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安易非ざる移民論議①

みなさんこんばんは。今夜は移民に関して続きを書いて行きます。昨今では、人口減少が叫ばれ、その補充と言う意味合いで移民を受け入れようと言う主張をする人が出てきました。
自分としては、そのメリットよりも不利な点の方が多いのではないかと思っています。
既にいろいろ多文化共生に関して書いてきた次第ですが、所詮そんな発想が生じるのも、外国文化に対する見下しの本音が透けて見えるからであって、主張している本人からしてよそ国文化と対等の関係が持てるだなんて考えていないでしょう。
立場を逆にして、経済水準で劣る国の方で多文化共生を唱えた所で、自国の経済水準に不釣り合いな負担をしない事には、先進国の側は見向きもしないはずです。わが国も明治初期には、べらぼうな給与を払って外国人の技術者などを招いたではないですか。
さて、昨今の芸能では韓流が最大の売上を上げたと言われていますが、あれとても、経済水準が劣る国の人間が先進国へ出稼ぎに行ったり、高い給与を払って先進国の技術者を招くのと本質は同じなのです。現に売上以上の補助金を投じて、売り込みを行っている有様でして、結局の所が赤字なのです。
そもそもかの国にそれだけの価値があるのであれば、逆に外国から来たがる者が大勢いても良さそうな物ですが、芸能に関してはほとんど一方通行でしかなく、かの国で興行を打とうにも、大した収穫がないとなれば、行きたがる者が出て来ないのは必然でしょう。
改めて、現状のわが国は移民受け入れ以前に、少なからずの外国人が来たがる側に立っています。その結果、不法滞在なんて犯罪も頻発しております。

移民に関するテーマはまだ続きます。では次回を乞うご期待。

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史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝⑰

本日は火曜に引き続き「史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝」の17回目をお送りします。
さて、ここで、前に仮定した、元潜水艦艦長のナチス幹部の話に立ち返ってみましょう。この人物がゲーリングよろしく、巨大な潜水艦隊と言う組織を追求したとしたらどうなるか。
そこに至るには、前回も述べたように、まずは対英戦争ありきと言う事になるでしょう。しかも、それは既に潜水艦隊が存在している状態の下で論議されるのではなく、対英戦争が意図されてから潜水艦隊の創設と言う形になるしかありません。
これまで少なからずの戦史家がドイツが対英戦争で勝利を収めるためには、あらかじめ潜水艦隊を整えておくと言う前提で論じるケースが多く見受けられましたが、必ずしも、対英戦争に突き進む手段は潜水艦作戦ばかりと言う訳でもありますまい。
とりわけゲーリングが、その目的のためには空軍の強化を要求して来る事は間違いありますまい。
結論から言えば、ナチス台頭以前の環境を見れば、どうも潜水艦が空軍に比べて有利と見られる要素は一つもありません。潜水艦も空軍もヴェルサイユ条約で禁止されていると言う点では共通しているですが、ごく初期の時期を例外として、航空機の方は時が経つに連れて、民間需要や警察での活用に関しては認められるようになりました。
それに比べて潜水艦と言えば、海軍以外での使い道がありません。いかに警察目的といえども潜水艦の使い道などはないじゃないですか。
それに、ソ連との秘密軍事協定では、空軍と戦車に関しては有効でしたが、潜水艦に関しては、ドイツ以上に海軍の役割が限定されているソ連としては共同歩調をとるメリットがなく、この方面では、ドイツは単独行動に徹するしかなく、空軍や戦車に比べて鈍いテンポでの闇開発とならざるを得ませんでした。
こうした事を考えれば、元潜水艦艦長のナチス幹部はゲーリングとの権力闘争で後れを取る事は必定で、潜水艦隊と言う代物を持とうなどと言う事は望みがたき物となって行ったに違いありません。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝⑯

みなさんこんばんは。本日2度目の更新は「史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝」の16回目をお送りいたします。
デーニッツは世界でもまれな巨大な潜水艦隊の創設を提案しました。そこに至るには、対英戦争ありきと言う事に他なりません。よくよく考えてみれば、ドイツ海軍は言うに及ばず、ドイツ史全体で物を考えてみても、彼ほどに対英戦争と言う物を明確に意識した者はいなかったのではないでしょうか。
ティルピッツにせよ、レーダーにせよ、ドイツ海軍の整備に取り組む発想はどちらかと言えば対英戦争忌避に基づく物でありました。デーニッツだけがとことん対英戦争を戦い抜くと言う発想を持っていたと言うのはある意味異常と言うべき物があった訳ですが、さりとて、彼の地位はティルピッツやレーダーと違って、海軍全体の戦略を見渡せる立場にはなかったのです。ティルピッツやレーダーならば、場合によってはドイツ帝国のいくさをどのように進めていくべきかと言う事まで提案できたかも知れません。
しかし、ドイツと言う環境は海軍が主導的にいくさを推し進める事ができる物ではありませんでした。第一次世界大戦前ですら、もっと有利に対英戦争が可能になるよう、陸軍に対してオランダやデンマークの占領を、その時が来たなら行ってほしいと要請を出したのにもかかわらず拒否されてしまいました。
そう言う事情の下では、よしんば敵艦隊の撃滅がかなったとしても、イギリス本土を占領する所まで行き着かないと無意味でして、海軍が単独でいくさの帰趨を決する手段としては潜水艦作戦しかないと言う考えが一部で結論付けられたのでした。

