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趣味:緑地や山のほうへのハイキング
映画、ドラマ:戦争映画や時代劇が中心。アイドルやトレンディドラマの類は興味なし
外国関連:中国、韓国、北朝鮮と言った反日三馬鹿国は嫌いです。

竹島はわれらが領地なり

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一方的によそ国文化につき合わされるのはごめんこうむる

皆さんこんばんわ。自分が寒流にも多文化共生にも好感を持たなかったのは、その根っこが共通しているからです。要するに、世間の流行に迎合すると言う発想に欠けている点にあります。
これは別段差別とは関係なく、嫌韓と言う概念がない時期においても、寒流に対する意識は大して変わりません。寒流を抜きにしてしまえば、国内においてもっともうっとうしいのがAKBであります。
そもそもが自分にはアイドルに耽溺すると言う習慣がなかったわけで、かようなどうでもいい代物がどこかしこに出没する事には少なからず不快感をもちました。それと比較したならば、これより古いモーニング娘に対してはそれほどうっとうしいと言う思いがないとしたら、AKBほどに目立っていたと言う記憶がないからです。いずれにしても、小娘が数十人寄せ集まっていると言うグループと言う点では共通しており、よしんばうっとうしいしい代物でなくとも無関心の対象でしかないと言う点では似たもの同士ですな。
さて、多文化共生にもこうした発想が生きている訳でして、所詮は向こうの方から一方的にやって来たのに過ぎない連中に迎合しなくてはならない筋合いはなく、おのれの好みに外れれば、よそ国文化なんぞに対して無関心であっても何が悪いと言う思いであります。
むしろ、おのれの一方都合によって来日した者こそ、より多くの日本文化に対して理解を示すのが筋であって、逆にこちらの方で連中の文化に付き合わされる事態に出くわしたならば、却って逆効果になるしかないのではないでしょうか。

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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル : 政治・経済

生きて償うは現実的にあらず

 山口県光市の母子殺害事件で、殺人や強姦(ごうかん)致死などの罪に問われ、3月に死刑が確定した元会社員大月(旧姓・福田)孝行死刑囚(31)の弁護団は26日、東京都内で報告会を開き、10月にも広島高裁に裁判のやり直しを求める再審を請求する方針を明らかにした。

報告によると、8月に弁護団会議を開き、請求時期など詳細を詰める予定。新証拠として、法医学者や心理学者の鑑定結果などを検討しているという。再審請求について、大月死刑囚は「事件が何だったのかを明らかにし、生きて償っていくことが本当の務めだ」と話しているという。

(2012年5月26日19時41分 読売新聞)

この下手人は当事者であるのにもかかわらず、「事件が何だったのかを明らかにし、生きて償っていくことが本当の務めだ」だなんて言っている所は、さながら他人事みたいです。
それにしても、生きて償うと言う事は果たして可能なのでしょうか。どうも現実的とは言いがたいのです。最も現実性に近い物があるとしたら、それは終身懲役に他ならないのですが、昨今往々にして指摘される孤独死が存在する事に比べれば、一旦監獄にあれば、そうした「心配」と言う物はなく、怪我や病気になれば、それに応じた面倒を見てもらえるとなれば、結局の所、少なからず公費が投じられる事となるのです。
さりとて釈放と言うのもべからざる物に他なりません。よしんば、それが償う事を前提とした物となれば、一般人に認められている個人的な諸所の欲望を絶って、得られる所得の中から最大限差し引くと言う事になるのでしょうが、そもそも、かような元犯罪者に対して高い給与を出してまで雇用しようなんて会社はなかなかありません。
時代劇なんかでも、往々にして島帰りと称された、遠島から御赦免になった者には再就職は容易でなく、意地の悪い目明しに至っては、いちいち周囲に、こいつは島帰りだとして、奉公構えみたいな事をやって目明しにとって都合の良い方向に誘導するケースがあります。
まあ、現代社会においては意地の悪い目明しによる就職妨害と言う事はないでしょうが、自身の悪行の大きさと言う物との比較においては因果応報もいい所でして、被害者に対する償いよりも、ひょっとしたら自分自身の生活のために生活保護なんて馬鹿げた事もありえるのではないでしょうか。
そもそも、こうした者がすんなり死刑にならないのは人権派の馬鹿どもの援助があるからであって、こんな下司でも一旦娑婆に出てしまえば、生活保護の恩恵に服させる事には躊躇しないはずです。
その時には、お得意の「差別」を称して、件の元犯罪者はせっかく償うために生きているのに、社会全体がそれを邪魔をするなどと、とんちんかんに被害者扱いにしてしまうのではないでしょうか。所詮は、こうした下手人は人権派の馬鹿どもの唱える主義主張のための駒でしかないのです。
考えようによっては、この種の下手人に対して、迅速に死刑を課す事は慈悲でもあるのです。なまじ死なないために、新たなトラブルの種となって、またまた周囲に対して迷惑を振りまく結果となるのです。

