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映画、ドラマ:戦争映画や時代劇が中心。アイドルやトレンディドラマの類は興味なし
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竹島はわれらが領地なり

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勇気ではなく卑怯な「証言」

皆さんおはようございます。今日は雨模様でございます。最近はかようにすっきりとしない天気が続いております。では本題行きましょう。

「65年目の「遺言」」を拝読しました。加害の罪を包み隠さずに話されたことに敬意を表します。中国人の体に「銃剣を突き出すと、豆腐にはしをを刺すようにすっと入った」と言う表現は当事者でなければ語れません。戦地での輪姦、銃殺などをさらけ出すのは大変な勇気がいったと想像します。
近藤様が戦争を語らなくてはと思われたの82年、わたしは19歳。核兵器や沖縄戦に関する本を読んでいました。やがて、平和な社会を作るには教育が肝要と考え、教職を志しました。修学旅行の引率で、広島や沖縄で戦争体験者の直接証言をうかがう機会を得ました。皆さんの痛切な体験は貴重で、生徒も前向きな感想を書いていました。
どうしても被害者体験に重きが置かれるのは致し方ない事です。近藤様が葛藤の末、加害者としても語る決心をされた事は、高校生に衝撃を与えたでしょう。その決意が、生徒の心を打つのだと思います。わたしたちが戦争当事者の話を伺えるのは、後十数年と言います。勤務校の生徒にも、聞かせたい証言です。(引用ここまで。8月31日分)

はっきり言って、わたしはこの種の事が勇気ある発言とは思いません。他でも、戦時中での労働で、兵器生産にかかわっていた人が、国の命令とは言え、人殺しの道具作りに加担したと言う「罪悪感」も持ったと言う人がいたとか。こんな事はまず戦勝者側から出てくる発言ではありますまい。
ただ、自分だけはよその連中と違っていい子であると吹聴するだけの偽善者でしかなく、元兵士の「証言」にしても同様の事が言えます。真に罪悪感を持っていると言うのであれば黙って、家の中で線香でも上げていればいいのです。
いまさら虐殺に関する証言をした所で、つるし上げにしようだなんて考える者がいるとは思えませんし、あえてわたしもそうすべきだとは思いません。そう考えると、そう言う安全圏にいるから、いまさらながらに「証言」するようになったのではないのでしょうか。
そもそも、こうした元兵士はこの種の発言を行うにあたって、国や軍隊の面汚しとして自身を糾弾したのでしょうか。むしろいまさら証言しても、自身は免罪で国や軍隊の「犯罪」をあたかも他人事のように吹聴した事になるのではないのではないでしょうか。
結論から言えば、この元兵士の証言はわが国の負け戦に便乗した卑怯発言に他なりません。あたかも自身の犯罪を国や軍隊全体の犯罪に摩り替えて、自身は被害者ないしは良心に目覚めたいい子を自称したいだけの事ではないでしょうか。
よって、こうした元兵士の罪は、虐殺そのものよりも、責任転嫁とも受け取れる「証言」をした事にあります。もし、真に自身の罪を自覚するのであれば、国や軍隊の面汚しと自身を糾弾してもらいたい物であります。
さて、かつて元中国残留孤児で日本に移住してきた人に関して、中国に肯定的な発言をした人に関して、中帰連のような奴と表現した事があります。そこでは、大方、日本に移住しても、中国に関する肯定的な発言をして、中国側に好都合な形で日本世論を誘導できる者だけが日本移住できると判断しました。
本当の中帰連に関しても、中国の収容所で中国に好都合な形で日本世論を誘導できるように教育を受けて帰国した者の集まりだそうです。となると、意外と、日本軍残虐伝説と言うのも、こうした連中の吹聴したフィクションである物が多いと考えるべきでしょう。何しろ、吹聴する本人にしてみれば、自身が断罪されないで済むとなれば、虚偽詐言を弄する事だってあり得るでしょう。
要するにこの種の「証言」をする連中は、本物の悪人ではなく、日本国ないしは日本軍と言う「悪者」を演ずる「悪役」と言う自覚の下に動いているので、より始末が悪いと考えるべきです。

自身が断罪されない安全圏にいる連中の「証言」は疑ってかかるべし!

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

違法産廃業者のごとし

皆さんおはようございます。今日は久々と言うべきか晴天ですね。ヾ(〃^∇^)ノ

さて、昨日はミャンマーからの難民が成田に到着しました。
日本では、難民に対する門戸が狭い事が指摘されています。支援者いわく、たった半年の日本語教育では不十分。こんな事では日本社会に容易に根を下ろす事は出来ないと言う主張が聞かれます。
なるほど、それは真理を突いていると言えましょう。それだけに多分に外国人問題は矛盾だらけだと言うのです。難民は祖国において迫害を受けている人たちですから、援助に値すると言えるのですが、難民に当てはまらない人たちは必ずしも援助に値しない人たちであります。
後者の連中は単に生まれ国よりもうまみのある人生を追求すべく、自ら望んで来日したのに過ぎないわけで、難民もどきと言うべきか、えせ難民と言うべきでしょう。別段、生まれ国にあっても迫害の対象となるわけでもありますまい。
こう言う連中相手に負担を強いられるくらいならば、難民救済を重視した方が良いと言うものです。
難民とも言えないような連中の受け入れは、さながら産廃処理みたいなもので、ましてや受け入れにいそしむ人権団体のやっている事は違法産廃業者のごとき体をしていると言っても良いでしょう。
6月に「強制退去は妥当」で取り上げた件を見れば、「中国帰国者の会」が、受け入れ推進をしてきた中国残留孤児二世の犯罪に対して責任を感じているとは思えません。さながら、廃棄物の山奥処理の如しです。
連中が犯罪者たる二世の強制退去に反対するのは、所詮は「廃棄物」処理の「商売」を維持したいからであって、ましてや、「山奥」に捨ててきた「廃棄物」の正当処理の負担なんかしたくないからなのです。

廃棄物のような外国人受け入れは反対!