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すぐ受け入れを考える馬鹿ども

みなさんおはようございます。今回のエントリーは、移民に関して取り上げます。まあ、これもまた、ひょっとしたら一回で収まりきらないかと思いますが、とりあえず開始します。
昨日取り上げたエントリーは検索から始まった事ですが、その検索ワードは、北朝鮮で暮らす日本人妻とその家族をわが国で受け入れようと言うおぞましい考えをする者がいる事にちなんだものであります。
まあ、そこでは北朝鮮での過酷な環境で暮らす人たちに対する人道支援と言う所から始まっている訳ですが、所詮はケ号作戦(ガダルカナル島からの撤退作戦)の類のような物でしかないのですよ。
よくよく考えれば、我々に対しては外国人との共生なんぞときれいごとをほざく一方では、外国における権利とか人権がなんであるかと言う事がそれほど考えられていないのではないでしょうか。
北朝鮮の日本人妻が苦労している。だからどうしたと言う気になります。外国には日本人が暮らしてはいけないのでしょうか。他でも、日本人だか日系人だかに的を絞って我が国に受け入れようなどとおめでたいことを言うやからがいるようですが、そこには、そうした外国には始めから日本人が暮らす権利がなければ、そこの国の政府が、そうした権利を整えることなど、全く期待していないと言う事じゃないでしょうか。
なるほど、北朝鮮の日本人妻が暮らしで苦労しているようですが、それは北朝鮮政府の落ち度であって、かの国の政府がよろしくするよう事を運ぶべきでしょう。よしんば、そうした人たちを我が国に受け入れた所で、結局の所、その条件に当てはまらない他の人の事など知った事かと言っている訳でして、それでは根本の解決にはならないでしょう。

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北朝鮮における人権侵害なんぞは知った事ではない

みなさんこんばんは。今夜はおもむろに「北朝鮮日本人妻・・・」で検索をかけてみた所、おぞましい物を発見したので、その件について書いて行きます。
残念ながら、そのサイトに関しては先週に発見した物でして、再び検索をかけて発見をしてみようと試みたものの、発見はできませんでしたが、おぼろげな記憶に頼ってみると、かの国の悪行の代表とも言うべき人さらいと、かの国における一般国民の人権侵害状態を同次元に見なしていると言う物でした。
そのサイトでは、我が国は、自国民の人さらいの被害にのみ関心が集中していて、現地国民の人権侵害に関して無関心では、彼らとてもいい気はしないだろうと頓珍漢な主張をしていました。
人さらいはよその国に対するれっきとした敵対行為であって、それは国際問題であります。それに対してかの国の国民がさらされている人権侵害に関しては国内問題であります。当然そこには異なる問題として扱われるべきと言う考えがあってしかるべきであります。
主観としては、かような常時有害な存在でしかない北朝鮮の国民がどのような有様だろうと、知ったことではありません。その様なことは北朝鮮自身が解決すべきことであって、そんな事よりも、人さらいの被害者をとっとと返しやがれと言うのが問答無用な我が国の立場ではないでしょうか。
それとも、このサイトの言い分としては、かの国の国民の人権侵害に関してわが国が配慮さえ示せば、これらの連中が人さらいの被害者解放に対して同心してくれるとでも言うのでしょうか。
在日朝鮮人だに、その悪行に関しては、別に自分らが当事者と言う訳じゃなしとばかりに他人事で通していると言うのに、ましてや北朝鮮に住んでいる連中に至っては、そうした国事行為に加担している可能性があって、よそだったら、報復で殺される対象となり得るでしょう。
そうでなくても、人さらいの被害者解放に加担したならば、反逆者として成敗されるとなれば、まず我々に同心するなんてことはあり得ないでしょう。
単純に言っても、連中の反応なんぞは我々としては期待してはいけないのです。なまじ彼らの反応なんぞを気にしていたならば、却って連中自身が積極的に悪行にに加担していたのではないかとますます敵意を募らせる結果となるでしょう。
人権侵害と言うのも嘘っぱちで、単なる身代金要求のための狂言のごとき物だと割り切るべきでしょう。

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国を巻き込んだ形にしてまで弔意、謝罪をするな

みなさんおはようございます。今日は、多文化共生に対して批判的な発想を持つ者として興味深い記事を見つけましたので、ご覧下さい。

大阪市阿倍野区の路上で、飲食店経営のネパール人、ビシュヌ・プラサド・ダマラさん(42)が日本人の若者グループに殺害された事件から16日で1か月たつ。

 事件に心を痛めた人たちから、遺族に弔慰金や手紙を送る動きが広がり、25日には、冥福を祈る僧侶たちが同市中央区の法善寺で法要を営むという。いずれも、理不尽な暴力に最後まで無抵抗を貫いたダマラさんに「日本人として申し訳ない」という気持ちからだ。詳細はここから

