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年賀に見る郵便事業の悪しき現況

皆さんおはようございます。まずは投書「年賀はがき、発売日遅らせて」をお読みください。

本業の傍らで郵便はがき類と切手、印紙の販売所をかねて70年以上になる。今年も11月1日から年賀はがきが販売される。毎年思う事だが、この早い時期の発売には困っている。
いつも利用してくださる地域の方々に必要枚数を尋ねるが、「まだ年賀状の気分になりませんよ」と言われる。今月末には郵便局から現金で仕入れなけれればならず、枚数の確定に頭の痛い事である。
販売所には仕入れ額に応じてわずかだが手数料が入り、あまったはがきは同じ金額の別の郵便商品と交換してくれるが手間が大変である。発売期間を長くして売り上げを増やしたいのだろうし、早く書きたい人がいるのも分かるが、発売を12月1日にずらした方が利用者にも販売所にも都合がいいと思うがどうだろう。
もう1つ不思議に思うのは、臨時も含めて郵便局員に売上目標と言うノルマが課せられているらしい事である。どの家庭でも出す年賀状は毎年、ほぼ決まっている。いくらがんばっても売れる枚数にも限りがある。局員にいらぬ時間と労力をかけさせる必要はなく、郵便局の窓口と地域の販売所に任せておけばいい。
年賀状の販売氏の立場から日本郵便への要望である。ぜひ検討をお願いしたい。(引用ここまで。10月28日分)

引用元の日付からはかなり離れてしまいましたが、この時期のエントリーならばぎりぎりの許容でしょうか。年賀に限らず、郵便営業に関しては余りに大義にかけはなれた部分が多すぎる。会社の言い分としては、営業なかりせば郵便は成り立たないとの事ですが、むしろ営業こそが郵政事業を蝕んでいると言えます。
元来、この種の事は投書人の主張するとおり、窓口や販売所中心にやらせておけば良いはずなのに、元来、外部の人間に接触する必要のない社員にも営業を持たせている。こんな事は、必然性もなければ、あたかも窓口業務が能無しだと吹聴しているような物で、ひょっとしたら、そうした元来の無能を隠蔽するために、よそにも負担を付回しにしているのではとしか思えません。
そもそも、よそのセクションに負担を付回しにするのに、時間ばかりか経費までもそのセクション持ちなのです。
要するに営業活動に関しては、その経費がどれだけかかっているかかが独自に明らかになると言う事はないのです。こんな有様でしっかり売り上げの頭数だけは勘定しているのですが、果たしてそんな事に何の意味があるのでしょうか。どれだけ売り上げがあろうとも、それに費やされた経費が明らかでない以上、その売り上げが正当性を持った物かが疑わしいじゃないですか。はなから負担をよそ回しにするという前提だから、平然とそんな結果になってしまうのです。
ここでも取り上げられた、過早な年賀の販売ですが、その結果と言うべきか、年内だによその用途で差し出されているのです。年明けならば、廃物利用と言う名分も成り立つのですが、年も明けないうちから、別用途で利用されている現状はいかがな物でしょうか。会社は売り上げばかりに過大な関心を持つのみで、その使い道に関しては全くの無関心で、売れれば後は野となれ山となれの杯盤狼籍。それが郵便営業の本質なのです。
こんな有様ならば、黒くない日は営業しないで済む特定局の職員にも休日出勤をさせて、外回りの営業をさせたらと思います。我々外務の人間はとりわけ、この時期は休日出勤をしなくてはならないのです。連中ばかりがそれをしないでよいはずがないでしょう。また、この時期は各支店に対する手伝い奉公をさせてもいいでしょう。
みんなで営業をするのであれば、みんなでサービスのまっとうを考えてもいいはずです。にもかかわらず、そんなことなど全く考えも及びもしない。そのくせ、売り上げの良い社員に対する表彰はしっかり行います。なにしろ、営業の本質が杯盤狼籍なのですからね。こんな悪しき現状の元ではいかに売り上げを伸ばそうとも、決して郵便事業が良くなる事はありえないでしょう。