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テーマ : 中国問題 - ジャンル : 政治・経済

戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)④

皆さんおはようございます。今週は日曜の夜からほとんど雨状態であります。勤務のあった日曜の夕方も少しは雨がありましたが、今ほどではありませんでした。月初めは連日の晴天による高温状態だったのが、今では打って変わって寒くなってきました。では本題はいります。

「戦陣訓」ではジュネーブ条約を教えていないと言う非難がちまたではあるようです。ジュネーブ条約を教えずに、その代わりに戦陣訓のせいで、死ななくても良い兵士が多数命を絶ったと言う非難です。
しかし、ジュネーブ条約と言うのも所詮は国際法であって、意外と当てにならない物なのです。上記の非難に従えば、アメリカ兵はジュネーブ条約を遵守して、投降した日本兵を正しく取り扱う事になりますが、ここで立場を逆転して、アメリカ兵が日本軍に降伏する側だったとしましょう。
もし、アメリカ兵の多くが日本軍相手の降伏忌避を意識していたとしたらどう考えるべきでしょうか。まあ、現実には、コレヒドール島占領の時以来、通常の地上戦でわが軍がアメリカ兵を捕らえるという事態はめったに起こらず、それ以降の捕虜と言えば、撃墜した航空機の搭乗員や撃沈した潜水艦搭乗員だったり、わが軍の勢力圏の奥深くまで侵入して来た者がほとんどだった訳ですけどね。
この時、左巻きの連中ならば、日本軍は残虐だったから降伏忌避は当然の発想だと得意顔で言うかも知れません。しかし、こうした発想は意外と意味がない物なのです。戦後の評価ならばいざ知らず、これから捕虜になるかも知れないと言うリスクに直面している者の立場から言えば、降伏忌避の発想は、現実に敵が残虐かどうかよりも、イメージによって成り立つ場合の方が多いのです。
何しろ、開戦時においては、その種の「実績」が存在していないじゃないですか。「実績」がなければ、イメージによって決定するしかないのです。まずは自国の政府が行うプロパガンダ。それ以外は、敵対国との文化的な違いや経済水準の違いが大きく物を言ってくると思われます。
さて、左巻きいわく、日本軍の残虐さは早くも「バターン死の行進」によってアメリカ兵にとって「実績」が知れ渡ったじゃないかと指摘するでしょうが、あれも経済水準の違いが物を言ったのに他ならないのです。
大砲の牽引や兵站を機械に頼るのが当たり前なアメリカ軍に比べて、日本軍の機械化とは当時としては高価な自転車に頼っていた所が大きく、食糧事情も充分とは言えませんでした。そんな所へ思った以上の捕虜が出てしまったのですから、乏しい配給と徒歩での後送は不可避な選択だったのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

愚かな敵に救われた戦い

世間では、尖閣諸島に侵入した中国船の船長釈放に関する弱腰外交に対する非難が大いに取り上げられています。この件に関しては、自分も大いにむかつく所ですが、人気ブロガーがこぞって取り上げていることなので、その辺の所は彼らに任せて、自身のエントリーはいつもどおりわが道進むで行きます。
今回は映画「宇宙空母ギャラクティカ」に関して書きます。
この作品は、はるか昔、宇宙遠くの地で12の惑星に暮らす人類が、機械人間によって構成されているサイロン帝国の襲撃を受けて、滅亡の危機にさらされた所から始まります。
生き残りは220隻の船に分乗して、遠くの地にあるとされる13番目の惑星(地球)を探すべく、サイロン帝国からの逃避行にいそしむ事になるのですが、これを護衛する戦闘艦は空母ギャラクティカのみでした。
作品中では時たまサイロン帝国が空母を繰り出し、そこから飛び立った戦闘機によって人類が分乗する船団を襲撃するのですが、ここにサイロンの馬鹿さ加減と言うものが見て取れます。
彼らは人類抹殺を掲げて人類相手のいくさを仕掛けたのですから、そうした大目的にたてば、民間船だろうと戦闘艦だろうと人類が乗っていれば等しく目指すべき標的に他ならないはずなのに、常に攻撃目標と定めたのは戦闘艦たるギャラクティカのみでした。
全般的に見て、機械でしかないサイロン人は融通が利かないのか、人類に比べて戦闘能力が劣っているようで、サイロンの戦闘機は、ギャラクティカから迎撃にやってきた戦闘機相手の正面切った戦闘では敗北ばかりでした。
ここでもし、民間船に的を絞って攻撃を行えば、損害の多い戦いであったにしても、いくばくかの民間船を仕留める事が出来た事は間違いありません。ギャラクティカを飛び立った戦闘機にしても、民間船を守るための戦闘となればかなり負担の大きい思いを強いられ、より大きな犠牲を払う事態となったでしょう。
幸い、サイロンはギャラクティカに的を絞って攻撃を繰り返したために、戦闘艦ゆえに攻撃を受けても防御効果が大きく、艦載のビームによる迎撃も可能で、要するに自艦さえ守っていれば、民間船に対するシールドとしての役目も完璧に果たしえたのです。

現実のいくさはこんなにうまくは行かないぞ。


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テーマ : 特撮・SF・ファンタジー映画 - ジャンル : 映画

日本移住は親子、親戚よりも尊し?