まずもって事件は日本で行われた以上、下手人が日本人であって別段驚く事ではありますまい。何も外国人の身に的を絞って行われたのではないでしょう。日本人同士の中でも同様な事件は多多あるじゃないですか。
にもかかわらず、ここで取り上げた中ではあたかも日本国を代表とする事を前提として弔意を示し、謝罪をしようとするおめでたいやからがいます。
「どうかこの事で日本を嫌いにならないでほしい」
そんな風に遺族に対して弔意、謝罪にふける者がいるようですが、自分としては別段、自分自身の犯罪でもない事で、日本国全体を持ち出さないでもらいたいと思います。
そもそも、被害者本人だに、日本社会の外国人に対する偏見を感じていたと話していたとか。では、なんで被害者本人はそうなるまで日本に居ついたのでしょうか。偏見を意識するのであれば無理して日本に居つかないでもいいじゃないですか。
結局の所、自分の言葉で言えば「不二子る」と言う事に尽きるのではないでしょうか。日本に限らず、ヨーロッパやアメリカでも差別だか偏見だか指摘されていますが、それ以外の地域では同様の事がそれほど指摘されるような事はないように見受けます。むしろ、そうした事を口実にとっととずらかると言うケースが指摘され、無理してまで居つくと言うケースは先進国限定と言ってもいいのではないでしょうか。
弔意、謝罪にふける者は往々にして、この事で日本が嫌われるのではないかと恐れているようですが、では、そうした外国人が存在することで、これまで格別得になった事があるのでしょうか。せいぜい1人の人間、1つの家族とのよしみがあったと言うだけの事であって、ネパール人ないしネパールとのよしみがあったとは言えないでしょう。
元々我が国になく、それらの連中が存在した事で、今や不可欠にになった物が持ち込まれたと言う訳でもありますまい。所詮は、不法滞在外国人に対する同心と同じレベルに過ぎないのではないでしょうか。
上記の危惧をするやからは、恐らくは日本とネパールとの友好にひびが入る事でも恐れていると思うのですが、そんな事を恐れているとしたら、意外とネパールに対して無関心で、大事なのは自分自身の軽薄な見栄っ張りの心の方じゃないでしょうか。ただひたすら外国に対するいい奴面する事の方が大事で、単なる外国人の1人でしかない被害者は、そうした見栄っ張りのために利用されただけに過ぎないのです。

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史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝⑮

みなさんこんばんは。本日は「史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝」15回目となります。
レーダーが推進しようとしたZ計画は、規模が余りに大きすぎて現実味があるとは思えません。もし、それだけの規模の艦隊を保有するに値するだけの条件がドイツに訪れるとしたら、それはイギリス本土を征服とまで行かずともノルウェーやフランスがドイツの支配下に収まっていると言う状況にある時でしょう。
しかし、そうした好都合な状況は実際には戦時中にしか訪れず、そうなってしまってはZ計画を推進するにも、さながら泥縄状態で、却ってZ計画を実施する意味がなくなってしまいます。
話はずれますが、かつてイラクは中東において軍事大国でしたが、それは陸空軍に限られた物であって、国土の内で海に接する部分がたかが知れているありさまでは、海軍力もたかが知れている状態になる事は避けがたい物でした。
海岸線が短ければ、海軍力の需要が小さくなる物であって、ドイツにもそれが当てはまると言えるのでしょう。
これまで戦史家の中には、ドイツは潜水艦に的を絞って軍備を整えるべきだったと主張するケースが往々に存在しましたが、それは結果ありきであって、平時の視点から言えば的外れな主張だと思います。
デーニッツは300隻の潜水艦の建造を要求しました。これは彼の独創ではなく、これに近い物を第一次世界大戦直前、潜水艦監察参謀のブルムが試算した物が元となっていました。
もっとも、ブルム自身はその試算を元に潜水艦の増強を要求する事はなく、デーニッツによって初めてやかましく要求される事となったのです。
ここで主張された300隻の根拠はさながら長篠合戦における鉄砲3000挺の三段構えのような物であります。常時100隻を作戦行動状態に置いておくためにはその3倍は必要だろうとの発想があった訳です。他の100隻は基地と作戦海域との往復途上にあり、残りの100隻は基地において補給と整備、クルーの休養に充てると言う物でした。


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文化鎖国的態度が招く不法滞在者への憐憫

みなさんおはようございます。またまた昨日に引き続いて、不法滞在と多文化共生とは両立しないと言う事に関して書きます。
繰り返して書きますが、多文化共生なんてきれいごとを言う連中は、我々の側に対してよそ国文化に対する理解を求めてきますが、所詮は居つきもしない環境での不必然な行為でしかない以上、道楽的要素に依存する可能性が高いと見るべきです。
そうなって来ると、誰もがよそ国文化に対する理解を持つ訳じゃなし、よしんば外国人が居ついたとしても、連中に対して無関心に終始する可能性の方が高いでしょう。自国民の中においてすら昔ほどに隣人に対する関心が薄くなっているありさまで外国人に対する関心などなおの事じゃないですか。
やはり外国人との共生の可能性として好ましいのは、居つく側の外国人の側から歩み寄るべきじゃないでしょうか。それに比べればよそ国文化に対する理解などはなくても構わないと思います。
何しろ不法滞在が発覚した時に特別滞在を欲する本人に対して同心する隣人のメンタリティを見れば理解できるでしょう。居つく外国人の方で我が国に対して迎合したからこそ、それに同心する者がでたのです。
その時、同心した連中がどれだけそうした外国人の元の国での文化とか習慣とかに理解を示したでしょうか。おそらくすべての者がそんな物は二の次と考えていたのではないでしょうか。
同心する者にとって、その不法滞在者は単なる好ましい隣人であって、それ以上のの事に関しては無関心だったのです。なまじ多文化共生なんてきれいごとを本気で実行したならば、不法滞在者が退去に応じたがらない事に関して違和感を持つ事になってしまうからです。

