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国旗・国歌物語⑧

皆さんおはようございます。今日は「国旗・国歌物語」第8回目です。
イタリアにおいて社会共和国が出来た事は、単に王国の降伏が終戦と無関係であるばかりか、従前どおり連合軍に抵抗するイタリア人が少なからず存在している事を示す物であります。これを安易に、ファシズムによって強制的になんて考えるべきではありません。地の利によってこのような事が生じるのはいにしえから良くあることですから、格別不自然な出来事はとはいえますまい。
ともあれ戦局は枢軸国に不利でして、敗北に伴い、社会共和国は幻の共和国として勝者によって抹殺され、イタリア全土は再び王国の物となりました。少なくとも国際的な解釈としてはです。
戦時中の1944年6月にヴットリオ・エマヌエーレ三世が引退して、その代わりに摂政になっていた皇太子ウンベルトが46年5月に正式に王位に就きましたが、6月には国民投票があって、これによって共和制が敷かれる事になりました。
国旗・国歌の変更がこれによって必要になった事は、既に述べた通りですが、このように述べたとしても、王室がファシスト党に同心したからと見なして、結局、共和制への移行はファシズム払拭とと同一線上に見なす人が多いと思います。現実にローマ進軍が行われた時、戒厳令を施行しようとしたときの内閣の意見に反してムッソリーニを総理にしたのはヴットリオ・エマヌエーレ三世ですから、そのような解釈も成り立つわけですが、既に述べたように、ファシズムも第二次世界大戦もせいぜい誘引要素でしかなく、国旗・国歌の変更と言う視点から言うならば、とにかくイタリア王室が廃止になる事が不可欠だったのです。
そして、第二次世界大戦において王室が廃止になったのは別段枢軸国ばかりではないという事をここで強調して、次回に持ち越します。
長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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日本からいねたがる事は人権にあらず?

テレビ朝日において「ハガネの女」が放送開始してから1週間経ちました。先週も書いたことですが、書き足りない所があるので、続編として取り上げます。
そもそも、かような作品設定自体が不可解だと思います。いかに子供に罪はないと言う前提があるからと言っても、追放される親の立場として、子供を残して自分たちだけで帰国するでしょうか。いや、普通の親たる物、そのような選択をするとはとても思えません。
結局の所、カルデロン事件に見られるように、人権派連中がそそのかすか脅迫するかして、子供を日本に残したと言うのでなくては、このような作品設定が成り立つとは思えません。子供にしても、自分だけ置き去りを食う事を望むはずもないだろうし、ましてや、この後日本嫌いを公然と主張したわけでして、親と別居してまで日本にいつきたいとは思っていなかったに違いありません。
まあ、作品の作り手としては別の意図があって、タオに反日を主張させているのでしょうが、わたしとしては、人権派連中の馬鹿どもの意図にのせられた事に対して怒っているのだと思います。
こんな事を書いていると、上記の連中にとって、DUCEはそんなに外国人を追い出したいのかと思うでしょうが、わたしの方で、むしろおまいらこそ、どうしてそこまで外国人を日本にいつかせたいのだと反論したくなります。
子供に罪はないと言った所で、所詮は親に一方都合で問答無用に連れてこられただけのことであって、元の国でのつながりに対して後ろ髪状態だった子供だって少なからずいたのではないでしょうか。
子供の人権を言うのであれば、こう言う点にも注意をすべきであって、人権派連中のやっている事は、むしろ日本からいねたがる子供に対してははなはだ冷淡としか言いようがありません。

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子供に罪はないはよそ事意識の現れ

「子供に罪はない」。この言葉が本格的に用いられるようになってきたのは、給食費踏み倒しが頻発した時からだと思いますが、改めて、こんな言葉を用いる連中のメンタリティってなんだなぁと思います。
早い話が、案外子供の事に関してよそ事に考えているのではないかと思うのです。給食費に関しても、まあそれ以外のことでもいいのですが、自分の口に入ったり、その他自分自身の利益に貢献している事ならば、「子供に罪はない」などと言えるのでしょうか。自分で消費してしまった以上は自分で負担するのが筋でしょう。実際に消費するのはわが子に置き換えられたに過ぎないのです。
それを、負担をばっくれておいて、子供がとばっちりを受ける可能性に関しては思いもよらない。いかに「子供に罪はない」と強弁するにしても、結局の所、それは子供のことに関してよそ事だと潜在的に考えているからこそ可能な発想なのではないでしょうか。
そこにはわが子のためと言う大義名分がありながら、自らの負担で全うすると言う発想がない訳でして、親としての役割と言う物が自覚されていないと思います。

子供のためにすら負担する気がないのなら、子供を持つな!