「子供は親と一緒に暮らす権利がある」。これは人権派連中の言葉のようですが、こじき外国人どもが日本に寄生するための便法として利用されている詭弁に過ぎない事はすでにお分かりのことでしょう。
国籍法改悪の折にフィリピン人の腹から出でて、その母親のみによって育てられる事は明らかでしょうに、どうせ一緒に暮らすでもない父親が日本人だと言うだけで、子供に日本国民としての肩書きを与えるべしと主張するやからがいた事は皆さんご存知でしょう。
上記の主張を支持した連中の中に、いったい誰が、子供が父親と一緒に暮らせないことに関して詮索してくれたでしょうか。ただ、ひたすらに「子供には罪はない」で、日本居住を促すのみではなかったでしょうか。親のわがままや不道徳に付き合わされる子供こそいい迷惑だと言うのに、それを思えば、子供の日本居住と言う選択は疑問の多い事である事は間違いないはずなのにです。
「子供は親と一緒に暮らす権利がある」。この言葉が最も強調されたのは、カルデロン問題でありました。こちらは、上記のように、子供の意志やいかに?と言う視点が欠落しているのに対して、子供本人の日本鎮座希望が明確であるものだから、鬼の首を取ったように、とどの詰まるところが、親の犯罪に対して目をつぶれと言う事であります。
さて、続いて、フィリピン移民二世に関しては、これまで外来種に過ぎない父親が日本人であることばかりが強調されて、日本移住の口実として利用するケースが頻繁に散見されます。そうして日本国籍を得た人には、
「自分はずっと日本人だと思っていた。日本にいる親族と会うのが夢です」
と話した人がいました。いかがなものでしょうか。要するに、これは父方の親戚と言う事になるのですが、フィリピン生まれでこれまで日本に行った事がないと言う事を思えば、父方の親戚の側からすれば、突然やってこられても「あんた誰?」と迷惑がる可能性が高いと思われます。
それよりも、母方の親戚はいなかったわけでもないでしょう。こちらの方が欠落しているような発想があるように見受けます。これはいつぞやも言ったように、日本鎮座に役立たない足手まといの存在として切り捨てられた存在なのでしょう。
また、中国残留孤児の中には、子供を置いて配偶者とともに日本に移住して来た人がいて、それを養うために、子供が日本に出稼ぎをするのみならず、失業して生活保護の厄介になると言う馬鹿丸出しな事例もありました。これってあべこべじゃないでしょうか。子供が、老いた親を養うのであるのならば、自宅に親を住まわせると言うのが筋じゃないですか。
残留孤児本人の中には、養い親を残して、単身日本に移住して、中国人の少なからずから恩知らず呼ばわりされると言った事例もありまして、いろいろ、日本移住は親子、親戚の関係よりも尊しと称しえる現状が見て取れる昨今であります。

人権派連中の言葉に耳を傾けるべからず!

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テーマ : 気になるニュース - ジャンル : ニュース

国会議員に資格試験を導入しては

皆さんおはようございます。昨日、おとといの猛暑とうって変わって今日は雨天ですね。どうやらこれで今年の猛暑も終わりとなりまして、本格的な秋へと様変わりする時期となりました。

菅直人首相が、自衛隊の制服組首脳との意見交換会で「改めて法律を調べてみたら「総理大臣は自衛隊の最高指揮監督権を有する」と規定されており・・・・・」と挨拶。この直前の北沢俊美防衛相との雑談では「昨日予習したら(防衛)大臣は自衛官じゃないんですよ」と述べたと言う。中学生でも分かるような事をはじめて知ったような発言に驚いた。
鳩山由紀夫前首相も普天間飛行場移設問題で「海兵隊の抑止力を学んで知った」と発言した。ほかにも見識、知識の深さなどが疑われる国会議員が散見されるが、現・前首相がこの程度なら仕方がないとあきらめてはいけない。そこでわたしは国会議員に資格試験の導入を提案したい。
国会議員も広義では国家公務員なのだから国民も試験導入に違和感はないはずだ。具体的には試験合格者のみ立候補できるようにする。試験は必修と選択科目で行う。必修科目は経済、財政、外交、防衛などの2ないし3科目。選択科目は省庁別問題にして各自が得意分野を受験する。
国会議員の本分は立法府の構成員として議員立法を提案する事にある。党議拘束を掛けた多数決のための人員ではない。国会議員に知識やマネジメント能力がなければ、立法能力に疑問符が付き、脱官僚や政治主導の夢のまた夢である。(引用ここまで。8月26日分)

昨今ではタレント議員なんて代物が散見されるようになりましたが、これなどはよそでの人気に便乗した人集めの最たるものでしょう。誰がなるにせよ、就く職業に応分の能力があってしかるべきなのは当然望まれることであります。
もし、そうした発想がないのであれば、能力がないままに、単なる人気だけで当選した議員は自らの意志で議員としての仕事を果たせるとは思えず、誰かしらの派閥のボスに従属するだけの員数稼ぎの存在でしかなくなります。その程度の人間でしかないのならば、われわれ国民としては高い給与やその他の諸経費を払って、国会議員と言う大それた地位に就けてやる必要があるのでしょうか。
その程度の人間しか議員になれないのであれば、わざわざ選挙区制度の下に個人名を以って投票するに値しません。かつてのドイツみたいに、政党名を以って投票するだけに過ぎないじゃないですか。