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史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝⑭

本日2度目の更新は「史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝」の14回目となります。
ティルピッツの下でドイツ海軍は急速に拡大していきましたが、それは所詮は平時的な発想の下での拡大だったのでしょう。彼の発想の戦略は失敗し、第一次世界大戦中で海軍長官から罷免されましたが、それまでその地位に19年就いていました。戦争がなかったならば、もっとその地位に留まれたことでしょう。
平時的な発想。それはも、それなりの兵力さえ保有していれば、イギリスはおいそれとわが国といくさに出ることはないと言う発想からの物でした。それだけに、ハードウェアに見合うだけの人員確保と言う点で後れを取ったと言うのは、ある意味筋が通っていると言えましょう。
とは言え、現実に大戦が始まってみると、これまで手抜き状態にあった潜水艦が意外と活躍し、大して役に立っていない大洋艦隊は人員を潜水艦に提供する役目に徹することとなりました。
こののち敗れたドイツでは海軍の規模は著しく抑え込まれ、いわんや潜水艦に至っては全面禁止と言う形となり、戦後の海軍再建はティルピッツ以前の状態に立ち返ったと言う感がありました。
この間にレーダーが海軍総司令官に就任し、ヒトラーの再軍備宣言の下で、ティルピッツの復刻版とも言うべき「Z計画」が承認を受けました。軍事大国ならではの巨大艦隊の創設です。
しかし、それはティルピッツの時と同じ、ほとんどゼロからの出発でイギリスに対抗しようと言う、ただでさえ果てしない試みだし、実際にそれをまっとうしたからと言って、イギリスに対して究極の勝利に結びつくのかと言う疑問を投げかける物でした。
ここで見る分には、レーダーもまた平時的な発想で物を考えているのでしょう。ドイツ海軍の充実はまぎれもなくイギリスを意識した物に他ならないとは言え、だしぬけにイギリス相手のいくさと言う物を欲しているとは言えません。少なくとも、かつての大洋艦隊の復活がなるまでは引き延しすべき物である事は間違いないのです。


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不法滞在に対する同心と多文化共生は両立しない・続

昨今書いてきている多文化共生、そして不法滞在に関する事ですが、自分にとってはそれは両立する事とは思えません。先週はママ友に関して書きましたが、昨日の分ではその点に関する記述が欠けていましたので、補足いたします。
不法滞在者の特別滞在希望に同心する連中の中には、犯罪者の子供が通う学校のよその生徒の親が含まれています。そして、既に述べたように、不法滞在者が報道に出たとしたら、まじめに日本に定着し、近隣住民の受けも良いと言う事がお決まりと言う事になっています。
また、カルデロン事件などに見られるように、日本生まれの子供は日本語しかできないと言う主張がなされて来た訳ですが、そうなって来ると、こうした報道に出てくる犯罪者は、結局、意図は利己的な物に行きつくとは言え、彼らなりに日本に迎合する意識はあったと言う事になるのではないでしょうか。
子供が日本語しかできないと言うのであれば、親自身が日本語ができないと言う訳には行かないのです。そう言う立場にあるのであれば、子供を公立学校に通わせている手前、同じ学校に通っているよその生徒の親とママ友の関係を持つ事は当然あり得る事だと思います。
逆に、子供の母語教育だに公立学校に押し付けて、一向に自身の語学能力に関して度外視状態にとどめている親は、ママ友の埒外になる可能性が高い訳でして、こうした事が、特別滞在希望にどれだけの日本人が同心してくれるかと言う事に関係するはずです。
ママ友の関係があれば、おそらく同心する者は多いでしょうし、子供の母語教育だに公立学校任せの親は、要するに子供の教育に関して無関心な有様ですから、ママ友なんて代物にかかわる気などないでしょう。
そうなって来ると、よしんばそうした外国人の不法滞在が発覚しても、特別滞在希望に加担しよう日本人は少なくなると思います。そうした外国人がママ友に加わらない以上、近隣住民としても、無関心ないしは存在にすら気づかない可能性が高いからです。