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ハガネの女

今夜はテレビ朝日において「ハガネの女」なるドラマが放送される事になっています。その内容に関する記事が新聞に出ていました。それによると、主人公が担任を勤めるクラスの中に、両親が不法滞在がばれて追放になったと言う生徒が含まれていました。
その生徒は日本に対する反感をと言う物を募らせている訳でして、勘がよければ、こうしたドラマを通じて、不法滞在を摘発して、強制退去を促す事は、かように罪もない子供の心を傷つける物だと強調する意図が番組の作り手にあるのではないかと気付くでしょう。
さてわたしとしては、この外国人生徒の反日に関して突き詰めて行きます。ここで生じた反日に関して考えられる事として、元々は反日ではなかったのだが、両親だけが追放されて自分だけが日本に残された事を恨んでの反日。そしてもう1つは元から反日であると言うことです。
仮にここでは前者の場合であったにしても、件の生徒(タオ)が日本定住よりも両親との定住の方を重視していたのならば、両親の不法滞在がばれたときに自分ともども両親と一緒に追放してくれるべきだったと考える事でしょう。にもかかわらず、ここでは無慈悲に切り離してしまったのです。タオにとっては別段、日本定住が第一と考えていわけではなかったので、この事で日本に対する反感が高まったとしても驚くには当たらないでしょう。
両親と切り離されたと言えば、有名どころとしてはカルデロン一家ですね。この場合、残っても良いとされたノリコに関しては別段、反日に走っているわけではなく、ひたすら両親ともども日本で暮らしたいと主張している訳でして、それに比べればタオの場合は何やら矛盾を感じざるを得ません。反日に走るのであれば、自分を両親ともども日本から退去させるべきだったと主張してしかるべきでしょう。
もしタオが反日に走る事がなかったのならば、両親と切り離された事に対して嘆きながらも、クラスメートとはそれなりによろしくやって行こうと考えるでしょうが、反日ゆえに、そのようになる事はなく、むしろ日本定住を不快な物と見なしてしまったのです。
番組の作り手の立場からすれば、日本国が譲歩すればタオがかようにへそを曲げる事なく、すんなりクラスメートとよろしくやって行けただろうと解釈するでしょうか、わが国としては親の犯罪に目をつぶる義理はなく、子供にしても、日本定住よりも両親との同居の方を欲していたようですから、ともども退去させるのが賢明でしょう。
ここで突然結論となるわけですが、常々わたしが考えている、子供の人権と言う物が双方向の視点から指摘するべきではないかと言うことなのですよ。中には日本で暮らす事に不熱心な子供もいるだろうに、ここでも、そうした視点が全く欠けていて、日本にとどめ置く事ばかりを前提で考えています。
ひょっとしたら、子供にとっては日本にとどめ置かれないでいた方が嬉々としてくれるのではないかと言う事がありうるという事がある筋からは全く理解されていません。元から子供本人にとっては自分の意志と無関係に来日したのであれば、日本定住が必ずしも快い物とは限らないのです。

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ただにこだわる事で置き去りにされる子供の人権

皆さんおはようございます。今日は曇天で、それほど気温が高くなりそうもありません。では早速本題行きましょう。先週まで在日外国人諸問題として長々と「都合の良い時だけノーサイドかよ」を書いてきましたが、今回はその補足と言う事にしましょう。

