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役職・身分のかけ持ちと転籍33

「役職・身分のかけ持ちと転籍」第33回目です。
イタリアのファシスト四天王の1人として、イタロ・バルボがいます。第一次世界大戦に参戦し、終戦時には大尉まで昇進しましたが、格別そのまま軍隊に残ると言う事をせず、その後は文民としてファシスト党の幹部として立身して行きました。
1926年、彼は空軍大臣に就任しました。それはいまだ文民である時の話でした。日本でならばそれはもっぱら軍人しか就けない役職でしたが、よその国では必ずしもそうではないと言う一例です。ただそれは軍事にかかわる事と言う事でして、空軍の充実がかなうと、空軍大将、次いで元帥に任命されました。このバルボの元でイタリア空軍の威信が国際的に広く認知されるようになりました。
さて、それから7年たって、大臣の任期が終わると、次の役目としてあてがわれたのがリビア総督でした。ナチスドイツと違って、イタリアでは外地統治の権限は党の幹部のもっぱらとする事はなく、軍人頼みと言う事になっていました。それは現地の司令官とのセットと言う事だったからです。現にバルボの前任の総督として、後にクーデターによって、ムッソリーニの後任として総理になったバドリオが就任していました。
ファシスト四天王の中にはエミーリオ・デ・ボーノのような元帥もいて、彼も総督として外地地勤務と言う事がありましたが、イタリアの場合は、ドイツ比べて、ファシスト党の権限の一部をプロパーの軍人に委ねる傾向があったと言えましょう。
バルボのそうした人事は中央からの左遷と言う向きもあったにせよ、よしんばファシスト党の幹部だとしても、軍人でなくては総督と言う地位に就く事は出来なかったと言う事が言えるのではないでしょうか。まずは空軍大臣に就任する事で、空軍元帥と言う高位の軍人としての地位を得る事が事前にあったからこそ、その後の人事としてリビア総督就任が可能になったと言う事が言えるのではないでしょうか。
第二次世界大戦では、ドイツに対して批判的だった物の、リビアがエジプトに隣接していたために、1940年にイタリアが対英仏宣戦布告に至ると、こちらの方でもいくさが始まり、その半ばにおいて友軍の誤射において死亡しました。
そしてバルボの後任として総督に就任したのがロドルフォ・グラツィアーニでした。この時になってようやくエジプト侵攻が始まりましたが、大失敗でして、翌年になってドイツからの助っ人を必要となってしまいました。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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