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不法滞在に対する同心と多文化共生は両立しない

不法滞在が発覚した時の記事と言えば、往々として、その犯罪者はまじめに現地社会に定着していて、近隣の人たちとの関係もよろしいと言うのがお決まりのようです。
まあ、現実には日本語能力だにろくに持たずに不法に居ついている馬鹿者も少なくないと思うのですが、こうした記事の意味する所は、不届き者なりに日本に迎合する意思はあるようです。もっとも、それは居住者にとっての必然と言う奴でして、別段、日本に迎合する事自体が目的と言う訳でもなく、居つく事を正当とするための手段に過ぎないのです。
さて、不法滞在が発覚した時、そうした犯罪者の子供が通う学校では、その子供が親ともども退去を強いられるのが当然な訳ですが、居つく時には問答無用のくせして、退去を強いられる時に限って、子供の、いねたくないと言う主張が強調されて、人権派連中が主導して、特別滞在を主張します。
その時、同じ学校に通う生徒や、それらの親が同心して、犯罪者親子に対する特別滞在を要求するケースがあります。
おめでたいやからにとっては、別段、そうした犯罪者が日本にとって何か悪い事をしたのか。まじめに定着していたではないかと主張しますが、自分に言わせれば、不法滞在だけでも重大な犯罪だし、それでなくても、この犯罪者は自身の祖国を自ら悪しく貶め、ある種の悪いイメージを我が国に植え付けたと言う点でも大罪と言うべきです。
この犯罪者は自身の国をスターリングラードのごとく称し、あまつさえ、同心する日本人にとっても、そうした認識を何の抵抗感なく持たせたのです。
こんな事がまかり通るありさまで何が多文化共生なのでしょうか。別段、よそ国文化に対して無関心であってもいいと言う事じゃないのではないでしょうか。
不法滞在者に同心する連中は結局の所、こうした犯罪者の祖国での事には無関心で、眼前の外国人に対していい奴面をしていい気になっているだけなのです。

多文化共生をとなえるやからは不法滞在を敵視せよ!

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親の悪行を看過して、何の子供の人権か

みなさんおはようございます。早速ながら、東京新聞からの引用からご覧ください。

 偽装結婚した外国人の女が、子どもに不法に日本国籍を取得させる「偽装出生」の摘発に、警視庁が苦心している。大半は中国人で子どもを帰国させているケースが多く、立証に必要なDNA型鑑定が壁となり、摘発は容易ではない。捜査関係者は「摘発は氷山の一角で、広がる恐れがある」と警戒を強めている。 (山内悠記子)
(引用ここまで。) 詳細

まずもってこの種の記事に関して感じた事は、人権派連中としては、こうした出来事に関してブーイングを行うべしと思う事です。連中の発想は「子供に罪はない」で子どもの日本国籍をそのままにしておけと言う程度の事ですが、それはとりもなおさず、親の悪行のために子供が駒にされたと言う事なのです。
真に子どもの人権が尊重されるべしと言うのであれば、こんな事件があってはいかんでしょう。子供本人のあずかり知らぬ所で、その子供は一時的ながらも見ず知らずの男の子供と言う事にされて、その男の金儲けの具に供される一方、真なる両親とも一時的ながらも同居できない状態に置かれているのです。
仮にかような悪行が可能な環境になかったならば、子供はちゃんと真なる両親の下で暮らす事が出来たでしょうに、そこが中国だと言うだけで、どうも否定的に見るやからがいるようです。
こんな有様で多文化共生言った所で、所詮は向こうでの国、向こうの暮らしに対して無理解無関心であるだけでなく、わが国ばかりが至高のパラダイスだと吹聴することでしなかく、却って文化鎖国的発想ではないのでしょうか。
そんな発想に行きつくのでしかないのであれば、多文化共生だなんてきれいごとは言わないで欲しいです。何とも下らない言葉です。

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史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝⑬

昨今は多文化共生に関してさながら「おもひでぽろぽろ」よろしく頻繁に書く内容が思いついてしまって、よその事に関しておろそかになってしまっております。思えば「史上最大の潜水艦隊・デーニッツ伝」は半月くらい停止状態にありました。そこで今回はその13回目と行きます。

ドイツでは海軍の戦略はどうだったかとなると、もともと分裂状態が長かったために、ろくな海軍ができる状態になく、普仏戦争においても、負け戦すらできないようなしょぼい海軍力しかなく、統一以降、ようやく世界に比肩できるような海軍の創設が可能となりました。
ヴィルヘルム二世がわが将来は海上にありと宣言し、ティルピッツが海軍長官に就任して以降、それが本格化して行きました。これによってイギリスは有史以来初めてドイツ人が自国にとって脅威になりうる存在だと言う自覚を持つようになりました。
しかし、ドイツからすればゼロに近い所からのスタートであったのに対して、イギリスはと言うと、よその2か国が合同しても、その海軍力を、わが海軍は上回っていると言う前提で巨大な海軍力が成りたっていたので、それに対抗すると言う事は至難の業でした。
そこで、ドイツが取り得る戦略とは、それを打ち破るには大きな損害を覚悟しなくてはならないと言う程度の規模を備える事でした。わが海軍を打ち破るのに大きな損害を出すのに躊躇してくれれば、イギリスはおいそれと我が国に対して強くは出て来ないだろう。そう言う目論見で海軍力の整備がなされましたが、これが何とも欠陥品的な戦略でした。
何しろ、イギリスからすれば、自国の通商路の保護がかなえば、別段ドイツ艦隊との決戦は必要ない訳で、幸い、本土が壁となって、おいそれとドイツ艦隊に通商路が脅かされる事はありません。イギリス本土を迂回して通商路に出るのには距離が長くなり、もっと北の方に補給基地がない以上、ドイツ艦隊が大挙して大西洋に出る事はあり得ません。
それにドイツ帝国を潰すと言う事を考えるのならば大陸国ですから地上戦で決着を付けざるを得ないでしょう。どちらにしてもドイツ艦隊との決戦は必要なく、イギリス側としては引っ込んでいてくれればそれに越した事はないと言っていいでしょう。よしんばドイツ艦隊の方で出撃して、イギリス艦隊の漸減を目指そうとしても、逃げると言う手段もあります。
何といっても、イギリス側はドイツ艦隊が補給の事情から大西洋まで大挙して出て行くと言う事態を考慮しないで済む環境にあるのですから、無理して戦わなくても良く、封鎖状態で済ませれば、それで戦略的に勝利と言って良いのです。
現実に第一次世界大戦では、そのような形で両国の海軍の戦いが進行して、ドイツ艦隊は大した戦いをする事なく、潤沢な兵力を有したまま終戦を迎え、戦後のスカパフローでの自沈に至ったのでした。