わが国にあっては、外国籍だろうと公立学校では学費の負担に関しては公平で、義務教育の中学校までは無償でして、これを当て込んでか、その他の定住外国人が子供を就学させるケースが多くなってきました。
わたしの持論としては、在日朝鮮人の場合と違って、これらの連中の公立学校への就学を推奨していません。在日朝鮮人は民族のアイデンティティと称して、往々にして朝鮮学校へ子供を通わせたがるケースが多いようですが、少なくとも彼らの場合、始めから日本に鎮座している以上は、日本語能力に関しては申し分ないわけでして、その点では公立学校への就学には不都合がないと思います。
それに対してそれ以外の外国人の場合はその種の能力が欠けているケースが多く、少なくとも、そうした物をクリアできない以上は子供を公立学校へ通わせるべきではありません。ここで子供の教育を受ける権利を云々するのは筋違いと言うものです。
権利云々を言うのであれば、親の立場としては、子供の能力を考慮して、それに応分の学校に就学させると言うのがふさわしい態度であって、語学能力によっては有償だろうと、在日外国人学校へ就学させるのが好ましいです。
前に、とあるブログにおいて、語学能力に欠けた外国人生徒を日本人生徒から隔離して日本語教育を行う公立学校が、差別とか人権侵害とか批判されている事に関して反駁したコメントを載せていた所がありましたが、まさしくその通りでして、隔離するのが正論でしょう。
この場合、人権侵害と言うのは、子供の能力を考慮しないままに公立学校に就学させた親であり、役所であって、学校自身は問答無用に苦労を負わされた側であって、非難の矛先が違っていると言うべきであります。

親の選択は場合によっては子供に対する人権侵害となる!

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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

ブルカ禁止法に関して

皆さんおはようございます。本日4月20日といえばなんと言ってもアドルフ・ヒトラーの誕生日と言う事に尽きるでしょう。そして、俳優のジョージ・タケイもこの日が誕生日だそうで、偶然とは言え、本人はこの事をどのように考えているでしょうか。

さて、フランスではブルカ禁止法が施行されました。いわゆるイスラム女性がくのいちよろしく全身を黒ずくめ状態にする奴ですね。前は、この種の服装は別段、よその迷惑になるのでなければよいのではないかと思っていた事もありますが。今ではこれがイスラム教徒の主張には同調できないという考えが強くなってきました。
当然と言うべきか、件のイスラム女性たちからすれば、ブーイングの対象となる法律でして、彼女らはあたかもイスラム教弾圧のごとく見なしています。
しかし、フランスの立場から言うならば、宗教的中立をまい進すべく、我は○○教の信者だと宣伝するような恰好を等しく否定すると言う発想からなされた物であります。まあ、キリシタンの場合は、そのような特殊な恰好は宣教師でもなければありえないから、事実上はイスラム教徒にばかり不都合が生じると言う事になるのでしょう。
とは言え、はなからのフランス人からすれば、別段自分の宗教でもないイスラム教をひいきしなくてはならない筋合いはなく、そんな恰好をされても面白くもない物を公然とされても迷惑だと考えるのもあながち理不尽とは言えないでしょう。
イスラム教徒の側からは自身の宗教に対する迫害弾圧と言う事なのでしょうが、最もイスラム教をないがしろにしているのは彼ら自身ではないでしょうか。所詮、彼らのそうした宗教観は生まれ国において培われた物であって、そこまでイスラム教にこだわるのであれば生まれ国にとどまるべきであって、少なからずの者はそうした生まれ国が嫌で、よしんば異教徒の国だろうと先進国での居住を欲したのではないでしょうか。
要するに信心よりも世俗の利益を重視した形がそれである以上は、もっと世俗の利害との妥協を図った生き方を考えるのが賢明な考えであって、異教徒の国にまで来て自身の宗教観を押し売りする事はないでしょう。

イスラム教徒は先住民に配慮して我慢する事もある事を理解すべし!

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国旗・国歌物語⑦

みなさんおはようございます。今日は「国旗・国歌物語」の7回目です。わが国のように降伏と終戦とが同列視されると言う単純な考え方が可能な国と違って、イタリアの場合は、事が複雑となっています。枢軸国の中でも最も早く降伏した国とされていますが、日本の場合、新体制への移行が戦争が終わってから、専ら連合軍の占領下で行われていたのに対して、イタリアの場合はいまだ戦時中と言う所から始まっています。イタリアに対する理解をもっと深めるためには、1943年からの3年間は見落すべきではありません。
既に述べたように、旧来の国旗・国歌をなくすだけならば、別段、ファシズムとの決別は必要なく、王室の廃止こそが不可欠でした。裏を返せば、ファシスト党の元で王室がなくなれば、それが可能な訳であります。
現実には、ムッソリーニの方で、国王から追放されたのですが、後のドイツ軍の進駐の元で王室、政府が逃亡する一方で、ムッソリーニは抑留の場から解放され、彼を大統領とするイタリア社会共和国ができました。
元来、王室との共存によって、その地位を確立してきたファシスト党でしたが、今や王室は国を捨てた卑怯者として何の遠慮もない状態でして、そうなって来ると、ここに至って旧来の国旗・国歌をなくしても差し支えない状態と言えるのです。
日本において、日章旗、君が代を否定してしまおうと考えている連中がイタリアに関して思い込んでいた事は、現共和国ではなく、ファシスト党が中核となる社会共和国によって先行して実行されたのであります。
左巻きの発想からすれば、とにかく旧来の物を否定しさえば良いとでも考えているようで、そうなってくると、極端な話、社会共和国の国旗が現共和国と同じで、国歌もまたしかりでも良いのです。
現に国旗はその通りでしたし、国歌にしても、ファシスト党といえども所詮はイタリア人の集まりである以上、イタリア的な発想で新たな国歌を考えても良いでしょう。実際には社会共和国国歌とされたのはファシスト党党歌「Giovinezza」でしたが、現共和国の国歌「Fratelli d'Italia」にしても、ファシズム的として忌避する者が少なからず出たようです。まあ、「Fratelli d'Italia」は19世紀の半ばのヨーロッパで革命の嵐が吹き荒れていた時に、分裂状態であったイタリアを統一しようと言う発想から出来上がった物です。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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都合の良い時だけノーサイドかよ⑦

みなさんこんばんわ。「都合の良い時だけノーサイドかよ」7回目となります。ずいぶん長くなった物です。どうやら今回で完結ですかな。今回は、第1回目で紹介した引用文の投書人たる朝鮮学校生徒の母親に的を絞って行きましょう。
生徒本人も馬鹿ならば、母親も馬鹿と言うべきでしょう。北朝鮮を祖国と定めておきながら、件の祖国に対しては何のアクションも起こさない。韓国学校ですら、無償化の対象になっているという事を考えれば、北朝鮮の悪行に対して諫言を行って、北朝鮮が態度を改めれば、わが国の態度が軟化してうまく事が運ぶとすら思い至る事すらないのです。連中の要求の矛先は常にわが国であって、わが国の感情に配慮するなんて気はないのです。
まあ、そうでなくとも、この投書人の態度は、本人からすれば、子供を気遣う普遍的な母親を自称しているようですが、はたから見れば、まともな親であるかが疑わしいと言うべきです。何しろ、この場合、最悪、自分の負担で片をつけると言う発想が全くないのです。日本国が負担するか、そうでなくては、子供の朝鮮学校への就学が否定されるかのように考えているのです。
元来は、自身が学費を払って子供を朝鮮学校へ通わせていた訳で、これからもそれを継続すれば、子供の朝鮮学校への就学自体が禁止されているわけではないのです。要するに、子供のためと言う大義名分がありながら自身の負担を以ってしてそれを実行する気などないといっているわけで、これでは親失格としか言いようがありません。
投書人は、こんな事に、「子を思う親の気持ちに国境はない」と言っていますが、こんな有様では、国境はあってしかるべきではないでしょうか。いったい、すべての親が始めから他人の負担でのみ子供に良い思いをさせる事が当たり前だと考えているのでしょうか。普遍的なよその親とこれらの連中は別格とするためにも「国境」を設けておくべきでしょう。
無償化するもしないも、親が負担をするかしないかの違いでしかなく、いずれにしても、子供は関係ないはずなのに、母親自身が負担するとどうして、生徒本人が心に傷を負うのでしょうか。日本の負担で卒業できると、嬉し涙になるのでしょうか。子供を思う親と言うよりは、自身のエゴに子供を巻き込んでいると言うべきではないでしょうか。

これらの連中は、差別を叫ぶ前に自身のメンタリティの悪しきさまを自省すべし!