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テーマ : 社会問題 - ジャンル : ニュース

第二次世界大戦兵器没落列伝・魚雷編②

本日の更新は「第二次世界大戦兵器没落列伝・魚雷編」の2回目となります。
魚雷は破壊力が大きい一方で、元来接近兵器として位置付けられていたため、必然として一発必中狙いが前提となっていました。何しろ、日露戦争当時の水雷艇や駆逐艦の場合、1隻当たり1本か2本しか魚雷を搭載していませんでしたから、接近して近距離からの雷撃とならざるを得ませんでした。
そうなって来ると、雷撃に至るまで敵の反撃と言う事が必死となりますから、遠距離から砲撃を加えながら次第に接近しての雷撃と言う形がセオリーとなる訳でして、そうしたリスクを抑えるためには魚雷の航続力の向上が不可欠となって行く訳ですが、魚雷は砲弾に比べてスピードの遅い代物であったために、航続力の増大によって遠距離からの雷撃が可能になった反面、一発必中狙いが困難になると言う欠点が次第に明るみになって行きました。
そうした欠点を克服するために、まず高射砲弾のごとく、数撃ちゃの発想がここでも適用されました。駆逐艦に搭載する魚雷の数は勢い増大し、1つの目標に対して同時に何本もの発射が可能になり、扇状に拡散するような形で魚雷を走らせれば、その中に敵艦を捕らえれば、どれかは当たると言う発想を可能としました。
まあ、それでも事前に敵に魚雷を発射される所を見られたり、あるいは雷跡を発見されれば、よけると言う事が出来る訳でして、砲弾に比べて数が限られている事を考えれば、安易に発射できる物ではなく、依然として敵の砲撃をかいくぐっての接近して雷撃しなくてはならないと言う危惧は残っていました。
それを克服する手段としては敵に見られないほどの遠距離からの雷撃、そして雷跡が残らないようにするしかない訳でして、それが可能な物として酸素魚雷と言う発想に至った訳です。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

傲慢なのはどっちだ

外国人労働者にもっと配慮を
インドネシアから来日し、国家試験に合格した介護福祉士らの帰国が問題となっている。人材不足に直面する各福祉施設は、多額の支援をするなどして労働力の定着に期待したが、苑外国人が資格を取って帰国してしまう。施設側の戸惑いと落胆は大きいだろう。
海を越えてはるばるやって来た人々の思惑はさまざまだろう。母国の失業率の高さが外国での労働を促してきた面もある。
しかし、日本側に問題はないだろうか。外国人労働者を単なる補助役として利用しようと言う認識はないか。労働力の受け入れは彼らの単身赴任を前提とし、家族生活を引き裂いて大きな損失を与えている事に日本側は鈍感だったのではないか。一家団らんを犠牲にした労働市場では、人材は定着してくれない。家族を引き裂かれていつまでも安心して働ける訳がないからだ。
外国人を単に利用できればいいと言う認識なら、先進国の傲慢だと思われよう。途上国の人々の気持ちに寄り添えず、信頼関係を築く事が出来ない日本の、根源的な問題がそこにあると考える。(引用ここまで。5月22日分)

まず以ってこの投書は現実的とは言えません。そもそも専門学校まで通って資格をとるにしては介護福祉士の給与が安い事。こうした介護業界全体の問題がからんでいるのではないでしょうか。現場で介護に携わる人が世帯主で、その給与によって家族を養っていると言うケースが珍しくないという訳ではなく、現実はパートタイム並みな有様となっては、いかに外国人に対する配慮をと言った所で、かような安い給与の元ではそれは難しいのではないでしょうか。
話は下がって別段、我が国は外国人に対して単身赴任に徹している訳ではありません。家族帯同で子供が公立学校に通うなんてケースがある訳ですし、より高い給与が得られる仕事に就けば家族帯同と言う事は決してべからざる事ではないのです。
今回のケースにしても、家族帯同をべからざる事となっていたわけではなく、規定の給与によってそれが可能であるのならば、決して禁止事項という訳ではありますまい。まあ、もし、これらの外国人に対してさような配慮が可能であるのならば、まず以ってこれまで雇っていた日本人に対してもそれができるはずであって、結局の所、安い給与のままにとどめ置く便法として外国人採用と言う事になったのだと思います。
さて、この投書人は「先進国の傲慢」として家族を引き裂く結果に関して批判的に見なしていましたが、では、元の国での居住から引き離す事は非道ではないのでしょうか。そちらの方が傲慢なのではないでしょうか。
日本で働こうと欲する本人ですら「日本語の壁」なんぞと泣き言をほざく有様で、それに同道するのに過ぎない家族に至っては、その苦労はいかばかりでしょうか。いわんや、帰国したと言う人の場合は、親の看護と言う事です。
看護が必要な有様では、安易に遠くへ引っ張ってはいけないんじゃないでしょうか。よしんばそれが可能だとしても、全く異質な環境の元で苦労して、気鬱になるとは思わないのでしょうか。
往々にして、外国人に対する配慮なんぞと言う人は、そうした外国人の元の国での暮らしと言う物に対する尊重が欠けているのです。いちがいに日本で暮らした方が万事幸福だと言う発想こそ、最も傲慢のそしりに値する物ではないでしょうか。

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有給休暇は絵に描いたもちか

まずは引用文からご覧ください。
かつては有給休暇の消化率100パーセントを労務管理の方針とする企業も多く見かけたが、長引く不況で有給休暇の制度は絵に描いたもちになっていると感じる。
わたしは昨年、息子と旅行に行くために3日間の有給休暇を申請した。1カ月以上前に申請したが、上司は「旅行なんかで有給休暇を取るなんてありえない」。躊躇したが、思い切って労働基準監督署に相談した。指導してくれると信じていたわたしに、意外な言葉が返ってきた。「取らせないのは違法ですが、拒否しただけでは駄目です。有給休暇を申請したら会社が拒否しても休んでください。不利益な取り扱いや欠勤扱いにしたら違法となりますから指導します」
上司に逆らって強引に休める訳がない。どうして拒否した段階で指導できないのか。機能しない制度であるのならば、いっその事買い取りを義務化したらどうか。有給休暇の付与日数は昔に比べて格段に増えているのに取得できないために毎年時効で有給休暇を捨てている。
それならなくなる有給休暇を買い取る義務を課すことで、会社は有給休暇取得に前向きにもなるだろう。社員も取れなかった分は買い取ってもらえる。(引用ここまで。5月8日分)

