プロフィール

DUCE

Author:DUCE
趣味:緑地や山のほうへのハイキング
映画、ドラマ:戦争映画や時代劇が中心。アイドルやトレンディドラマの類は興味なし
外国関連:中国、韓国、北朝鮮と言った反日三馬鹿国は嫌いです。

竹島はわれらが領地なり

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

キター!

キター

plugin by F.B

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

役職・身分のかけ持ちと転籍31

「役職・身分のかけ持ちと転籍」第31回目です。
軍事参議官と航空本部長との兼務に関しては、渡辺の場合は昭和6年8月に大将昇進と抱き合わせでしたから、実に分かりやすい話です。しかし、前回渡辺の前任者として紹介した井上の場合は、中将の内に航空本部長として就任でしたから、必ずしも軍事参議官との抱き合わせが必要とは言えないのですが、そこには中将なりの事情があったと言えます。
井上は航空本部長就任の前に第3師団長なる親補職に就いていました。宮中席次に的を絞ってみると、大将の場合は役職のいかんを問わず、10番目が保証されていました。だから、非親補職に就いても宮中席次において不利になる事はなく、そのおかげで、よそでは大将が非親補職のみに就くと言う事もありました。
それに対して中将の場合は本来は19番目であったのが、親補職に就いている時に限って15番目に上がって親任官待遇が受けられる事になっていました。よって、井上の場合、第3師団長から航空本部長へ人事異動する事は、そうした物を失って単なる中将への転落と言う事になるので、軍事参議官との抱き合わせで航空本部長への就任となり、そのまま大将へ昇進したのでした。
次いで土肥原の場合は、航空本部長就任が昭和16年の事でして、既に親補職たる航空総監との抱き合わせでの話しでしたから、別段軍事参議官である必要はなかったのですが、彼の場合も、既に第5軍司令官と言う親補職を経験していたので、その後に軍事参議官に就く事で、宮中席次での転落を回避しつつ、陸軍士官学校校長就任、大将昇進を経て、航空総監兼航空本部長へと至ったのでした。
さて、こうした軍事参議官との抱き合わせで非親補職に就くと言う事は必ずと言う訳ではありませんでした。井上の後任として航空本部長として就任した渡辺の場合、上記における大将昇進との抱き合わせと言うのは再任時の話でして、井上の後任と言うのはいまだ中将の時の1回目の就任時での話でした。航空本部長就任前には第7師団長に就任していながら、そこでは軍事参議官との兼務において航空本部長への就任はせずに専任での就任でした。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

クリックお願いします。<(_ _)>


クリックをよろしくお願いしますです。(人∀・)タノム


韓国(海外生活・情報) ブログランキングへ

ブログランキング・にほんブログ村へ 


人気サイトランキングへ



















スポンサーサイト

<< そりゃぁスルーもするだろう | ホーム | 去るもまた可し >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP