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第二次世界大戦兵器没落列伝・魚雷編⑪

本日のエントリーは「第二次世界大戦兵器没落列伝」の11回目です。
昭和17年4月になって、東南アジアの大半の占領が完了すると、南方作戦を担当した第3艦隊と南遣艦隊は南西方面艦隊として改編され、指揮下に3つの南遣艦隊が下属する事となりました。旧来の南遣艦隊は第1南遣艦隊として仏印、マレー半島、ビルマ方面を担当し、第2南遣艦隊が蘭印を、第3南遣艦隊がフィリピンを担当する事となりました。
その過程で第3艦隊に属していた第5水雷戦隊が解隊されました。
その一方で、本土と南方との海上交通路の防備のために2つの海上護衛隊が旧式の駆逐艦やその他雑多な艦艇によって編成され、南西方面艦隊と第4艦隊に配置しました。
そして、中身は水雷戦隊と変わらないのですが、空母の護衛と言う名目から、第10戦隊が第1航空艦隊の指揮下に編成されました。
これらのエピソードは大東亜戦争における駆逐艦の魚雷離れの始まりと言えましょう。何しろ空母や輸送船の護衛ともなれば魚雷の需要は怪しい物ですからね。
この後、ミッドウェー作戦が発動され、今度は連合艦隊司令部も旗艦「大和」に乗って出撃する事になったために、南方作戦の時のように、戦艦とともに瀬戸内海に一部の駆逐艦を残すと言う必要がなくなり、南方作戦以上の大規模な出撃となった訳ですが、今回は南方作戦の時のような中小規模の海戦を必要とする事なく、ひたすら空母決戦で決着が付き、駆逐艦の魚雷が必要とされる事はありませんでした。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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