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多文化共生はママ友の埒外を作る可能性あり

みなさんおはようございます。本日は休みなので朝からの更新となります。今日も例によってと言うべきか、多文化共生に関してのエントリーです。
改めて多文化共生とは、結果的に、我々の側に対して負担を求める代物でしかありません。我々に対してよそ国文化に対する理解を求める割には、日本に居つく外国人に対してはそれほど我が国に関する理解を求めると言う事はありません。
そのとばっちりを食らうのが子供であると言うのは、既に述べた事であります。ただでさえ自ら日本語を習う事を怠ったまま日本に居つく割には、子供には学費負担忌避のために公立学校へ通わされて、居住者の必然と言う奴として日本語学習を強いられます。
そして中には既に述べたように、この期に及んで自身の負担を何とかして忌避したい親によって、自身の母語の教育を子供が通う公立学校で施行してくれと要求するずうずうしい親もいて、そんな愚かしい親に同心する連中もいます。
俗に言うママ友とは、子供が同じ学校に通っていると言う縁で母親同士がよしみを持つと言う物ですが、自ら日本語を習わず、子供の教育に関してもこのありさまでは、この手の外国人の場合、ママ友の埒外になる可能性が高いと思われます。
よしんば子供がクラスメートの外国人生徒の言語を習ったとしても、そう言う事態を招いたのはその親である以上、親が子供の身の回りに関することに関して無関心である訳ですから、ママ友の中に加わることはないのではないでしょうか。何しろ、そうした言語は子供だけが学校で強いられた事であって、親自身にとっては強いられた事ではないのです。いわんや、外国人の親の方で無関心状態にとどまっている以上、クラスメートの親としてもどうしようもないじゃないですか。

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単なる道楽に差別や人権を持ち込むな

みなさんこんばんは。本日も多文化共生に関する記事であります。ではどうぞ。
よく、自分のような発想に関して、排外的とか差別とか主張する人がいるようですが、自分としては反対じゃないかと思います。何しろ、既に多文化共生はただ単に道楽だと割り切ってしまえば良い物を、そうした物に関して差別とか人権とか言う概念を持ち込む事自体いかれていると書いた次第です。
所詮は、その場においてくらさない事には、そうしたよそ国文化の必然性などないじゃないですか。日本の中の環境、秩序、経済水準などの下でそうしたよそ国文化ははぐくまれてきたのでしょうか。よその国に移った状態では、オリジナルの文化とは言えず、我々が知るのは異なる環境の下で変質した物でしかないのです。
だからこそ、そんな有様の元では道楽だと割り切って、面白い、詰まらないの評価があっても差し支えないでしょう。もし、ここで詰まらないと言う評価をする事が差別だと言うのであれば、逆に肯定的に評価したとしても、それは上っ張りの物でしかなく、上から目線の物となるか、あるいは貧者に対する施しのようになってしまうのではないでしょうか。その方が、却ってよそ国文化に対する侮辱ではないでしょうか。
改めて、よそ国文化に対する理解は道楽だけにとどめておけば良いと割り切ってしまえば、そのための施策など不要で、いわんやそんな事のために公費を投じるなんて愚の骨頂です。単なる他人の道楽ごときになんで公費を投じられてまで付き合わなくてはならんのでしょうか。主観としては、自身にとって無関心な事に、そこまで目立った状態をこしらえられて目の当たりにされては、むかつくのですよ。