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テーマ : 議員って? - ジャンル : 政治・経済

まともな感謝もしない国には援助するな

汚い話になりますが、昨日の早朝来、ちょっとばっかし、うんこの混じっただけの思い切り液体状態の下痢が頻発しています。(゜へ゜;)コマッタ

韓国からコメの援助受ける北朝鮮、「たったこれだけ」と逆ギレ
Y! 【社会ニュース】 【この記事に対するコメント】 2010/09/19(日) 18:44

  北朝鮮の統一新報は19日、「対北支援の手」と題する論評を発表し、「水害によって大きな損害を被ったわが国に対し、韓国は同胞のために物資とコメを援助すると騒ぎ立てたが、実際にわが国に提供するコメは、たった5000トンだけだった」と逆に批判し、「彼らの真意を改めてよく見る必要がある」とした。

  論評では、北朝鮮で発生した水害について詳細に紹介したうえで、(わが国の被害は)全世界が知る事実であると主張。続けて、「それなのに、韓国が援助を申し出たコメの量は、わが国人民の1日分にも満たないわずか5000トンだった」と批判した。

  さらに論評では、「韓国はわずか5000トンのコメを、将来的に現金で回収する貸借形式で援助すると述べた」と韓国側の対応を批判した。

  最後に論評では、「同胞を援助するためのわずかなコメすら惜しむ韓国が、統一基金をどうやって工面するのか」と主張、南北関係を改善するつもりがあるならば、まずは心を開くべきであると主張した。(編集担当:畠山栄)



かの半島の場合、どっちもどっちと言うべきでしょうな。韓国は単なる見栄っ張りで援助を行うケースが多いし、北朝鮮にしても、援助を受ける側にしてはやたらと態度がでかいんじゃないですか。案外、援助を受けると言うよりは朝貢をさせると言う感覚じゃないでしょうか。かつて、アメリカからの援助に関しても、かの国では将軍様への献上だと国内で吹聴された事もあったようです。

かようなえらそうな態度を取っている連中相手では援助する側もうんざりでしょう。しかも北朝鮮の札付きのいんちき振りからすれば、水害自体がいんちきである可能性が高いです。いや、水害そのものは真実であっても、これまでの開発の不手際から生じる人災、あるいは、始めから援助目当ての自爆行為であったかも知れません。

何しろ北朝鮮ほど自国民の安否に無関心な国も珍しいわけで、よその国からむしりとれるものならば、自国民を犠牲にすることなど平然と行うだろう事は容易に推測できます。

さて、チェ・ケイホ氏は自著において、日本が再び北朝鮮を併合する事になったならば、現地の国民はもろてを上げて歓迎するだろうと書いていますが、いかがなものでしょうか。従来の体制から脱却できると言う点では歓迎するでしょうが、そのためには過去のようにわれわれ日本が割を食うと言う事を忘れてはなりません。

彼らは有史以来、まともに人間として扱われる恩恵にあずかったのにもかかわらず、わが国の敗戦とともに厄介払いし、今では散々の忘恩背反振りを示しています。彼らを援助する事態になったならば生半可なことでは彼らを満足させる事は出来ないでしょう。すぐに差別を言い立てて、もっとよこせの大絶叫にいたる事は間違いありますまい。そして、わが国が枯渇するような事態に至るまで要求していくのです。

頭を後ろに下げるようなやからには援助するな! (# ゜Д゜)フザケルナー!!

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戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)③

みなさんこんばんわ。「戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)」第3回目となります。

一般的には降伏禁止の元凶とされている、悪名高き「戦陣訓」ですが、製作時期に改めて注目してみる必要があります。昭和16年は、支那事変が始まって足掛け4年目に入りました。この結果、日露戦争とは比較にならないほど、師団の新設が進み、総力戦状態に突入しました。戦争そのものは終結の見通しが立たない一方、個々の戦闘においては勝って当たり前の状態にありました。
従って、負ける気遣いがない以上、降伏禁止を強調する必然性自体がなかったのではないでしょうか。むしろ、当時懸念されていたのは、戦争の長期化に伴う、規律の弛緩の方でした。こうした弛緩状態の規律を引き締める事が戦陣訓の意図だったわけであります。
「生きて虜囚の辱めを受けず」と言うのも、敵に捕まると言うよりは、軍規違反で憲兵のお世話になる事を避けよと言う意味だったのです。それだけの不始末をしでかしたならば、自殺をしてでも償え。「死して・・・」の意味は案外そんな所にあったのかも知れません。
映画「戦場のメリークリスマス」では、捕虜相手に衆道にふけった朝鮮人軍属に対して自殺を命じる場面がありました。その後で、ビートたけしの原が「事故死扱いにしよう」と所長(坂本龍一)に進言しました。
事故死扱いの件は自殺だと遺族に年金が出ない事になっていたため、当人は自殺によって不始末を償ったのだから、それ以上当人ないし遺族に負担のかかるような事態にする事はないだろうと言う配慮があった訳です。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)②

皆さんこんばんわ。今日は早朝からの大雨が出勤のころまで続いていましたが、幸い、肝心なときには弱くなっていて、大きくぬれると言う事にはなりませんでした。では本題行きましょう。昨日に続いて「戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)」です。