わたしも一介の平社員の1人ですが、第三次産業に属しているために、必ずしもカレンダー上の色によって自身の休みが決められている訳ではありません。もちろんそれは有給休暇とは別の物であります。要するに第三次産業に属している以上、誰かしかが土日だろうと平日同様勤務日になり得ると言う前提で仕事に従事する事は別段珍しくないはずなのですが、にもかかわらず、いまだに、そう言う風に勤務を行っても、それによって恩恵を受けていながら、そうした自分と面を合わせる人の中には、それをあたかも休日返上で行っている特殊行為のように見なす人が存在しています。
まあ、祝祭日の場合は休日手当てをもらっての出勤となりますが、土日の場合は別の平日に休みが割り振られる訳でして、別段弊社の中においては休日出勤の扱いとなっている訳ではありません。
かようにわが社の場合は、すべての日を営業日とする形態となっているために、すべての社員が等しく同じ日、同じ時刻にに出勤し、同じ時刻に勤務を終了とすると言う風にはできず、常に一部の社員が勤務を休んでいると言う前提で社員を抱えなくてはならないと言う事から、ある意味では、有給休暇の取得には好都合な部分があると思います。
まあ、それでも引用文にあるような形態での休暇取得はめったにかなう物ではなく、たいていの場合は、年度末にまとめて計画年休と言う形で次の年度の分を「予約」する形での取得が一般的となっています。
さて、多くの企業ではカレンダー上での色によって休みを決めている所から、すべての社員が等しく同じ日、同じ時刻に出勤し、同じ時刻に就業すると言う前提で仕事をする物だから、案外、有給休暇には不都合なのではないでしょうか。
思えば、こう言う会社では、年末年始やお盆、ゴールデンウィークのような時期に、元来黒い日にも休みを設定して、連休状態にするケースが多いです。会社の立場では、個人都合の有給休暇よりも、会社の方で一方的に休みを決めた方が労務管理もやりやすいですからね。

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周囲の人権やいかに?

教員入れ墨、一転調査へ 大阪市教委
 大阪市が職員を対象に行った入れ墨調査を巡り、市立学校の教職員約1万7000人への調査を実施しないことを決めていた市教委が一転、調査を行う方向で最終調整していることがわかった。一律のアンケート方式ではなく、校長が教職員の入れ墨の有無を聞き取りなどで把握して市教委に報告する案を検討しており、22日の教育委員会議で協議する。

 市教委は今月8日の教育委員会議で「人権上問題だ」などとして、調査を行わないことを決めたが、「入れ墨を容認するのか」との抗議が相次いだ。

 市教委はその後、「入れ墨は子どもを不快にさせるもので、教員でも許されない」として方針を転換、調査の必要があると判断した。

(2012年5月19日 読売新聞)

なぜかしらん、かようなことで人権を持ち出すやからがいます。要するに一方では、刺青を入れる権利を主張するかと思えば、また別の視点から言うならばプライバシーを持ち出したり、なんとも支離滅裂の状態を示していると言えるのではないでしょうか。
そもそも刺青を入れる権利を主張するのならば、それが堂々と周囲に見せても違和感がないと言う前提があってしかるべきなのに、一方ではプライバシーを主張する所なんかは隠しておきたい代物であると言っている訳でして、とても堂々と見せられる物ではないと自ら認めているのです。
なるほど法的には、しかるべき資格のある者に入れてもらうと言うのであれは刺青には無制約の部分もあるでしょう。江戸時代においても、犯罪を犯した者の腕に大砲に描くキルマークよろしく、一周する形で刺青をするなんて事がありますが、それでも、規定の服役を全うした者は娑婆に戻していた訳でして、その後に関しては社会の常識によって委ねられます。
その結果、前科者である事が再就職に不利になるケースが多いわけですが、その一方では、やくざが自ら好んで派手に刺青を入れて、場合によってはそれを威嚇の道具に用いるなんて事が往々にしてあります。
今回のケースにしても、児童相手の威嚇に見せたと言う所から始まっているとなれば、逆の意味での人権問題が指摘されるべきでしょう。もし、刺青に、周囲に対する脅威のシンボルとしての意味合いがなかったならば、今回のような大問題となる事はなかったと思います。
それにしても、刺青と言えば、銭湯やサウナなどで入店遠慮されているケースが多く、別段配慮などする必要などない、無理して入れる必要のない代物でしかないのに、あたかも障害者のごとく保護をしてやろうと言うやからが存在しているのはなぜでしょうか。
どうも、自分にはこの種の連中の発想は、死刑廃止を主張したり、凶悪犯を射殺した警察官に対してブーイングを行うような感覚でいるのではないかと思います。

刺青に人権を言うならば、刺青のイメージを良くするようにしたら?

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姦酷塵!/日本海のかなた

皆さんおはようございます。今日は久々に「嫌韓替え歌集」でお送りいたします。一気に2曲です。まずは1曲目「姦酷塵!」元歌は「ヤングマン」です。

姦酷塵! 付け火が多いーぞ
姦酷塵! 強姦が多いーぞ
姦酷塵! ほこれーるもーのーはないんだから
姦酷塵! 暴力多いーぞ
姦酷塵! パクリーが多いーぞ
姦酷塵! まともなものーはなーいんだから

おろかしーい かーんこーくじん かーんこーくじん
妄想撒き散らーし 世界の鼻つまーみー
そうさ かーんこーくじん かーんこーくじん
妄想 吹き飛ばして いい加減まともになれーよー
姦酷塵!

2局目は「日本海のかなた」で元歌は「すばる」です。

1番
太平洋臨んでいればー 背後がやかましいー
日本海のかなたより 姦酷塵が叫ぶー
あーあー やかましくー はなはだうざいよー
なーぜー彼らは かくもーやかましい?
かーれらは叫ぶー ウリナラマンセー
かーれらーは行くー 狂気の世界ー

2番
国内見渡せどー 静粛望みなしー
あらゆる所にてー 姦酷塵が叫ぶー
参政権よこすニダー 年金よこすニダー
やたらとーかれらはー権利をーたかるー
かーれらは生きるー ウリだけのーためにー
よそのことー お構いなしにー

今回の替え歌はいかがでしたかな?(*´∀`)アハハン♪ 

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第二次世界大戦兵器没落列伝・魚雷編①

本日2度目の更新は「第二次世界大戦兵器没落列伝・魚雷編」といたします。これは先週まで書いてきた高射砲編の続編であります。思えば、魚雷と言う兵器は対戦車砲と高射砲の中間に位置する兵器ではないでしょうか。
対戦車砲は一発必中を狙い、高射砲は沢山砲弾を放ってと言う違いがあります。魚雷は砲弾に比べて大きな物でして、沢山携行できる物ではありませんが、さりとて必ずしも一発秘中を狙って放つ物とも言えないのです。
さて、帝国海軍ではよその国が開発を意図しながら不成功に終わった酸素魚雷を唯一開発に導いた実績がありました。魚雷の推進は、魚雷内にあるエンジンを駆動させる事で行われますが、そのために空気ボンベが搭載される訳ですが、この空気を酸素に差し替えれば、無用な窒素がなくなる分、必要である酸素や燃料の搭載量を増やす事が出来、あるいは炸薬の量も増やす事が出来ます。しかも、窒素がなくなった分、魚雷が走る時に出る雷跡と言う奴が出なくなり、魚雷を目視される事がなくなるのです。
それによってもたらされる利益として、魚雷1本当たりの破壊力が増大し、かつ航続力も増えて、遠距離からの雷撃が可能になる所にあります。しかし、今時の映画を見ても分かるように、潜水艦が放った魚雷が派手に雷跡を放出しており、現代では帝国海軍のそうした技術をぱくって酸素魚雷を用いると言う事はないようです。
要するに、そこに至る背景として、やはり対戦車砲や高射砲のように、第二次世界大戦において没落するだけの要因があった事は間違いありません。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

憐憫がるより違和感を持て

4月29日に群馬県藤岡市の関越自動車道で7人が死亡した高速ツアーバス事故について、中国人ブロガー「蒋豊」さんがブログでコメントしている。 一夜にして全国に名前が知れ渡った河野化山容疑者についてブロガーは、「彼が注目されたのは、中国と関係があったからでもある」と書き、元中国籍の中国残留孤児の子弟であると示した。 その上で「今回の事故は残留孤児二世たちの置かれた局面を明確に表している。言葉の問題で日本社会に馴染めず、政府からの経済援助もない。 (引用ここまで。5月14日分)
詳細はここから

何をくだらねぇ、と言うのが偽りなき感想です。
そもそも二世と言う事は、中国生まれでしょう。我が国に対して差別するなと主張する以前に、中国こそ、これらの連中が中国にあって当然と言う発想はなかったのでしょうか。どうも、同胞扱いと言うよりは、異質な血統の混じった「粗悪品」と言う思いが潜在的にあって、それゆえに日本に追いやって当然と言う思いがあったのではないでしょうか。
一方の日本でも、彼らを受け入れて当然と言う発想があるのではないでしょうか。我が国では、これらの連中を中国で苦労してきた気の毒な人にしてしまう人がいますが、結局それはいちいち日本を基準に物を考えるからでして、中国を基準に考えたならば、別段そうした「苦労」は異常な事ではありますまい。
日本で暮らせば、万事楽ができるとでも思っているのでしょうか。我々だってそれなりの苦労があるのです。却って日本にいなければ、そうした苦労はなかったのです。言語上の苦労なんてのは、その典型的な物ではないでしょうか。中国に留まってさえいれば、これまでさんざん使用してきた中国語だけで済むのです。なじめなければ無理して来日する事はないのです。
我々の視点からすれば、必ずしも中国が差別をしているとは言えません。もし、徹底的にかの国が差別を行っているとしたら、一世にしろ二世にしろ決して現地の人間と結婚などできなかったでしょうし、日本に移住した三世の中には反日的な言動に走った者がいたと言う事は、等しくかの国での教育に与ったと言う事ではないでしょうか。
自分に言わせれば、これらの連中が中国人の一員として必ずしも悪い人生を歩んできたとは思えず、中国に留まって暮らした方が良かったと思います。にもかかわらず、厄介払いされたにしろ自己都合にしろ、いずれにしても中国に留まって当然と言う立場に立てなかった事は悲劇の元凶と言うべきではないでしょうか。ある部分では中国でも平等に事が運んでいたはずなのに、肝心な所では結局差別に至っているのです。
日本側でも、こうした事に関して無関心だったからこそ、却って憐憫がるケースが多いのです。それなりに関心を持ったならば、元来そここそふるさととしてあるべき所を出て行くことに関して少なからず違和感が生じるのが当然でしょう。現地で結婚をして子供や孫ができたと言うのに、どうしてその地を去る事が当然と言えるのでしょうか。現地生まれの人にとっては、なおの事、その地はふるさとではないのでしょうか。我が国はもっとこの種の事に関して違和感を持ってしかるべきであります。