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相互理解と共生とは必ずしも合一ではない

みなさんこんばんは。今日も書くことは多文化共生です。何やら昨今は多文化共生シリーズの体をなしている状態と言っても良いでしょう。
自分がこの言葉に関して好感を持てない理由として、どっちに転んでも我々の側が負担をこうむる形で推し進められている点にあると言えましょう。
自国に鎮座したままの元ではよそ国文化に対する理解なんぞは単なる道楽的な側面でしか成り立たないのですから、興味がなくとも勝手にさせろ。興味がある者は自己負担でのめりこむべし。その程度で推し進めるべきです。
それを無理に関心を持たせるように仕向けて、そのために公費を投じる。さにあらずんばよそ国に対する差別とでも言いたげな主張をする。そこまでごり押ししなくてはならないとしたら、案外、そんな文化にはそれほど価値がないのであって、真に面白い物ならば、黙っていてものめりこもうとする人はのめりこむでしょう。いずれにしても必然性がない物に関しては放置すべきです。
そんな物に公費を投じるのは、別段、その文化に関して真なる関心がもたれていると言うよりも、そう言うふりをして、仕事や補助金を得んと欲する発想からの物でしょう。それくらいならば、国内の事に関して振り向けて欲しい物です。
さて、よそ国文化に対する理解を共生に結び付けるやからがいるようですが、別段、そうした物に対する理解と共生とが合一であるとは限りません。
何しろ、居つく側も受け入れる側も単なる利己的な発想でしかないのであれば、よしんば理解があった所で、争う時は争うでしょう。そして、逆もまたしかりであって、よそ国文化に対する理解がなくとも共生が可能な余地はあるかも知れません。
その点の所は、人権をのたまう馬鹿どもによって自爆的な暴露をしたのではないでしょうか。単なる絶対値的な物でしかないのに、外国人よりも日本人の方が犯罪が多いと主張する者がいます。日本人同士ですら犯罪の加害者、被害者の関係が生じるのに、よそ国文化の理解が争いをなくすのに役立つとは必ずしも言えないのではないでしょうか。
また、不法滞在者擁護のために、往々にして「日本人と同じように暮らして来た」などと言う主張が出てきます。そこには、別段、よそ国文化に対する関心が持たれているとは思えません。ただひたすら日本暮らしだけが望まれているだけでして、そのためにはよそ国文化なんぞは捨てられても構わないと思われているからこそ、そのような擁護が成り立つのです。
不法滞在は論外ですが、そこでは日本にあらんと欲すればこそ、そうした外国人は我が国に迎合せんとしているから、そのような多文化共生を否定するような形での擁護がある訳ですよ。

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よそ国文化に対する援助は無用

みなさんこんばんは。本日もまた多文化共生に関して書いて行きます。国内にとどまった状態でのよそ国文化に対する理解は必然性がなく、そうした物に対して傾倒して理解を深めたとしても、それはあくまで多分に道楽的な物にとどまるのに他なりません。
すでにアニメの「おもひでぽろぽろ」で取り上げたように、よしんば田舎でしばらく働き暮らしたとしても、それは主人公にとっては休暇の範疇で行われた物でしかなく、元来そうした働きの下で暮らして行かなくてはならないと言う前提で行われたものではなかったので、主人公にしてみれば、農作業も、その行為自体が目的であって、その結果に関してはそれほど真剣に考えていた訳ではなかったのです。
休暇の中での行為でしかない以上、その行為に嫌気がさしてしまえば、すぐに切り上げて、実用的な部分は東京での会社員として立場に戻ればいいのです。しかし、農村で暮らす人にとっては、苦しいとか嫌とか思っても容易にその場から逃れる訳には行かず、問答無用でその行為を日常的な物として行わなくてはなりません。
個々の文化と言う物は、そうした所から生じる物であって、とことん理解するのならば、現地で自ら職を得て働き、自ら居住地を確保して暮らす所までやるべきだと思います。そこまで行き着く覚悟がないのであれば、安易に多文化共生などと言うべきでありません。
さて、改めて国内にとどまってのよそ国文化に対する理解は所詮は道楽レベルでしかないのですから、せいぜい個々の勝手に任せておくのが正しいあり方であって、公儀がよそ国文化に対する保護にかかわる筋合いはないし、いわんや、補助金をくれてやるなどもっての外であります。
補助金に関することは、せいぜい自国の事に限定して行うべきことであって、よそ国文化に関してはそれぞれの国が行うべきでしょう。
この事で、安易に差別を言うやからがいると思いますが、文化と言う物が日々の生活や環境によって左右される以上、よその補助金をあてにしたがるような条件にある物にしても、安易に補助金をくれてやるべきでありません。
そもそもオリジナルの文化は始めからよそ者が出すお金によって成り立ったのでしょうか。裕福でないにしても、そう言う環境なりに文化がはぐくまれて行った以上は、安易に補助金を出してやることは、オリジナルに忠実な文化保護に外れる結果となって行くのではないでしょうか。
中には、始めから他人がお金を出してくれる事をあてにして、文化の中身をでっち上げて水増し請求みたいな事をやりかねない馬鹿者もいるかも知れません。

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必然性なきよそ国文化は淘汰すべし

みなさんこんばんは。今日は昨日の分で書き足りないところを付け足していきます。
多文化共生は、元来文化に優劣などないと言う視点から言えば、居つく側にしても、受け入れる側にしてもいずれにしても打算的な物でしかないと言えましょう。要するに共存できるかどうかと言う視点では別問題でしょう。居つく側からすれば、元の居住地よりはましと言う視点からの物であって、一方、受け入れる側にしてみれば、自ら常用している既存の文化の中にはない、実用的ないしは道楽的なメリットがたまたま存在している物に限って受け入れると言う程度の物でしかありません。
よって、そこによそ国文化に対する理解の有無は無関係でして、まずもって居つく側が、移住先の環境に対する理解と言う物が必然となってきます。
良く、「郷に入っては郷に従えむと言われていますが、どうも、多文化共生を唱える連中にしてみれば、よそ様に対する強制は良くないと言う点を強調するきらいがあります。そのくせ、我々に対して、よそ国文化に対する理解を求めます。こちらの方こそ強制ではないでしょうか。
しかし、いったん異なる地に移住したならば、既存の文化がそのままの状態でよその地において行使しなくてはならない必然性は薄れてきます。そもそも個々の文化のいずる必然性はその地のその地の環境によって左右される訳でして、強制するも何も、その環境がその文化を必要としている部分も多い訳でして、いったん移住してしまえば、文化自体も変質する事は避けられないでしょう。
さて、改めて受け入れる側としてはよそ国文化に対する理解は必然ではなく、道楽的要素が物を言う以上、差別もへったくれもありません。別段公儀において配慮する必要などなく、その文化がそれなりの価値があれば勝手に広まる物でしょう。
よしんばそうならないとしたら、その文化が道楽的な価値がない訳でして、淘汰されるのは致し方ありますまい。