真珠湾攻撃では350機もの航空機が出撃して、内29機の未帰還機が出て、さらに帰還機のうちの1機が機銃手が戦死状態で帰還して、都合戦死者は55人となりました。これに対して特殊潜航艇の搭乗員は9人が戦死と公表された所から、4隻未帰還で帰還した1隻の中の搭乗員1人が戦死状態で帰還となればつじつまが合ったのですが、すべて未帰還だったので、誰が死んだか、生き残ったかの確認は元来できないはずで、敵側の報道を真に受ける事でそれが可能となりました。
どうせ未帰還なのだから、戦死したと嘘でも公表すれば良かった物を、あえて正直にアメリカが捕らえている搭乗員を戦死者としなかった帝国海軍の真意はいかなるところにあったのでしょうか。
この結果、その搭乗員が後々非国民として非難される事態があったようですが、こうした事があるところは戦陣訓と無関係にわが国の特殊性と言う物を思い知らされます。
降伏忌避の発想は別段わが国に限った事ではなく、よその国でも大なり小なり存在していました。少なくとも訓練の段階にあっては、こうした事はある意味常識的だったと言えるでしょう。いかにジュネーブ条約で捕虜の権利が認められているからと言って、始めから降伏推奨を訓練に盛り込む軍隊があろうはずがないでしょう。控えめに見ても、最大限降伏回避に努める教育がなされるのは当然でしょう。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)①

ヾ(〃^∇^)ノ 皆さんこんにちは。ようやく強烈な暑さからも遠ざかってまいりました。では早速本題に入りましょう。

ある連中からすれば戦陣訓なる物のせいで、死なずに済んだ兵士が大勢死を強いられたと言う事が強調されていますが、いかがな物でしょうか。
あたかも戦陣訓に降伏禁止の役割が与えられていたかのように言われていますが、戦陣訓のような役割が与えられていたとしたら、これは陸軍大臣が作成した物ですから、海軍には元来関係ない物でしょう。しかし、現在では海軍にまで戦陣訓が広まっていたかのように言われていますが、そうなってくると、当時の海軍大臣にも責任が及ぶはずなのですが、どうもそうした事例はないようです。
さて、戦陣訓は昭和16年の作成ですが、これよりはるか先の日露戦争ではかろうじて勝利したとは言え、少なからず苦戦した事が反映してか、わが軍からも1500人以上もの捕虜が出ました。
要するに戦陣訓が存在しない時代の事であります。この時期、将兵の規律を規定した物として軍人勅諭や軍刑法が存在していましたが、これによれば、部隊を降伏させた指揮官が死刑に処せられると言う記述はあるものの、個々人が捕虜になった事に関する処罰規定が存在しません。
それだけに、いろんな面から見ても理解しがたい事例が存在した訳です。オーストラリア映画「カウラ大脱走」では石田純一が捕虜として出演していましたが、夢の中で、実家に帰って母と妻から「非国民」と罵倒される場面がありました。
要するに公式に降伏禁止が存在していなかったからこそ、映画と言うフィクションとは言え、こうした場面があるのではないでしょうか。始めから降伏禁止を軍規に定めておけば、こうした捕虜帰還兵の存在を完全に隠蔽する必要が生じる訳で、家族にはにせの死亡通知を送り、帰還後にひそかに処刑するなり自殺を命じたりと言うのが当然あるべき姿でしょう。
実際、そのような形で死を強いられた者もいたでしょうが、全部が全部と言う訳ではありませんでした。真珠湾攻撃では5隻の特殊潜航艇が出撃してすべて未帰還になったために、戦死者9人が軍神として報道されました。5隻出撃してすべて未帰還となれば、戦死者は10人になるはずなのに、アメリカ軍が1人捕らえた事を報道し、外電でその捕虜がわが国にも伝わってしまった事で、9軍神報道が可能になった訳です。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

5000年の昔から

(゚▽゚)ノ イェイ!! 今日の2度目の更新は久々に「嫌韓替え歌集」を行きましょうかな。
今日のタイトルは「5000年の昔から」です。元歌は左翼の歌「Das Einheitsfrontlied」です。
では始まり始まりー。(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ

1番
5000年の昔から 進歩のない国だ
ウリナラマンセー大絶叫に徹しているのみだ
さあ目を覚ませ さあ目を覚ませ 姦酷愚民ども
身の程わきまえ慎まなければ進歩はあり得ない

2番
5000年の昔から身勝手多き国
すきさえあーれば他人おしのけ私欲に突き進む
さあ目を覚ませ さあ目を覚ませ 姦酷愚民ども
自己中きょーぎを捨てなけれーば尊敬あり得ない

3番
5000年の昔から付け火の多き国
ささいなことでもおおいにファビョりて辺りは大火災
さあ目を覚ませ さあ目を覚ませ 姦酷愚民ども
自制をかーいた愚民どもには繁栄あり得ない

4番
5000年の昔から強姦多き国
すきさえあーれば 女を連れ去り強姦突き進む
さあ目を覚ませ さあ目を覚ませ 姦酷愚民ども
女性尊重欠如の国には秩序はあり得ない

5番
5000年の昔から虚言の多き国
自分のためには身内とーてもペテンに突き進む
さあ目を覚ませ さあ目を覚ませ 姦酷愚民ども
年がら年中虚言を吐いては信頼あり得ない

6番
5000年の昔から手抜の多き国
技術を軽んじ普請を始めてすーぐに崩壊だ
さあ目を覚ませ さあ目を覚ませ 姦酷愚民ども
日本のせいだと叫ぶばかりじゃ堅固はあり得ない

今回の替えう歌はいかがでしたかな?(*´∀`)アハハン♪ 
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テーマ : 中朝韓ニュース - ジャンル : ニュース