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国旗・国歌物語⑥

みなさんこんにちは。「国旗・国歌物語」第6回目となります。イタリア史も良く知らん連中がイタリアを引き合いに出して、日章旗、君が代を国旗、国歌の地位から引きずり落とそうとしているためか、イタリアに関しては多くを割かなくてはなりませんね。
さて、上記にあげた連中にしてみれば、現国旗、現国歌に至るプロセスを、安易に、旧来の物が、ファシズムの臭いの付いた物として、それを払拭すると言う意味合いを込めた物とでも解釈しているのでしょうが、1943年7月のクーデターにおいて、ファシスト党を政権の座から引きずり落とすことで、それが達成されたのではないでしょうか。
この段階において、王室とファシスト党とが分離された状態になり、その状態を連合国が是認したのです。これに対してドイツの場合、第一次世界大戦の話ですが、帝政自体を廃止する事で始めて講和に応じると言う強硬姿勢に出ていたのです。
ドイツの皇室に比べればイタリアの王室の存在など存在感がなきに等しいと見られていた訳で、連合国としては無条件降伏を要求する事はカイロ宣言でのお決まりとは言え、イタリア王室の廃止は要求していなかったのです。
イタリアの場合、降伏条件自体よりもドイツのかかわりにどのようにけりを付けるかの方が厄介でして、よしんば自国の立場が終戦で一致したとしても迅速に降伏に至った訳ではありませんでした。ムッソリーニの後任として総理の地位に就いたバドリオはその直後に、従前通り枢軸国にとどまると宣言しましたが、ヒトラーは始めからそのような言葉は信じていませんでした。
イタリアが徹底抗戦をするのであれば、ムッソリーニに任せて当然と言うのがヒトラーの発想でして、それを排除したと言う事は、遠からず連合国に降伏する算段だと判断していました。この結果、イタリア王国の降伏はあくまで連合国に対する物でしかなく、新たにドイツを敵に回す事になりました。
果たして、王国としてはドイツ軍が居座る自国領地奪回と言う大義名分を掲げる事が出来るようになり、10月に対独宣戦布告を行いました。連合国イタリアの登場です。こうなってくると、英米などその他連合国としても、ますますサヴォイア王室排除を欲するだけの正当性がなくなり、と言うか、元々そのような意志などなかった訳ですが、かように曲がりなりにも王室が維持された以上は、少なくともこの時点では旧来の国旗、国歌に変化が生じる必然性がないと言う事になります。

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都合の良い時だけノーサイドかよ⑥

皆さんこんばんわ。今回で「都合の良い時だけノーサイドかよ」6回目です。今回は、朝鮮学校へ通う生徒本人に的を絞ってみます。
第1回目の引用文で、ラグビーをやった生徒の言葉が含まれていて、そこではどうやら「朝日友好」が主張されているようですが、自分としては全く信用できません。そうじゃないですか。連中の主張する「朝日友好」とはせいぜいと言うか、いつもと言うべきかわが国に対してばかり向けられている物であって、彼ら自身がみずから祖国と定めた北朝鮮相手にはどれだけ主張してきたか怪しい物です。
祖国の悪行に関して全く無知である訳でもあるまいに、そんな国を祖国だと自覚する割には、日本にあって肩身の狭い思いをする気もないのではないでしょうか。祖国の日本に対する悪行に対してよそ事と見なして、知らぬ顔をすればこそ、友好を叫ぶ矛先は常に日本であって祖国たる北朝鮮ではない。
わが国に対して何がしかの主張をする口があるのであれば、もっと多くの事を祖国に対しても主張してもらいたいものです。にもかかわらず、祖国の悪行に関して、自身は別段当事者って訳じゃなしと知らぬ顔をして、ただわが国に対して友好を唱えるのは、単に、日本や、自身の隣人たる日本人に課せられた災いのとばっちりを自分らだけは受けたくないと言う虫の良い発想に他なりません。
そうでなくとも、朝鮮学校無償化への要求も似たような物であって、親の負担を気遣う発言はあっても、決して自身が割を食う選択はしようとはしません。日本に鎮座し続けるのであれば、公立学校でもいいではありませんか。わが国を害するような国を祖国と見なす教育を受ける事に何の違和感も持たないようでは、わが国に対する友好を唱える資格はなし。彼らが何がしかの不利益をこうむるような事態になろうとも同情はいたしません!