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第二次世界大戦兵器没落列伝・高射砲編③

皆さんこんばんわ。本日2度目の更新は、「第二次世界大戦兵器没落列伝・高射砲編」の3回目です。
第二次世界大戦当時、陸軍の完璧な機械化がかなったのは英米だけで、ドイツ軍の場合、歩兵師団では大砲の牽引や兵站における動力は馬が中心となっていました。その中で例外的な物として対戦車砲は歩兵師団に属していようと車両牽引でした。
これは高射砲にも言える事でして、万事機械化が推し進められていました。そうした結果、高射砲部隊は元来空軍の所属であったのにもかかわらず、陸軍の機械化部隊との親和性が高く、高射砲大隊の配属が優先的に行われていました。
既に述べたように、発射速度が低く、しかも一発必中狙いの兵器でない事から、かように分割して動きの激しい前線で用いても元来の活用法が成り立たず、結果として、後々になっても、こうして前線に配備された高射砲は対戦車砲としての役割が中心となって行きました。
それでも戦争初期のように制空権に恵まれていた時期は良かったのですが、戦局が悪化して、制空権が怪しくなってくると、本来の役目も重視しなくてはならないのですが、機動力との兼ね合いと言う事も考えれば、高射機関砲の方が重視されました。
高射機関砲の方は発射速度が高いため、数撃ちゃ当たるの発想で物を考えるのには好ましい兵器でして、しかも、高射砲に比べて軽量なので、トラックの荷台程度への搭載も可能でして、ほとんど牽引でしか機動力を確保できない8.8センチ砲に比べれば有利でした。
こうした違いが物を言って、8.8センチ砲のような単発の高射砲は戦後廃れていき、軽量、少数でも多数の弾を発射できる高射機関砲が生き残ったのでした。従来の高射砲もまた、対戦車砲同様、ミサイルの到来によってその存在に終止符を打たれたのでした。

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

国籍は単なる衣類の類ではない

皆さんおはようございます。まずは引用文からご覧ください。

賛否両論 何残した? 
猫ひろしさんの挑戦には応援、批判、さまざまな賛否が渦巻いた。この騒動は一体なんだったのか。
猫さんはテレビ番組をきっかけにランニングを始め、2008年にフルマラソン初挑戦。記録を4年間で1時間以上縮めた。国籍変更は「最初はお笑いのネタみたいなものだった」。一昨年カンボジアであったハーフマラソンで3位に入賞した事で「最終決断した」と言う。
猫さんの挑戦に、早くから「違和感」を訴えた野のが作家の曽根綾子さんだ。3月発売の週刊誌で「カンボジア人になれば五輪に出られると安易に考えたならば、余りに軽い」と指摘。その頃から批判は広まった。
「国籍変更のの重さを理解して欲しい」。元中国国籍でソフトボール女子日本代表の宇津木麗華監督は、そう話す。アテネ五輪では準優勝の中国戦で決勝打を放ち、「裏切り者」と非難を受けた経験を持つ。
猫さんの家族は日本に残り、本人も日本での仕事のため、カンボジアと日本を行き来する。宇津木さんは「スポーツは神聖なもの。また日本人に戻るなら、やはり話題づくりだったのでは」と語る。
一方、猫さんを応援する声も根強かった。五輪に3回出場した陸上の為末大選手は、中東諸国がアフリカの選手に国籍を取得させるなど、スポーツ界のグローバル化が進んでいる実情を踏まえ、猫さんの不出場が決まる前から「国際的な陸上選手の大半の反応は、それをアウトにしちゃうの?だと思う」とツイッターでつぶやいていた。
韓国から日本国籍となり北京五輪に出場したアーチェリー女子の早川浪選手も「34歳でマラソンに挑戦し続ける事がすごい。国籍を変えた以上、後ろを向かずにリオ五輪を目指して欲しいむとエールを送る。
猫さんは何を目指しているのか。「アスリートとしてではなく、芸人として走る」。それが猫さんが繰り返した説明だった。(引用ここまで。5月13日分)

いくつか思いついた事がありますので、まずは中国から帰化したという監督に対して、件の中国からブーイングがあった事に関して、そんなブーイングをするのであれば、自国にでも振り向けたらどうですかな。かの国の場合、共産主義国にしては意外と国籍変更が容易だと言うのが違和感があります。
よその国の国民になれないように国が規制してくれれば、かような、彼らに言わせる反逆行為など成り立たなかったのですよ。にもかかわらず、現実には、少なからずの中国人があの手この手を用いて、自国からいねるためによその国の国籍を猟籍しているのです。
ひょっとしたら、この種のブーイングは自分自身がそれをできなかった事に対するやっかみでやっているのではと思います。
2つ目としては、二言目には「グローバル化」で片付けてしまう傾向。そんな事を言うのであれば、個々の国の代表が参加すると言う概念自体が無意味な物でしかなくなり、それくらいならばオリンピックなど廃止して、国際競技に関しては、どこの政府も与り知らない環境のもとで、物好きな企業が勝手に主催なり協賛なりをして始めたらどうですかな。どうせ国籍がお金でやり取りされるのであれば、競技の中身も所詮はお金次第。金儲けの道具でしかないと割り切ってしまえば、そう言うやり方にも却って整合性が成り立つと言う物じゃないですか。
最後に猫ひろし自身に対して。芸人として走ると言うのであれば、別段、オリンピックでなくてはならない必然性はなく、そう言うある種の自己顕示の場に国籍を持ち出すべきではありません。所詮彼の行いは、国籍なんぞはどうでも良く、ただ自分自身が目立つ場を欲したと言うのに過ぎません。そんな人間がオリンピックに出場する資格はないのです。

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却って嫌韓を増やした韓流ブーム

最近では、ようやくマスゴミでも韓流の凋落が伝えられるようになったようです。
そもそも韓流ブームなんて概念自体がまがい物に過ぎなかったのです。かように近い所にあるのだから、ブームなんぞと言う概念がある事事態違和感があってしかるべきであって、本来ならば、いにしえから何がしかの定着が見られてしかるべきだったのですよ。
しかし現実は、そのような定着が存在していた事はなく、近年になってから突然変異的なブームと言う概念が突如現れたのです。当然、それは自然発生的な代物ではなく、韓国からの押し売りであって、しかも、国を挙げての押し売りだったのです。
それは韓国国家ブランド委員会が予算を供出して、自国のイメージ定着を見るための政策と言う訳なのですが、要するにこれが裏目に出たと言う事に他なりません。たいたいからして、いにしえからの反日侮日の姿勢を改めることなく、自国の芸能文化に対して好意を持ってもらおうと考える事自体が虫が良いと言う物であって、それがなくては、芸能文化を売り込んでも、両国間の感情がそれに反映するだけに過ぎないのではないでしょうか。
曲がりなりにも両国間には国交があるのだから、個別に推し進めていった方が却って韓国にとっては好ましかったと思います。元来この種の物は、個々のタレントや作品に対する評価が先行されるべき物であって、彼らのやり方は、まず韓国に対する高評価を追求せんとする所から始まっている訳でして、その結果、個々のタレントや作品の良し悪しの詮索が後回しにされている感があるのです。
果たして、韓国は却って墓穴を掘ったと言う事になったのです。韓流と言う概念こそが却って韓流をだめにして行ったのです。しかも、元々大して関心の持たれていなかった分野における余りのごり押しのためにますます韓国に対する悪しい感情を醸成してしまったと言う愚行へと発展していきました。