意外と不自由なキャンピングカー村

皆さんおはようございます。当ブログで取り扱う映画ネタは、単なるお馬鹿な物から、外国人問題の参考になるものまでいろいろ取り揃えてございます。その辺のところは当ブログのタイトルがそうですから、まじめ一辺倒になりえない事は改めてご理解ください。
さて、今回取り上げる映画は「スターファイター」です。ライロスを旗頭に組織された惑星連合がゴダン艦隊の侵略に対処するために、迎撃に使用する戦闘機「ガンスター」の搭乗員として地球からも主人公アレツクス・ローガンが召集されました。
作品中、アレックスは同じ「ガンスター」に搭乗する相棒であるグリックに対して自分の居住地に関して説明を行う場面がありました。
すでに同じ星に住む同胞は死に絶えたと言うグリックは穴倉の中で暮らすというライフスタイルを持っていましたが、これに対してアレックスはキャンピングカーの集まりで成り立っている村に住んでいる事から、グリックに対して穴倉が自由に移動できると思えば良いと説明しました。
さて、今回はこの点が注目点となります。いかに移動自在なキャンピングカーで暮らすと言っても、現実にはそう自由に行くとは言えないでしょう。単に外地で駐車するだけでも、駐車場に停めて駐車料金を払ったり、路上駐車が警察の取り締まりにあって違法駐車にされる事が多いじゃないですか。
それと言うのも、よしんば一時的にせよ、特定の場所を占有する事に他ならない訳で、乗用車を購入する際に、普段停めておく場所を指定する車庫証明なる物も併せて届けなくてはなりません。
ましてや、居住地ともなりますれば、なおの事、特定の土地に居座る訳ですから、購入、賃貸の契約と別に住民登録と言う物が不可欠となります。
よくよく考えてみれば、個々人の身分証明と言う点からすれば、定住地を明らかにしておくと言う事は基本でしょう。定住地が明らかでないと言う事は、容易にとんずらができると言うことでもある訳ですから、そのような人物は信ずるに値しないと考えるのが当然ではないですか。
さて、アレックスが普段暮らす村にしても、特定の土地を専有する以上はその地を買うか借りるかしていると言うのでなければ、昨今フランスでも問題化しているロマ民族みたいに不法占有と同じ事になるのですから、口で言うほど自在な移動ができるとは思えません。

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テーマ : 特撮・SF・ファンタジー映画 - ジャンル : 映画

こうもりではなく単なるこじき!

わたしは先の大戦後、中国人の父と日本人の母の間に生まれた。戦後、母は余儀なく中国に残り、わたしが3歳の時に25歳の若さでなくなった。
わたしの青年時代はちょうど中国全土に文化大革命の嵐が吹き荒れた。40歳のときに日本に来て、言葉や文化の違いを徐々に乗り越えて一生懸命に働いたが、勤務年数が短いため年金はすずめの涙ほどの額しか受け取る事が出来ず、困窮生活を送る事になった。
両親とも日本人であれば、「中国残留邦人等支援法」によって一定の生活を保障されるが、わたしのような片親だけが日本人の場合、国の援助はない。終戦後、内地に帰れずに中国残留孤児となったり中国人と結婚したりした人は少なくないと思う。誰のせいでそのような人生を送らなくてはならなくなったのか、日本の政府は忘れないで欲しい。
わたしは少年時代から、「祖国は母親」と言う教育を中国で受けた。しかし、わたしたち日中両国の血統を持つ者は、祖国はどこにあるのか、ずっと困惑している。こうもりは鳥類からも獣類からも認められず、仕方なく暗闇の中で孤独に飛び回る。わたしもそんな運命ではないだろうか。(引用ここまで。8月29日分)

まず以って、この投書人の主張はとんちんかんと言えますが、それより先にわたしは中国残留孤児とか残留婦人と称される人が中国に取り残された気の毒な人たちと言う、世間一般の考えに同調しません。要するに彼らの事を気の毒とは思っていない訳です。
何しろ、別段、強制収容所にぶち込まれて、暮らしていた訳でもありますまい。その点ではアメリカの日系人の方こそ、アメリカの差別政策の犠牲者としてみなすべきでしょう。それに対して、残留孤児とか残留婦人と称された人たちは、どこぞの家庭の子供として育ち、あるいは現地の人と結婚して子をなし、孫をなしたと言う人たちでしょう。このどこが気の毒と言うのでしょうか。彼らを中国人民の一員と言う前提で考えれば、別段悪い人生を送ったとは言えないでしょう。もし、そうした人生が悲惨だったと言われるとしたら、そこが中国だったからだと言うだけの事で、始めから中国人として人生を送ってきた人にとっても等しく「悲惨」と言う事が当てはまるのではないでしょうか。
現実には、こうした残留者たちの中には、日本人として差別を受け、シンデレラのごとく奴隷労働を強いられたり、あるいは性奴隷として養い親や「夫」の金儲けの道具として利用された人もいるでしょうが、それらの事例はとどのつまりが中国自身が解決すべきであって、彼らを日本に引き取ったとしても、中国側の人権侵害志向が消滅する訳ではありません。それゆえ昨年、わたしはこの種の問題を中国の人権問題と称した次第です。
改めて投書人のとんちんかん振りを指摘する事といたしましょう。まず以って、中国で生まれたのですから、まずはそれを基準に物を考えるべきなのに、どうも中国を祖国と認めたがらないようですね。中国政府の教育内容は彼にとって差別以外の何者でもなく、それに対して反発するのが自然な発想ではないでしょうか。要するに、うまみのない中国と言う国から距離をおきたいがために、都合よく中国側の差別を利用して、日本に擦り寄っただけの事ではないでしょうか。
また、彼のような考え方では、あまりにも母親が不憫ではないでしょうか。ただただ「悲惨」だと言う事のみを強調する事は両親の仲にけちをつける事になるのですよ。父親が中国人である事を恨み、そんな父と「仕方なく」結婚した母親を恨む事になるのではないのでしょうか。

中国残留孤児二世、三世を称するやからは親の「災難」に便乗するくずどもだ!