自身の居住国に配慮もしない連中の唱える「友好」は信じるな!


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国旗・国歌物語⑤

皆さんこんばんわ。本日2度目の更新は「国旗・国歌物語」の5回目です。
先日は、イタリアにおいて国旗・国歌が変化するには王室の廃止が不可欠であって、それ以外の要素はせいぜい誘引要素でしかない事を述べました。まあ、早い話が単に王室が廃止になれば良いと言う事を申し上げているのであって、手っ取り早く言うならば、革命が起こって共和制になるか、あるいは、ファシスト党が王室を追放してムッソリーニを大統領にすると言うチョイスもあります。
これならば、第二次世界大戦の敗北を待つまでもなく、あるいは、ファシスト党と王室とが立場を等しくしなくてもいい訳です。
まあ、これはあくまで国旗・国歌の変更に的を絞っての発言であって、上記の行為が生じるにしても、それなりの正当性とか必然性があるかどうかと言う事は別問題であります。ファシスト党にしても、自身の支持者を多くするためにも既存の権威である王室を排除する事は好ましい選択とは言えず、もしそれが可能であるとしたら、それは王室自体に相当な落ち度が存在している場合に限られます。
果たして、ファシスト党が王室を排除する機会が訪れる事はなく、逆に戦局の悪化に伴い、反ファシストの勢力に国王が同心して、ムッソリーニの罷免が1943年7月に行われました。これにより、イタリアは徹底抗戦を断念する事を示し、9月の降伏を迎えました。
日本では降伏と終戦とが同列に見なされる事が往々ですが、実際の所、降伏は単に勝者に対する従属であって、必ずしも終戦とは同一の物ではありません。また、新たな敵を作る行為でもあります。
何しろ、日本が降伏した時は同盟国は存在してなかったのに対して、イタリアの場合は、かの国だけが降伏していて、よその国は依然戦争状態だったのです。とりわけドイツにしてみれば、イタリアのその行為は同盟国である事をやめた背反行為であって、依然として行っている自国の戦争を有利に進めるために、イタリアの占領は不可欠でした。
かくして、連合軍によって占領されていないイタリア領は迅速にドイツ軍の占領下におかれ、イタリア王室と政府は、大戦初期にドイツ軍の侵攻が行われた他の国のほとんどが行ったのと同じく、逃亡して難を逃れる事となりました。

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都合の良い時だけノーサイドかよ⑤

皆さんおはようございます。桜がようやく咲いてきたようですが、自宅の近くにある公園ではこの時期「恒例」の夜桜は自粛ムードのせいなのか、あるいはまだ花見の時期尚早なのかまだですね。次週位からと言うことなのでしょう。では、本題として「都合の良い時だけノーサイドかよ」をお送りいたします。

まずは、在日朝鮮人のアイデンティティと言う視点から言うならば、よしんば無償化を要求するのであれば、それは北朝鮮政府ないしは朝鮮総連に対して行うのが筋でしょう。これは繰り返しの物であります。
しかし、日本人の支持者からしてそのような発想はありません。とにかく誰かが、つまり日本国が援助すれば良いと言う事で、こんな有様でまともなアイデンティティが成り立つはずなどありません。まあ、そのように仕向けるのが支持者連中の発想と言うことなのでしょう。彼らには国家と言う概念が欠けている訳ですから、特定の国家に対するアイデンティティなど無用と言う事なのです。
一方、在日朝鮮人の側に転じてみれば、もしまともなアイデンティティに徹するのであれば、北朝鮮を基準に物を考えるべきでしょう。高校無償化にしても、北朝鮮で行われているかどうかこそ重要であって、日本は関係ないのです。日本で有料でも北朝鮮で無料であるのならば、北朝鮮政府を通じて享受すれば良いのです。
しかし、在日朝鮮人の場合、独自のアイデンティティを追求しようと言う意識がある割には、それに値する愛国心があるのでしょうか。わたしは建前上、無償化に対する要求は北朝鮮政府に対して行うべしと主張する訳ですが、彼らにそれなりの愛国心があるのならば、祖国が海外同胞に対してそれが可能であるかと言う事を確認するべきであって、それが望みなしと見なしたならば、断念するだけの分別があってしかるべきだと思います。
しかし、彼らの場合、どうも要求ごとに関しては祖国を見ようとしないのです。いちいち日本のほうばかりを見て要求します。
ただでさえ、高校無償化に便乗しようとする発想は、朝鮮学校での学習の中身よりも負担減らしの方が優先されているとしか思えず、要するにそれは、祖国の教育を、金を払ってまで学ぶ気などないとそっぽを向いているのであって、まともな愛国心がないという事を指し示しているとしか思えません。いわんや、筋違いな要求をわが国にしてくる事は、ますます以って祖国を貶めている非愛国的な行為である事を彼らは思い起こすべきであります。