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クリスマスに見る子供の人権

皆さんこんばんわ。この時期といえばクリスマスが信心と無関係に風物詩となっております。
さて、松本零士原作のアニメ「わが青春のアルカディア」でも作品中クリスマスが登場しますが、なにやらはちゃめちゃと言う感があります。
後々、よその星に居住可能な星があって、地球人が移住するとなれば、その地でもクリスマスを祝う事もあるでしょうが、この件に関しては前にも書いたとおり、自転、公転がそれぞれの星でまちまちである以上、地球と同じ瞬間にクリスマスが訪れるという事はありえないでしょう。
そんな中でも、大山トチローが「雪が降らないと、クリスマスの雰囲気が出ない」などと言う場面がありました。こう言う時こそタカアンドトシの「欧米か!」ですな。日本人ならば、12月の雪といえば、忠臣蔵と言って欲しいですな。
どうせ宇宙船に乗っているのですから、雪が見たければ、緯度の高い所へ移動すればいいじゃないですか。それでいて、次の週には自作の餅つき機でついたもちで正月気分に浸ると言う、紛れもなき日本風正月になっています。
このクリスマスに関して、敵であるイルミダス人は「地球人の下らんお祭り」とこき下ろしています。くだらないかはともかく、別段、地球人はキリシタンか日本人ばかりと言うわけでもありますまい。
さて、本題として、この時期、キリシタンや日本人に当てはまらない人たちはどうしているのでしょうか。先月、先々月取り上げた在日イスラム教徒に再び的を絞ってみましょう。
熱心なイスラム教徒としては、キリシタンのお祭りなんぞにはかかわってはいけないのでしょうか。もし、そうだとしたら、子供に対する人権侵害が指摘されるべきではないでしょうか。これは大げさのように思えますが、決して的外れな事ではありません。
既にわたしは、イスラム教徒に対して棄教の勧めを書きました。ましてや、在日イスラム教徒の中には子供にとっては何のためらいもなく日本はふるさとであると言う人がいます。まさか、そんな事を口にするのであれば、子供にイスラム教を吹きこんではいないでしょうねぇ。
イスラム教の国にあればこそイスラム教を信仰する事は常識のような物でしょうが、日本にいつく分には別段、そんな必然性はありません。イスラム教の国はもはやかかわるべきでないよその国と言う前提を子供に持たせてしまった状態ではむしろ厄介物でしかないと解釈すべきでしょう。
まあ、信教の自由はわが国では保証されているでしょうが、イスラム教に関しては何の保護もないわけで、勝手にやれ以上の何者でもありません。これに比べれば、まだキリスト教の方がひいきされている事はクリスマスを見れば一目瞭然でしょう。
子供にとって日本はふるさとと言う主張は正論でしょう。それだけに、わが国に何の定着も見ないイスラム教に固執した所でも何の得にもならないのです。子供にしてみれば幼稚園や学校にあっても、イスラム教徒であるばかりにクリスマスのお祭りから蚊帳の外と言うのでは殺生な、となると思います。
わが国の流儀に倣うならば、イスラム教徒でなければ、クリスマスに参入するのに何の制限もありますまい。こうした事を考えると、家族のためとか子供のためとか奇麗事を言うのであれば、いっその事イスラム教を捨て去るべきだと思うのです。
一向にそうしないのは、禁煙ができなくて子供の面前で煙草を平然と吸いまくるような物でとても感心できることではありません。
他でも言える事ですが、子供の人権なる物が強調されるのは、大抵、それを唱える大人に取っての利益と相反しない場合が多く、よしんば相反するような事態になってもこじつけてしまうケースが多いじゃないですか。
イスラム教徒の移住の場合も、子供のためと言うのも、所詮は自身の利益に外れない範囲で言っているのに過ぎず、別段好物でもない、捨てても差し支えない物の「断ち物」をしているだけなのです。
もし、掛け値なしに子供のためを口にするのであれば、イスラム教棄教と言う一種の「断ち物」をする事も考えるべきだと思います。そうでなければ安易に子供のためなどと奇麗事を言うべきではありません。