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単なる見栄っ張りの行為

百貨店や空港、電車の中で、中国語や韓国語をしばしば耳にする。成長するアジアがビジネスの現場だけでなく、日本の日常へ入り込んできたのだ。
この状況を前向きに捉え、アジアの言語に関するリテラシーを、日本人はもう少し向上させるべきだ。国際語である英語を学ぶのは良い。実際、多くの日本人が英語の文章を理解し、簡単な会話をこなす。社内の共通語を英語にする企業も増えてきた。ただ、一般の日本人に、それほど高度な英語力は必要ないだろう。
他方で、わたしたちはアジアの言語をほとんど知らない。英語で「おなかがすいた」「これはいくらですか」といえるのに、中国語や韓国語、タイ語でどう伝えれば良いか、想像もできない人が大半だろう。文化的に近く、経済の関係がますます緊密になっているのに、心理的に遠く感じる理由がそこにある。
英語や漢文の時間を少々削っても、中学と高校で中韓や東南アジアの言語の基礎、とりわけ発音を教えるよう提案したい。若いころから言語を学ぶことで、アジアとの距離感はぐっと縮まるだろう。(引用ここまで。8月17日分)

われわれがなぜ、アメリカや西ヨーロッパほどにも極東に関する関心が低いか。それは、近いのは距離であって、別段、文化水準で近いからじゃないからです。西川史子が高額所得者との結婚を望み、それを実現したのも、低額所得者相手の結婚はうまみがないし、必然性がないからです。
貿易で極東からの輸入があるとは言え、それ以上に個々人レベルでの交流にしても、西川史子の結婚同様の事が言えるのではないでしょうか。現実に、韓国は別とすれば極東芸能がアメリカほどに当たり前にわが国で広まっているわけじゃなし、こんな有様では、これらの国々に関して関心を持ち得ないのは別段異常な事でもありますまい。
そもそもこの投書人の言う、極東諸国との緊密さが顕著になってきていると言うのは、向こうの側から日本にやって来ただけの事であって、われわれの方から積極的にアクションを起こしているのではないと言う点を改めて思い起こすべきであります。
もし、われわれの内の個々人のある者が、これらの国に関して関心を持ち、あるいは現地へ行ってみると言う必然があるのであれば、個人的にそうした国に関する勉強をするのも良いでしょう。
また、昨今では韓流なる物がある訳で、それをてこに韓国に関する勉強にいそしむのも良いでしょう。
まあ、わたし個人としては韓国は嫌いですし、韓流なる物も少なからずいんちきである事が指摘できる訳ですが、それでも関心のある分には勉強に値する事は否定しません。その過程で韓国のいんちき、はちゃめちゃ振りに気づく事を望みます。
しかし、この投書人の発想は、別段われわれが向こうへ行く事は前提に考えておらず、と言うか、こうした考えを持つ日本人にはこうした傾向が大きいと言うべきなのでしょう。要するに国内に鎮座したまま、義務的に学習をすべしという事なのです。
現場に行く事なく、それでいて、上記のような「中国語や韓国語、タイ語でどう伝えれば良いか」と言う事が必要になってくるとしたら、それは日本に居つく連中の怠慢から生じている事に他ならないでしょう。
よくよく考えれば、日本人の外国人に対する配慮に比べれば、日本に居つく外国人は相当無頓着だと言う事を改めて思い知らされる事ではないでしょうか。いや、無頓着なのは、ある意味では日本人にも当てはまると思います。
ここで見る分では、われわれは外国人から良く思われたい、悪しく思われたくない、と言う事には神経質である一方、外国人が、自身の行動、発言が日本人からどう思われているかと言う事に関しては、あまり考えてこなかったのではないでしょうか。
すでに、日本に居つく外国人に関しては、いろいろ、彼らの身勝手な振る舞いが指摘されているのにもかかわらず、それがまかり通っているとしたら、これらの連中が、自身の行動に関して日本人から悪しく思われていると言う事に気づこうともしなかったのです。
ただ、連中の自己中振りに対して悪しく思うと言う自然な発想すらも、無責任に唱えられる「多文化共生」「外国人との共生」「差別」と言った言葉によって圧殺されてきたのではないでしょうか。
そう考えると、この投書人の発想も単なる無責任な見栄っ張りな行為でしかなく、本気で外国人との交流を考えているとは思えず、本音としては、自分と別の意味で外国に対して無関心だと思います。
だいたい日本に居つく連中からして、日本語が大してできないとしたら、本気で日本に対して理解を深めていこうと言う気がない可能性が高く、せいぜい、コンゴ動乱に従軍する傭兵みたいな感覚で日本にかかわっているのに過ぎないじゃないですか。
よって日本に居つく連中の方から抜本的に意識改革をしてもらわない事には、投書人の発想が実を結ぶとは到底思えず、単に、自己中、怠慢な連中におもねるだけで終わって、結局のところ双方に悪い結果をもたらすだけになるでしょう。