在日朝鮮人は、自身のそうした行為が自らと祖国を貶めている事に気付くべし!

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国旗・国歌物語④

皆さんこんばんわ。今日は「国旗・国歌物語」の4回目です。
前回書いた、イタリア国王の姓、名前、イタリア語で国王は何であるか? 答えはサヴォイア、ヴットリオ・エマヌエーレ三世(開戦時の国王)、Re(リターンの略ではありませんよ)です。
日独に比べればイタリアのなんとも存在感のなさ。王室に限った事ではありません。戦争映画を見ても、イタリア製は多かれど、イタリア軍が登場する事はめったにないし、それ以上に、イタリアが連合国側から見て敵であると言う風に感じられません。そそっかしいと、イタリアがなんかドイツ占領かではないかと言う気分にさせられます。
存在感希薄なイタリアにおいて、ファシスト党におされて、なおの事存在感希薄なイタリア王室ですが、国旗、国歌の視点からすればキーポイントとなっています。
独伊に倣って日本も国旗、国歌を変えようと主張する人にしてみれば、イタリアは戦後変えたぞと声を大にして主張したいようですが、どのように変化したのかと言う事に関しては無知なのです。単に無知であるというよりは、自身の馬鹿さ加減をさらけ出しているのですよ。
イタリアの場合、国旗が変わったと言っても、ドイツのように全く違った変化を持った訳ではなく、中央にある紋章が削除されたのみであります。既にイラクの国旗の変化に関して述べましたが、あの類と見て良い訳です。
一方の国歌はと言いますと、戦前の国歌は「Marcia Reale Iataliana」で、Viva il Re、すなわち国王万歳で始まっています。国旗の紋章同様王室ありきで成り立っている訳です。
さて、今のイタリアは共和国でして、これは戦後の投票において決定した事であります。この点から言うと、王室はファシストに同心したから国民から排除されたのだと、結果論的にはそのようになるのかも知れません。
この結果、曲がりなりにも王室が排除された以上、旧来の国旗、国歌は否定されなくてはならない訳なのですが、別段、第二次世界大戦での敗北もファシスト等の台頭ないし没落もそうした出来事と同一線上にあるとは言えないのです。
何しろ、旧来の国旗、国歌を排除するのに必須となるのは王室の廃止であって、大戦の結果もファシスト党もせいぜい誘引要素でしかなく、それらの出来事が逆の結果になろうとも、王室の廃止がないとは限らないでしょう。

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経営者よ、個人寄付を今こそ

皆さんおはようございます。先週は結構温暖な状態でありましたが、昨日以来またまた寒くなってきました。何しろ昨日なんぞは曇っていたのですからね。では早速ながら本題行きましょうか。例によってまずは引用文からご覧ください。