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留学生は一種の乞食か

日本には13万人余の外国人留学生がいる。しかし、日本で就職するための在留資格の変更を認められた留学生は、2009年で約9600人にとどまる。
「日本で就職したい留学生は、もっと多い。彼らを活かさないのはもったいない」そう語るのは、京都大学経営管理大学院で経営学を教えるアスリ・チョルパン准教授だ。母国トルコの大学を出て、大学院の修士課程を英国で過ごした。10年前に日本にやっと来て、京都工芸繊維大学で博士号を取った。
日本の財閥のような途上国の「ビジネス・グループ」を主に研究している。
来日した年、日本政府の国費留学生に選ばれてトルコをたったのは彼女を含めて10人。その後、7人は帰国を余儀なくされた。多くは日本に残ろうとしたが、企業の門は狭かった。
採用数が少ない上、留学生と企業との間には接点も少ないので、採用情報も入りにくい。留学生も日本人と同じ基準で採用していることや、企業の新卒重視も就職を難しくしているようだ。
「日本の奨学金を得たプラスと、日本で就職できなかったマイナス。どちらの影響が大きいか」とチョルパルさんは問う。政府は20年をめどに留学生を受け入れ30万人を目指している。しかし、入り口をどれだけ広げても就職と言う出口を整えないと、どんな結果になるか。
母国とのつながりを生かし、留学生が日本の企業や大学で活躍できる道をもっと広げなくては。(引用ここまで。12月10日分)

なんか、昨年来、当ブログで取り上げた准教授って馬鹿ばっかりじゃないかと言う思いが募ってきました。昨年だけで2人。今年も2人で合計4人目の馬鹿准教授の登場です。
何が馬鹿って、その留学生の中には自国出身の者も含まれていると言うのに、自国で役に立てると言う発想がないじゃないですか。万事、日本で就業すると言うチョイスしか頭にない。こんな発想で留学生っていったい何の意味があるのですかねぇ。その留学自体も日本の金でやっているわけですし、要するに乞食行為なのですよ。
ましてや、その後の就職先すらも日本任せと言うのでは、本当に優秀と思っているのでしょうか。自分には、厄介者の廃棄処分の類にしか思えません。ましてや、彼らの祖国の発展には何の役にも立たないのです。
はなからよそ国に就職先を見つける以上は、そこに国民がいると言う事をおもんぱかって、自重してもらいたい物だ。日本の金で教育を受ける連中は、学識以前に民度の方を優先させるべきじゃないでしょうか。これではどれだけ頭が良くなっても、乞食にしかなれない。結局の所は馬鹿でしかないということなのです。

留学生はまず以って自国の発展のためにその知識を活用すべし。送り出した国は責任持ってそれをやるべし。わが国は余り者の廃棄場にあらず!
シッシッ(#゚Д゚)ノ.;' ( >_<)ゲシュ


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戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)⑫

アメリカのテレビ映画の1つとして「コンバット」があります。
この映画の特徴としては、主人公を下士官にすえた因果と言うべきか、作品で取り扱ういくさの規模が必然的に小さくなっている所にあります。
「三国志」でも、董卓打倒の戦いにおいて、劉備は公孫サン配下の一部隊と言う位置づけのために、華雄や呂布相手に一騎打ちをしなくては(華雄相手には関羽が、呂布相手には関羽、張飛ともども3人がかりで)大勢の中に埋没して目立つ事はなかったでしょう。「コンバット」もまたしかりで、分隊単独行動でのいくさに徹する事によって主人公たちを目立たせています。
前回は、もっと古い時代のいくさにおいて、兵士の脱走を指揮官たちは要警戒していた事を書きました。これに対して「コンバット」で取り上げるいくさの場合、これが現実にあり得るとしたら、おいそれと兵士の脱走が起こらないと言う前提が必要でしょう。
もっと古い時代のいくさでは兵士の脱走を阻止するために下士官が、兵士がみだりに隊列から外れないように監視していました。訓練においては、敵よりもそうした下士官を恐れさせるように仕向けました。
それに対して「コンバット」ではいかにサンダースが優れた下士官と言えども、兵士の脱走をいちいち警戒しなくてはならないとしたら、とても本来の役目に専念できなかったでしょう。そもそも、兵士の脱走を恐れると言う前提の下では小部隊での活動は脱走が容易になるだろう事は明らかじゃないですか。
そうした軍隊を育成するからには、個々の兵士に対して、自身の役割と言う物を自覚させる必要がある訳で、そうなるためには社会全体の進歩と言う物が不可欠となってきます。
さて、「コンバット」では分隊での単独行動が当たり前となっている所から、その活動は泊まりと日帰りくらいの違いがある程度ながら、なんか特殊部隊と通じる部分があるのです。それだけに相当危険な場面が頻発しています。
大軍の中に埋没しての戦いならば、よしんば負傷しても、野戦病院に後送するという事は比較的容易ですが、作品中では敵の背後に進出するとか、敵の反撃の中に取り残されると言う場面が頻発して、負傷しても、おいそれと後送できずに、一時的に敵手にゆだねると言う場面がありました。
負傷しなくとも、かような危険な環境で活動するために、主人公たちが一時的に捕虜になると言う場面は1度や2度に限った事ではありませんでした。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