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負担過剰国対負担怠慢国群6

皆さんおはようございます。先日は外国人参政権に関して書きました。今日はその補足といたしましょう。
外国人参政権と言えば、最も懸念される事は売国的意図であります。この事はあまりに当たり前すぎているので、前回は省略しました。その代わり、新たに思い立った、似非人権行為のような行為に関して書いた次第でございます。
似非人権屋どもは、わたしに言わせれば、「それくらい自力でやらせろよ」と憤慨する行為でも結構、外国人に対して世話を焼きたがる傾向が往々にして見られます。本来、外国人がお金を払ってでもすべき事を無償で提供するような行為は、一方的にわが国にとって負担がかかることでしかなく、やるべきことじゃないのですが、やりたがる連中にしてみれば、別段自身の負担で行わないで済むとしたら、それを利権と考えるでしょう。
それだけにこの種の連中からすれば、諸外国ないし外国人の自力発展に関しては無関心で、いちいちわが国の援助をあてにさせる方向に誘導すれば、後々もその種の「仕事」を永続させて行く事につながると考えているのが本音であります。
よって外国人参政権の導入も、売国的意図を抜きにして考えても、その種の利権があるのではないかと思うのです。導入を推進している連中は建前上外国人との共生と奇麗事を言いますが、その実態は外国人を都合よく利用しているだけに過ぎないのです。

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負担過剰国対負担怠慢国群5

( ゚∀゚)ノィョ―ゥ 皆さんこんばんわ。早速本題いきましょう。

ある筋から叫ばれる「外国人との共生」と言う言葉ですが、かような奇麗事の元に外国人参政権の導入が推し進められようとしています。建前上はきれいに見えますが、これを実行に移そうとしているやからは案外外国に対しては無関心ではないかと思います。
何しろ、わが国においては、国外居住の同胞に対しても、国民としての権利の一環として参政権を認めているのですから、在日外国人に対しても同様の物を追求させたらいいじゃないのですかな。どうもそうした視点が欠落していて、ともに日本で暮らす仲間として一緒に政治に参画させようと言っている訳です。
要するに外国人参政権の導入を図ろうとしている連中には、在日外国人が有している、国籍に応じた、祖国に対する諸権利に対しては無関心なのです。それらの国の中には、祖国に対して参政権のない国もあります。
したがって、それらの外国人が祖国に対するつながりを強化できるように彼らとともに彼らの祖国に対して働きかけるべきではないでしょうか。しかし、実際に行われている事は、民潭に見られるように、日本に対して外国人参政権を要求する行為に加担するやからが存在していることです。
ここで言える事は、それは日本が負担して初めて成り立つ物ですから、ここでもわが国の負担過剰振りが指摘できます。考えようによれば、これだけよそに対して負担したがるやからが存在する国も珍しいのではないでしょうか。逆に、自国にとって負担にならない事に関しては却って無関心なのでしょうか。在日外国人が祖国に対して参政権を行使できるようにしてやる事には無関心ですね。
この事は似非人権行為に共通している事ではないでしょうか。わが国が負担する事によって、それに便乗する利権が存在していると見て良いでしょう。それだけになまじわが国にとって負担にならない事は、これらの連中にとって利権が生じないから無関心になってしまうと考えれば、納得がいくのではないでしょうか。

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朝夕に農作業、昼休みとる幸せ

ヾ(〃^∇^)ノ  皆さんこんばんわ。昨今はけしからん記事が多いわけですが、たまには良い記事を引用いたしましょう。o(゚▽゚*o)(o*゚▽゚)o ワクワク

農業は自然が相手だから、気を抜けない。冷夏だった昨年には、昼間も働いていた。でも、今年はあまりに暑い。そこで、作業は朝夕に限り、日中は家の中でゆっくり休憩している。自分にとって思いもかけない夏の贈り物だ。
米つくりには水の管理がつき物だ。稲の生育にあわせ、田の水を加減する。常に水を張っているから、高温多湿の機構では雑草が茂る。この雑草退治が夏の大仕事になる。あぜ道や用水、排水堀の斜面、それに農道両端の草刈もある。草刈機を使うとはいえ、延長100メートルを越えるあぜ道の草刈りは厳しく、泥だらけになる。
とは言え、働くも休むも、自分の裁量次第。何日も避暑に行く訳には行かないが、暑い盛りに昼寝をし、ゆっくり休める。ささやかな幸せを感じる。もうすぐ取り入れの秋。おいしい新米を味わっていただく事を夢見ながら。(引用ここまで。8月13日分)

今年は記録的な大暑となりまして、熱中症で倒れる人の数が半端じゃない有様となりました。わたしの場合は、貧血の気があって、最近では献血からはねられる有様でして、こんな状態でどこぞにたちんぼうにさせられたならば、転倒すること間違いなしでしょうが、それ以外、と言うか、現実には「それ以外」の事態しかあり得ないわけですが、転倒する事態に出くわす事はありません。勤務にせよ、ハイキングにせよ、頻繁に動くために却って頭の血の巡りが良くなって転倒すると言う事態から逃れているのでしょう。後、暑いとなれば脳みそがいちばん弱いわけで、かっぱの皿とまではいかないにしても、頭を湿しておく事が肝要でしょう。
さて、こちらの投書人の方は、こんな書き方をしているという事は、別段、冷房の効いた所で休むのではないのでしょう。風通しの良い日陰で休むのでしょう。わたしなどもこの時期の遠出ともなりますれば、当然日陰での昼寝が間につき物となります。
普段の夜間の就寝は、家の中が西日によって強烈に熱せられるために、布団などもしたたかにあったまって、蓄冷パック(就寝の時には、背中と後頭部の辺りにタオルでくるんでおきます)によって冷却する対象となりえない足が暑い思いをして寝苦しいものですが、外の、日陰によって、熱せられない所はそれほど暑くなく、自宅の夜よりも涼しくすごせる場所でして、昼寝には格好の場所であります。

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