このたびの大震災で被災された方々に対し、心からお見舞い申し上げます。今、全国あるいは世界各国から物的、心的支援が次々と寄せられています。わたしも新聞紙上で、各企業、個人からの寄付の情報を見るたびに心を打たれています。特に感動したのはユニクロの経営者が10億円、従業員の方々がみんなで1億円を寄付したと言うニュースです。
日ごろ経営者は企業貢献の大切さを口にしています。企業理念に社会貢献をうたうなら、この機会にこそ、自分自身が実行に移される事を切に願います。日本経団連が200億円の義捐金を表明したのを始め、企業からの寄付はぞくぞく続いています。ですがわたしは、企業経営者個人の寄付を希望します。昨今の日本企業では、外国人経営者らをはじめ、年俸数億円の報酬を受けている方々も少なくありません。そうした方々はもちろん、上場企業の経営者は一律、100万円程度の寄付をするよう、各経済団体は要請してはどうでしょう(引用ここまで。3月20日分)
昨今では、普段から寄付を募っていない企業団体が大震災への援助名目で寄付をいろんな形で募っています。この場合、中には震災援助に便乗した詐欺もあるでしょうし、そうでなくても、まずは自分の所に集めて、その後にしかるべき所へ送ると言った形にも大なり小なり違和感が生じる部分があります。
マクドナルドやコンビニのレジカウンターの脇に置かれている募金箱への寄付の類は普段から行なわれている物ですから、それなりに信頼性があるとは思いますが、振込みレベルとなりますと、まずは自分の所へ振り込んでくれと言うのは全額送ると言う建前だとしても、その行為に必然性があると言えるでしょうか。振込みでの寄付ならば、直接、日本赤十字社などの団体に送った方が手っ取り早いと思うのですよ。
また、企業などの寄付にしても、一見、良心の現れのように思えますが、そこにはそうした「良心」を決定した経営者たちは必ずしも自身の負担によって寄付を行ったと言えるでしょうか。単に会社の金と言うある意味で言う他人の金を利用して、自身の良心を示しただけではないでしょうか。
従業員の寄付にしても、個々人の良心が会社に利用されただけではないでしょうか。しかも、中にはひどい物があって、強制募金なんて事があったのかも知れません。前にも書いたように、企業が行う寄付は自社の宣伝名目もあるわけでして、よしんば良心に根ざした物だとしても、一方的に従業員や顧客が割を食うような事は厳に慎むべきであります。
要するに、企業として寄付を行ったとしても、それは会社の宣伝行為を兼ねた物であり、かつ、会社の金と言うある種の他人の金によっての行為でしかなく、経営者自身の良心とは別物と考えるべきであります。
よって、経営者自身にそれなりの良心と言う物があるのであれば、会社の立場とは別個に個人の立場の下で寄付を行うべきであり、また、従業員に対する寄付の勧奨も会社を通じて行うべきではありません。もし従業員に対してそうした事を推奨するのであれば、個々人で直接しかるべき団体を通して行うべしと言うべきではないでしょうか。

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都合の良い時だけノーサイドかよ④

皆さんおはようございます。月も改まった所で一からまたスタートです。今日は「都合の良い時だけノーサイドかよ」第4回目です。前回は北朝鮮も在日朝鮮人の大人も子供もくずだと言う事を書きましたが、何もくずはこれらの連中に限った事ではなく、日本人にもかような愚かしい連中を支持するくずがいます。
北朝鮮の悪行に関して子供に責任があるわけじゃなし、罪はないのに彼らにとばっちりを食わせるべきではない、と高校無償化からはじくなと彼らは主張するわけですが、元々誰かの扶養家族でしかない生徒本人が学費を払うわけではないのに、だし抜けに子供の「人権」を持ち出しています。
学費を払うも払わないも親の問題であって生徒本人には関係ありません。それともこれらの連中は、欧米の大学生のごとく生徒本人が稼いで学費を払っているとでも言うのでしょうか。
さて、このような抗議に至る背景には、支持者連中にとっては、北朝鮮政府が海外同胞に対して何にもしてやらんと始めから決めてかかって、そうした発想に対して当たり前と見なして何とも思わないのです。
北朝鮮を祖国と思う者がいるのにもかかわらず、それに対して何にもしてやらない。件の国民としての自覚を持つ者としていかがな物でしょうか。よしんばよその国の政府が学費を肩代わりしてくれるからと言う前提があっても、肝心の自国政府からすっぽかされると言う事は悲しむべきではないかと思います。
それゆえに見境なしに日本国政府が肩代わりしてやれと主張する連中の発想は在日朝鮮人としては看過してはならない事ではないでしょうか。学費援助の要求は自国政府に対して行うべき物であって、日本国に頼むようでは、彼らのメンタリティを悪しき物として見なすのは当然であります。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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