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せいぜい道楽だと割り切れ

みなさんこんばんは。本日はこれまで何度も批判の対象としてきた「多文化共生」に関して、また書いてみます。
この種の主張をする人は、よそ国文化に対する理解を深めて行く事で、差別をなくして行こうとでも言いたいようですが、元来、文化には優劣などなく、ただひたすら違いがあるのみでしかありません。よそ国文化に対する理解をするもしないも、個々の環境によって、出ずる文化に違いが出る以上、本気でよそ国文化に対する理解を深めて行こう物ならば、その国で暮らすくらいの事をやらなくてはいけないのではないでしょうか。
しかし、ちまたで叫ばれている「多文化共生」とは日本に鎮座したままでよそ国文化に対する理解を持とうと言っているのに過ぎない訳でして、はたしてそれらの連中がどれだけ本気で考えているか疑わしい物です。日本に鎮座している状態のままでは、よそ国文化に対する理解を持とうにも、それを推進する動機は道楽的な物に頼るしかないでしょう。何しろ必然性がない訳ですからね。
たとえば、キムチを食べて、マッコリを飲んでうまいと思った所で所詮は道楽に過ぎない訳でして、そう言う感想を持って韓国に対する好感を持っても、韓国に対する理解のごく一部でしかないのです。改めて、それはあくまで道楽に過ぎない立場の物ですから、ある物に関しては嫌いでも無関心でも良いでしょう。
しかし、「多文化共生」を唱える連中の発想からすれば、どうも受け入れて当たり前で、そうしない事こそ差別に値すると言う事らしいですね。
よそ国文化に対する理解は現地で暮らせばこその必然であって、それすらしない立場の下での理解は道楽的な発想でしかあり得ないのであって、そんな所に差別とか人権なんぞと言う言葉を持ち込むことの方がいかれているとしか言いようがありません。文化に優劣などなく、ただ違いがあるのみだと割り切ってしまえば、その中での取捨選択があってしかるべしと思い立つのが自然であって、むしろ、よそ国文化に対する侮蔑感があるからこそ、却ってそのような非柔軟な発想に至るのではないでしょうか。
たとえば野球やサッカーの特定のチームをひいきして、そのチームの応援をすると、それ以外のチームに対する差別となるのでしょうか。いちいち差別を持ち込んだならば、却って違いを理解することができなくなるのではないでしょうか。むしろそう言う主張をする彼らの方が本音としては差別的で、それを隠ぺいして上っ張りのいい奴面をしたいがために差別をするなと言っているだけに過ぎないのだと思うのです。

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「おもひでぽろぽろ」に見る異文化理解の困難さ

みなさんおはようございます。今日はジブリのアニメ「おもひでぽろぽろ」をネタに書いていきます。この事は、前に何かの前置きでちょっと書いたような気がするのですが、どこで書いたのか失念したので、改めてメインで書いていきます。
このアニメの内容は、かねてから、農村を意味する「田舎」と言う物を欲していた主人公が、姉が山形の農家に実家を持つ旦那を持ってくれた事で、その念願がかなって、2度目の帰省もどきの旅行に出かけると言う所から始まっています。
本編中では、休暇において農作業に従事する一方、タイトルになったように、頻繁に主人公が小学5年生だった時の回想が出てきます。
まあ、なんと言っても最も注目すべき所は休暇9日目の夜、翌日帰還と言う時の事です。休暇に基づいて主人公が「田舎」と言う物を余りに気に入っている事に関して上機嫌になったのか、おばあさんが、「トシオの嫁にならないか?」と言いました。
トシオは、姉の旦那のまたいとこに当たり、主人公の農作業指南に当たり、農閑期の冬季にはスキーのインストラクターをやっているとの事で、それ生かすべく、主人公に対して冬になったら来いと誘いをかけていました。
そうした事を見れば、縁談自体は決して的外れな物とは言えないでしょう。しかし、その話の意味する所は主人公にとってこれまでの田舎感をひっくり返すほどの大それた物となりました。これまでさんざん田舎の良さと言う物を理解して、それを臆面もなく吹聴してきましたが、所詮それはあくまで道楽でしかないと言う事に気づいたのです。
「都会者の分際が、安易に田舎の良さを理解できるものか。そんなに言うんなら、ここで働いて、そうして得た結果の中で生活できるのかよ」
主人公にとって、そこでの縁談話は婉曲にそのように指摘された皮肉のように感じられ、自分の浅はかさに自己嫌悪に至りました。もっとも、その話をしたおばあさん本人にしてみれば、大真面目な物だったようで、翌日の見送りの時も、冬に休暇で訪れた時に回答をしてくれと言いました。

多文化共生を言うやからは、この部分を改めて見るべし!

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