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非武装はゲリラ、テロリストの跳梁を誘引する

国内には、軍隊抜きでも平和が保たれると主張するやからがいます。これまで我が国は久しくよそ国においていくさをしなかった事は誇るべきだと言う事らしいです。それは裏を返せば、よそ国どうしのいくさに関して知らん顔と言う事でもあります。まあ、この事を強調しようものならば、ある種の奇麗事になるから、やめときましょう。
そうした配慮は抜きにしても、この種の主張をするやからの発想は、万事我が国の行ういくさは悪しき物と言う前提があるのに他ならず、とても公平な発想とは言えません。平和を至高な物とするのならば、そう言う発想をよその国にも広めてしかるべきなのに、連中のその種の主張は国内ばかりに留まって、隣国の軍備拡張に関して諫言を行うなんて事はありません。
まあ、公平に言っても、その種の主張を真に受ける国があるとは思えませんし、そもそも、よしんばすべての国がその種の主張を認めたとしても、それで平和が保たれるとは思えません。いくさは国家間ばかりで行われる物とは限らず、非国家組織の元でも行われているのが現状です。いわゆるゲリラやテロリストですね。
どこの国でも公認される軍隊は国家の物だけでして、それ以外の物は禁止されるのが当然であります。そして、大抵の国では軍隊組織のみならず、個人が銃を持つことすら禁じているケースが多いです。
上記に上げる軍隊が、国有と言う事に関して例外があるとすれば、独裁者が国家の枠に外れた私有で持つ親衛隊の類や共産主義国が軍隊を党の軍隊と位置づけている物がありますが、軍隊の本質と言う点から考えれば、国有と言う定義に外れた物ではありません。
軍隊の本質は、いにしえから主権者の秩序を守ると言う事に他ならず、国家間のいくさも所詮はその範疇から存在している物に過ぎず、よしんば国家間のいくさが根絶される事態になっても、国家内の秩序保全のために軍隊は不可欠となります。
国家間のいくさは国際法で制約しても、ゲリラやテロリストの存在は自国や世界に対する責任のない、ただ自身の主義主張専らで考える連中の力によって創出されるものでしかなく、それらを野放しにする事こそ、平和に反する事でしょう。軍隊の存在は国家に対する責任を持つ者として維持する義務があると言えましょう。
ゲリラやテロリストの存在に対する配慮なしに非武装を主張するやからは、ひょっとしたら、こうしたゲリラやテロリストの跳梁を誘引して、自らの台頭を欲する意図があるのではないでしょうか。

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加害者遺族が被害者を告訴? 逆だろ

中国珍ネタ2つ目をどうぞ。(*゜▽゜ノノ゛☆パチパチ

泥棒被害者を泥棒遺族が提訴、逃走時に足を踏み外して死亡したため。

泥棒に入られた被害者が、泥棒の遺族から提訴される――こんな出来事が先日、中国であった。なぜそのような裁判になったのか。それは、泥棒が侵入した家から逃走を図った際に、足を踏み外して死亡。これを遺族が問題視したのだという。

中国紙寧波日報などによると、この一件は2010年、浙江省で起きた。寧波市江北区のマンションで暮らす李さん宅に、陳という名の泥棒が侵入。陳は盗みを働いた後、現場から逃走を図るが、その最中に足を踏み外してマンションから落下してしまい、不幸にも帰らぬ人となってしまった。

泥棒とは言え、遺族にとっては愛する家族であることには変わりはない。悲嘆に暮れた陳の遺族は、本来“被害者”であるはずの李さんを相手取り、裁判へ踏み切った。訴状内容は「息子は李さんの家に入った。李さんには息子の安全を保障する義務があるが、その義務を怠った」というもので、李さんから精神的苦痛を受けたなどとして、葬儀費などを含む慰謝料約67万元(約850万円)を請求した。

もちろん、李さんからすれば遺族の訴えはまったく受け入れられないもの。泥棒に入られた挙句、泥棒の死亡事故の責任を負わされるなどもってのほかだ。そして舞台は法廷に移され、両者の争いが始まった。

法廷で陳の遺族は「息子は李さんが『泥棒!』と大きな声を発したことが、足を踏み外す直接の原因となった」と主張し、李さんの責任を追及。一方、李さんは「事故当時、室内で陳との接触は一切なかった。泥棒に入られたと知ったとき、すでに陳の姿は部屋になく、窓からその姿を目撃したときは6階か7階あたりにまで逃走していた。そのときになって本能的に『泥棒!』と叫んだ」とし、陳の死亡に対する責任は自分にはないと反論した。

結果として裁判所は、事故当時の陳は成人年齢に達しており、明け方にマンションをよじ登って部屋に侵入することが危険な行為であると十分理解していたと判断。事故当時、警察が立件しなかったことからも李さんに責任はないとし、陳の遺族の請求を却下したとのことだ。
引用元

まず以って (#゜Д゜)ヴォケ! こんな事は因果応報ですよ。下手人は悪行に走ったのですから、その末路は自ら招いた事に他なりません。うまく行かなかったからと言って、被害者にその責任を擦り付けるとはねぇ。
最初は、被害者に追っかけられて、振り切るべく、踏み切りに飛び込んで電車にはねられたのかと思いましたが、似たような物ですな。
日本でも、大方こんなメンタリティで悪行にふけっているのでしょう。自分のやる事は万事正等で、それに反する物こそ悪行である。そんな発想だから、自分の悪行を警察官に見咎められて、最終的に銃弾喰らった事に関して、遺族や弁護士が、それを悪辣な殺人行為だとごねるなんて事件が存在したのです。

( `ハ´)/ よしんば天にそむこうとも、わたしのやる事は万事正しいある!