結局はよそ国への物乞い行為

皆さんおはようございます。今日は昨夜以来の雨天ですね。日中にはあがるようです。

さて、昨今ゴルフでも韓流なる物が強いと言う事が指摘されているようですが、韓流嫌いの自分としては批判的な意見を述べざるを得ません。他でも韓流が強調されるこのごろですが、とりわけ野球の場合は正気の沙汰とはいえないでしょう。何しろ、一選手の立場でよその国のチームに加わっているだけじゃないですか。
韓国のチームがよその国のチームと対戦して強いと言う事を示す分には文句の付けようがないでしょうが、韓国出身の選手が含まれていたと言うのに過ぎないと言うのであれば、はたから見れば、まずはそのチームの勝ち負けがありきであって、韓国出身の選手のよしあしだけで一概に決着は付けられません。
仮にそうした選手の活躍に着目できたとしても、繰り返して言えば所属するチームの勝利の足しになるかが肝心であって、それなくしては何の面白みがあるのでしょうか。
それに比べて、フィギュアやゴルフの場合は個人プレイになるので、そうした発想から解放できるのですが、掛け値なしに国の代表として活躍できるオリンピック競技の中におけるフィギュアのようなものならばいざ知らず、単によその国の会社をスポンサーとするよその国での試合に参加するでしかないゴルフの場合はいかがな物でしょうか。
韓国では、こうしたゴルフ選手の養成のために相当な熱心振りを示している事が指摘されていますが、その割には韓国国内におけるゴルフ試合が報道されると言う事がありません。日本やアメリカにおける試合に韓国出身の選手が加わっていると言うのに過ぎないじゃないですか。
そう考えると、韓国におけるゴルフ選手養成の意気込みと言う物も案外不純な動機でなされているのではないかと思います。早い話が国内では経済水準の低さから、大した賞金を選手に提供できるスポンサーがつく事はないし、そうでなくてもそう言う行為は国内でのお金の移動に過ぎないのです。
要するに、外国での試合に便乗することで、国内でよりも規模の大きな賞金に出くわせる事で、外貨の獲得に利用していると言うべきではないでしょうか。

韓国はいちいち外国に便乗するな。


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外国人問題急増にかんがみ

皆さんおはようございます。
今日は、当ブログ内におけるカテゴリーに「在日外国人諸問題」を追加しました。
これまでは、外国人問題に関しては、国内の物に関しては「社会」、それ以外は場所に応じて「週間アジア」か「その他外国」に入れていましたが、「社会」で取り上げる記事が多くなって来た事にかんがみ、「在日外国人諸問題」を追加するに至りました。
その結果、旧来の記事で「社会」に入れていた物のの内、70くらいが所属変更となりましたが、平成19年以前の物が4件でしかなかったのに対して、20年は2桁になり、一方、今年の分は30件以上もありました。
おととしは、国籍法改悪やフィリピン人不法滞在で盛り上がった(?)年でもありまして、この年以降、ますます外国人問題が急増している事を反映していると言えましょう。

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戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)⑪

(^o^)ノ 皆さんおはようございます。今日は「戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)」の11回目となります。

