でこれらの連中は日本に居つきたがるんだろうか。長年住み慣れた地を捨て去る事に何とも思わないのか、と不審がる発想を余人に持たせないような連中にはそのような外国人との相互理解を推進する資格はないと思います。

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受益者責任を追及せよ

みなさんおはようございます。残念ながらと言うべきか、民主党の小沢幹事長は不起訴となりましたね。
さて、この人物、「秘書が勝手にやった事だ」として自身の責任逃れを行ってますが、この行為、いかがな物でしょうか。この主張は小沢さんに限らず、これまででもいろんな人に使われた言葉ですが、では秘書の立場として、何かを勝手に行うだけのメリットとは何なのでしょうか。
誰の名義で行う以上、自分の意思で行う以上は、それなりに自身の利益と言う物を意識して行う物ではないのですか。いわゆる虎の威を借る狐のような物でしょう。
では、秘書の雇い主の立場に戻ってみましょう。秘書が自分の名義の元に何かを勝手にやったとしたら、自分の名義が勝手に部下の利益に利用されていると言う事で、不快感なり、危機感なりを持ってしかるべきではないのでしょうか。
雇い主としてはしっかり部下の手綱を握っておくのが普通だと思います。それを野放しにしておいたとしたら、雇い主としての管理能力と言う物が疑われてしかるべきでしょう。
もし、そのような事が野放しになっていて、雇い主が何とも思わないとしたら、結果として雇い主の利益になっているだけでは駄目で、始めから雇い主の意思として成り立っていると考えるべきです。単に結果としての雇い主の利益だけでは、秘書に都合よく利用されている事になってしまうので、やはり雇い主としてはそれは望ましくない事です。
やはり、秘書が勝手にやったと言う発言は、始めから雇い主の意図がからんでいたと言う事を否定する事は無理でしょう。

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