(゜⊇゜;)(#゜ 皿゜)(#`ε´#)(#`Д´)(# ゜Д゜)(´U`)(・ω・)( ゜◇゜)(ΦДΦ)( ゜0゜)
そんな訳ないだろう! 死那塵は国内に鎮座していろ!

ε=ε=ε=ヽ( `ハ´)ノ アイヤー 。日本人はわたしたちを差別するあるか?

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中国では下半身は親日か?

皆さんこんにちは。今日は中国の珍なるネタを2つ紹介します。ではその内の1つ目をどうぞ。
o(゜▽゜*o)(o*゜▽゜)o ワクワク

中国の掲示板サイト猫撲の掲示板に「3秒以内に思いつく日本人って誰?」というスレッドが立てられた。「誠実な答えを求む」というスレ主に対して、もっとも多く寄せられた回答は次の人物だった。

■「中国BBS」に関する他の記事 - サーチナ・ハイライト

・「蒼井そら先生」
・「蒼井先生は永遠に忘れられない」
・「蒼井そら。キッパリ!」

  しかし、ほかにもさまざまな回答が寄せられている。歴史や戦争関係では「どうしてだろう、なぜか山本五十六」、「東条英機。悲劇」、「土肥原賢二」、「東郷平八郎だな」などの意見があった。

  また、政治家では「小泉純一郎」を挙げた人が多かった。そのほか、アニメなどのキャラクターを挙げる人も少なくなかった。

・「江戸川コナン」
・「ドラえもん」
・「やっぱり桜木花道」
・「ウルトラマン」

  ほかにも「宮崎駿」や「北野武」など映画監督を挙げる人もいた。また、少し変わった意見では男装の麗人といわれた「川島芳子」やなぜか「周恩来」というコメントもあった。(編集担当:畠山栄)

イヤー(^ ^;)トニカク(^0^;)スゲイ(^_^;)デスナア

蒼井そらと言うのは、AV女優だそうでして、そう言う人物が海外にまでとどろくだなんて、日本ってそれほどAV大国、エロエロ国家だったんですか? 自分なんぞは、その種の女優を覚えるなんて事はそんなにないのですよ。当たり前に覚えるとしたらAVのマニヤなんでしょうね。自分の場合はせいぜい飯島愛を知っていますが、バラエティ番組なんか登場したのを見ただけですから、AV専らだったら到底覚えられません。

それに引き換え、中国人ってのはAVマニヤが多いのですかな。しかも、それがよそ国のAV。さらにさらには日本のですよ。あんだけ反日こいておきながら、下半身は親日なのでしょうか。

( `ハ´)/ 小日本ポルノマンセーある。

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第二次世界大戦兵器没落列伝・高射砲編②

本日2度目の更新は「第二次世界大戦兵器没落列伝」の2回目とします。
アメリカではB-17なる、別名「空の要塞」と言われた重爆撃機が存在しましたが、別段10センチの装甲で覆われている訳ではなく、ドイツ軍の8.8センチ高射砲と言えども、徹甲弾をはなって直撃しなくては撃墜できないと言う訳ではありませんでした。
そんな重装甲を有していたら、とても重たくて飛行などできる物ではありません。宮崎駿のアニメでは往々にして空中戦艦と呼べるほどの巨大航空機が登場しますが、それとても結構華奢な代物でしかありません。
それらの航空機は高射砲の至近弾が炸裂する時に生じる爆風や破片によっての充分ダメージを与える事が出来ます。ただ、対戦車砲が戦車を相手にするのに比べて、高速で、かつ遠距離で移動する相手に対して至近弾を与える事すら容易ではないのです。対戦車砲の場合と違って一発必中狙いではなく、沢山撃つありきで高射砲は成り立っています。
ドイツ空軍では、高射砲大隊を編成して、陸軍の師団に対して「貸し出す」なんて事をやっていました。その編成内容は内2個中隊が8.8センチ高射砲からなって、それぞれ4ないし6門を有しており、3番目の中隊が、2センチないし3.7センチ高射機関砲からなっていました。
前線の師団で高射砲を運用するにしても、低空を高速でやってくる、地上襲撃機や戦闘爆撃機相手となると、8.8センチ高射砲では砲弾の発射速度が低く、よしんば至近弾でも良しと言う前提で射撃を行っても容易に至近弾すら与える事は出来ず、到底実用的とは言えず、さりとて、高空を飛行する重爆撃機相手でも、少数の高射砲では、余り意味がないと言えましょう。
その結果、元々前線に派遣する事もあって、始めからこうした高射砲は地上戦闘に流用される事を前提としていたのが、それ中心に徹した方が好ましいと言われるほどの活躍を見せる事になりました。
とりわけ戦争初期の場合、正規の対戦車砲の威力が小さかったので、徹甲弾を装填した高射砲は強力な対戦車砲として大きな威力を発揮しました。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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不二子る事こそ、人権主張の本質・続

昨日に引き続き、「不二子る事こそ人権主張の本質」をエントリーします。
不二子る事が本質なのですから、昨今の外国人看護婦受け入れの場合でも「日本語の壁」なんて馬鹿げた話が生じてくるのです。就業上で最も問題視されるのが語学上の問題が生じるのであれば、何も無理をしてまで日本で就業など欲せずとも、自国で看護婦を目指せば良いだけの事なのに、マスゴミの報道と来たら、そうした日本を目指す事が当然視されるのみで、そうした連中が自国で看護婦になろうとしない事に関して違和感を持って報道する事がありません。
一方、不法滞在者に関しても、妙に憐憫がって、祖国に返されても仕事がないとか、日本語しかできないとか、件の犯罪者どもの泣き言を取り上げるのみであります。
人権を標榜する連中は、こうした連中に関して、祖国での暮らしに困らないよう、向こうの国の言葉を学習させるとか、就業の場を向こうで確保するよう取り計らうべきなのに、およそそんな事などしようとしない。
だからこそ、自分が、この種の連中は焦土作戦にいそしんでいるのではないかと見なしたとしても別段異常な発想とは感じていないのです。我が国だって雇用が無尽蔵にある訳ではないというのに、無責任に差別を言い立てて、外国人の雇用まで持ち込まれては世界中の迷惑と言う物ではないでしょうか。
本来、個々の国が自国民の雇用政策に取り組んでしかるべきなのに、こんな有様では、そうした個々の政府の努力をないがしろにする事でしかありません。あたかもそうした国においては人権がないかのように吹聴して、逃散を促すだけで、それらの国の自国産業の振興を阻害する結果でしかないのです。

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不二子る事こそ、人権主張の本質

人権と言う言葉にはあたかも聞こえの良い意味合いがありますが、これが叫ばれる本質は不二子ると言う事に他なりません。
ちまたでは往々にして外国人を差別するなと言う主張があるわけですが、ではそう言う連中はどうして日本にいるのでしょうか。とりわけ就業の場合にはそれが如実に現れています。
誰にとっても就業は自身の生誕地を基準に設定されるでしょう。何しろそれは単なる観光旅行の類ではなく、日常的行為である以上、生活とは密接に結びつく訳ですから、安易に生誕地から乖離した形で日常的行為が成されるとは考えられません。
生誕地との乖離は既存の文化や習慣と言った物との乖離に他ならず、異なる文化や習慣に習熟する困難さと言う物を考えたならば、容易に行いえる物ではない事は明らかでしょう。
にもかかわらず、そうした困難を度外視してまで少なからずの外国人が、日本に移住ないし出稼ぎによって日本での就業にいそしんでいます。異なる文化や習慣に対する苦労を思えば、無理して日本に居つく必要はないでしょう。それくらいならば元の国において就業をした方が良いのではないでしょうか。
こうした違和感に対して差別が主張されるケースがある訳ですが、むしろ彼らに対する対等意識がないから差別だと言う声が生じるのであって、対等に考えていたならば、違和感が生じるのが自然ではないでしょうか。
彼らの日本での就業を差別するなで当然視するのであれば、同程度、我が国から外国での就業を欲する人が出ても当然なはずなのに、そんな話はあったためしはありません。
外国人を差別するなと言った所で、所詮は日本の中での話であって、彼らの国を基準に物を考えたならば、向こうで暮らす人間と比較したならば、それは平等ではなく、破格なひいきに他なりません。そう言えるだけの経済水準が開いているのです。
そうした事を考慮しないで、ひたすら外国人差別するなを主張した所で、外国そのものを等価に見る事はますます困難になってしまいます。それでは結局の所、差別するなは上っ張りの物でしかなく、本質としての平等意識はなくならないでしょう。
詰まる所が、人権を主張する側に不二子る発想がある以上、この種の事が解決する事はないでしょう。

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第二次世界大戦兵器没落列伝・高射砲編①

今日は晴れになるかと思いきや、なかなか晴れず、昼過ぎになると雨になってしまいました。
では今日からは、本来おととしに行った「第二次世界大戦兵器没落列伝」の範疇に属する物として高射砲をテーマにしていきます。
高射砲は、航空機を撃墜するための兵器でして、そのデビューは対戦車砲同様、第一次世ほう界大戦になります。なんと言っても、戦車同様航空機がこの時期登場した訳ですからね。
上空を飛来する代物をターゲットとするためには砲弾の直進性が尊ばれるのは当然でして、長砲身となる事は必然でした。その点では対戦車砲と共通しています。ただ、対戦車砲と比べたら、単に上空を飛来する物に対して直撃弾を食らわす事は容易でなく、しかも、はるか遠距離をターゲットとせざるを得ない環境にあるために一発必中狙いで運用する事は容易ではありませんでした。
ただ、戦車に比べて航空機は軽量であると言う事が望まれる代物でした。これは戦車の場合でも、ある意味望まれる事ですが、戦車の場合、重量オーバーがわざわざする場合でも、せいぜいその場に停止してしまうだけで済むのですが、航空機の場合、停止は即落下を意味するので、失速に至らないよう、開発には充分注意されるべき物でした。
これに比べて戦車の場合は、矢玉を防ぐ盾を取り付けた小さいやぐらのような物を牛馬に引かせてのろのろ動く程度でも充分通用した時代もあったのです。航空機の実用化は自然の力に著しく抗うため、はるかに後れを取ったのです。
かように航空機は戦車に比べて軽量化が望まれる環境にあったために、装甲なんて代物は贅沢きわまる物であったために、ごく初期にいたってはコックピットが外気に露出すると言う事が当たり前であり、そのために空中戦では、拳銃で相手のパイロットを直接狙うなんてやり方もありえました。
防御がなければ、直接パイロットを殺すと言う事がある意味では容易だったのです。何しろ軽量化の必然から武装も軽量化が望まれた訳でして、航空機そのものも華奢であったとは言え、パイロットを直接狙った方が撃墜手段としては手っ取り早い部分もあったのです。

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