捕虜の人権なる物が考慮されるようになったのは比較的最近の事であって、もっと古い時代のいくさならば、そう言った物は考慮されていない訳でして、そうした時代ならば、捕虜になる事自体が相当危険な事だったと考えられるべきでしょう。
もちろん、将軍たちが兵士に対して降伏忌避の命令を出すと言う事が当たり前ではありません。捕虜になったらどういう事になるかと言う事を想像したならば、そんな事は無意味じゃないですか。
さて、いくさでも損害を示す死傷者ですが、負傷者のように収容して、負傷の回復に伴い戦力復帰できる者と違って戦死者も捕虜も、少なくとも今回のいくさでは復帰できないリタイア者と言う意味では同じでしょう。そう考えると、降伏忌避を強調する事は意味がない事に改めて気づくでしょう。
捕虜になると虐待される可能性がある事を思えば、捕虜になりたくなければ戦い続けなくてはならないと言う発想がおのずと生じる訳ですが、戦うのも嫌だ。捕虜になるのも嫌だとなれば、脱走しかありません。
実の所は、指揮官からすればこうした事がもっとも懸念されていたのです。フランス革命以前のヨーロッパでのいくさでは、勝者敗者の区別なく、個々の戦闘における死傷者のパーセントが半端じゃありませんでした。
剣や槍を用いたいくさならば、密集隊形で戦うのが常でしたが、銃が用いられるようになると、今の感覚ならば散開隊形を取るべきなのですが、銃を用いたいくさであるのにもかかわらず、密集隊形を取っていたために、多くの死傷者を出すケースが多かったのですが、そうした事態を招いたのは、脱走防止のために密集隊形を取らざるを得なかったからだと推測されます。
捕虜の人権が考慮されていなかった時代の場合、捕らえた側でにとって得にならないならば、その場で始末と言うケースが少なくなかった訳で、捕虜になる側としてもそれに迎合しなくてはならなかったでしょうから、捕まった側の陣営で戦うとか、自軍の弱点をたれこむと言う事もあったでしょう。何しろ、太古の時代に愛国教育なんて物がある訳ないし、自身の命や生活第一ならば、そうした寝返りは当然でしょう。
愛国教育も捕虜の人権も最近の事でして、そうした時代ならば、捕虜になればいくさから逃れられて楽ができると言う発想が可能なのです。戦争が終われば無事に帰国できるともなれば、敵に投降して、いくさをさぼると言う事が可能となります。人権を盾にして、敵に得になる事をしなくてはならないと言う強制もありません。少なくともそう言う建前が成り立ってしまえば、いくさ逃れの投降と言う、新しい概念がまかり通る事となりました。
もし、捕虜になる事がどの国においても掛け値なしに否定的に考えられるとしたら、こうしたいくさ逃れの投降の事を指すのでしょう。「戦陣訓」のなかった日本に比べて捕虜帰還兵に対して寛大とされる国でも、投降による捕虜は帰還後、それが明らかになったならば脱走兵として処分される事もあります。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

わが国に無頓着な外国人は来るな!

韓国から帰国した先日の夜、地元の空港からタクシーに乗った。タクシーしか足がないのだ。自宅までは10分ほどの距離なので、運転手に嫌な顔をされのは珍しい事ではない。
だが、この日はそれだけではなかった。道順を聞かれて前方にに体を寄せた途端、くさいと言われ、窓を開けられてしまったのだ。おそらくキムチかにんにくのにおいがしたのだろう。ターミナルから出たとき、さすがに夜は冷えてきたと感じたばかりだった。
仕事でたびたび韓国にでかけるわたしは、以前にも家族から同様の仕打ちを受けた事があるが、そのときは笑って済ませる事が出来た。
しかし、タクシーとなると話は違う。そもそもわたしの服や髪は異国の香りを運んできただけで、10分も耐えられないほど強烈なにおいを発してはいなかったのだ。
羽田空港の国際化を前に、タクシー運転手たちが外国語を学んでいる様子をテレビで見た。しかし必要なのは片言の外国語だろうか。もしこれが外国人客で、日本での第一歩がわたしの受けた待遇のような物だったら、楽しみにしていた旅行が台無しになるばかりか、2度と日本へ来たいとは思わないだろう。異文化への理解を深め、気配りの利いた接客をして欲しいと思う。(引用ここまで。10月26日分)

まず以って、そんな無頓着な外国人は2度と来るな! 別にわが国に対して悪しい感情を持っても構わないよ! 読んでいてずいぶん腹の立つ内容です。
タクシーの運ちゃんだって、多くは外国語なんぞは学びたくないんじゃないでしょうかねぇ。自身が外国へ出向くのではなく、日本に鎮座したままなのですからねぇ。だいたい、外国語のできる運転手の恩恵に与る連中からして、チップが日常的な国もあろうに、運転手に対して自身の国語をしゃべらせておきながら、それは要するに自国流儀の押し付けじゃないですか。それならばチップを弾むと言う事も当たり前にやっているのでしょうか。少なくともそれくらいの配慮が客の側にもあってもいいんじゃないでしょうか。日本語もようけできない分際で、チップ無用と言う日本の流儀ばかり適用と言うのでは片手落ちじゃないですか。
要するに、それなりのうまみがないのでは外国語学習なんかしたくないと思う運転手の発想が自然であって、チップや料金上乗せの見返りがなくては外国人客を敬遠する事態があっても異常ではありますまい。
だいたい、自身の都合によってやってきたのに過ぎない連中に対する配慮をと言うのであれば、この投書人は、自身が外国へ出向いたときに、万事日本語、日本の流儀でごり押しをするのか知りたい物だ。おそらくは、そんな事をすれば、いっぺんにわが国が顰蹙を買うでしょう。ならばその逆の発想があってもいいでしょう。自分にとって好みでもない物を、外国に対する配慮と言う奇麗事のためだけに我慢しなくてはならない筋合いはありません。むしろ、来日してくる連中の方こそ、我々に対する配慮を考えてもらいたい物だ。配慮すべしは我々ばかりではなく、相手の方も同様にすべきです。

わが国に対する配慮のない外国人は無用!


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戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)⑩

皆さんこんにちは。「戦陣訓と降伏忌避の理(ことわり)」第10回目です。例によってと言うべきか、歴史物の場合は長くなりますなぁ。これも今回完結と言うにはまだまだであります。気長にお楽しみください。

第9回目の内容はタイトルとちょっと矛盾する内容と言うべきでしょうか。結局の所、長々やってきたせいか、捕虜に関する事をつらつら思いつきに書いてしまった次第でございます。
さて、捕虜になるのもいろいろでして、一概に非難もできないケースが少なくない事は公平に書いて行かなくてはなりません。
映画「カウラ大脱走」では、既に述べたように石田純一が演じる林と、後、小松二等兵が捕虜の中でも一番の注目どころとなっています。林の方はニューギニアでの戦いで、後にカウラで看守として着任したスタンに刺されて死んだはずの所を九死一生で、気が付いた時には病院にいた状態にありました。
一方の小松の方は、足を負傷していて、終始、杖がなくてはまともに動く事ができない状態にあり、カウラへ行っても他の捕虜のように労役を課せられることなく、絵描きに高じる事が出来ました。
これらの捕虜はカウラへの移送に当たって2人1組手錠でつながれての道中となりました。林と小松は1つ手錠によって一緒に移送となりました。林は元々降伏忌避に関して熱心だったために、カウラでは最初、問題児ぶりを呈して独房へ入れられる有様でした。
これに対して小松の方は別段、暴走すると言う事はせず、迅速にほかの捕虜と同化して行くのですが、彼とても、必ずも楽がしたくて捕虜になった訳でもありますまい。何しろ、看守としてやってきたスタンですら、足の負傷のために前線勤務から外される有様で、小松の方はもっと悪い条件にあった事は間違いありません。
何しろ、足の負傷ですから、下手をしたら足が腐って死ぬか切断によって一命を取り留めると言う可能性だってあったかも知れません。それを思えばそう言う環境を好き好んでいるはずなどないでしょう。逃げられたならば捕虜になる事をまぬかれえた所を負傷のために仕方なく捕虜になったのです。
そう考えると、捕虜になる事が必ずしも卑怯臆病とは言い切れないのではないでしょうか。スパルタの教えでは「盾を持って帰れ。さもなくば盾に乗って帰れ」と言うのがあります。これは、戦いに勝っての帰還ならば盾を持って帰るだろうし、戦死ならば盾に乗っての帰還と言う事を意味します。盾を持たないでの生還は逃げるために盾を捨ててきたのだと言う事になり、これこそ卑怯臆病を意味します。
まあ、この時代の事ですから捕虜になる事を容認している事はないでしょうが、極端な意味では捕虜にならないでかつ、生きている事はそう言う事を意味する事もあり得ると言う一例です。さて、映画「最前線物語」では、チュニジアでドイツ軍の反撃に出くわした主人公の一団は地面にたこつぼを掘ってドイツ軍の進撃に備える事になりましたが、ドイツ軍の猛進撃にびびった部下の兵士たちはたこつぼからはい出て逃走をしました。それに対してリー・マービン演じる主人公はそのまま踏みとどまって、自分のたこつぼを蹂躙されて負傷して捕虜となり、ドイツ軍の野戦病院送りとなりました。

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