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役職・身分のかけ持ちと転籍36

「役職・身分のかけ持ちと転籍」第36回目です。
陸のいくさが絡むと言う事なのでしょうか。ロンメル自身はリビアにしかるべき司令部を設置しても、そこにあまりいる事がなく、装甲車に乗って、頻りに前線を駆けずり回す傾向が多く、その事で、ケッセルリングは、司令部に残留している幕僚に対して苦言を吐いた物です。
それに対してケッセルリングの方は、直接指揮する第2航空艦隊だけでもイタリアにいる以上、前線に近い所に司令部を設置する必要はないし、南方総軍総司令官としての役目もある以上、その司令部は必然的にローマに置かれていました。何しろ、イタリア軍との調整役と言う事がありますからね。ケッセルリングも、彼なりにイタリア軍高官連中の好意に与る必要があると言う自覚があった事は否めません。
さて、当時のイタリア軍には親独的傾向が強いカヴァレロが参謀総長として着任していましたが、親独傾向が強くても、イタリア軍高官のご多分に漏れずロンメルに対する好感を持ち得ず、ケッセルリングを通じて北アフリカでの枢軸軍のつつがないいくさの進展に力を注ぐ事となりました。
1942年5月、アフリカ機甲軍はトブルク攻略を目指して、2つの集団に分割されて出撃しました。前者はロンメルが直接指揮する集団で、これは機動力を有する、アフリカ軍団とイタリア第20軍団が属していて、トブルク正面にあるガザラ陣地を迂回して、直接トブルクを目指す物でした。後者は主にイタリア軍の歩兵部隊からなるクリューヴェル集団で、直接ガザラ陣地の攻略を目指す物でした。
しかし、そのいくさの半ばにおいて後者の集団の指揮官であるクリューヴェルが捕虜になると言う椿事が生じたので、おりしも近くまでやってきていたケッセルリングがその集団の指揮を執る事で、ガザラ陣地に対する攻撃は継続されました。
本来ならば、こう言う状態になってしまうと、アフリカ機甲軍全体の指揮まで直接ケッセルリングが執る事が可能になって、陸のいくさにおけるロンメルの権限が縮小する事もあり得たのでしたが、ケッセルリングはあくまでクリューヴェル集団の指揮を引き継ぐだけで、ロンメルが立てた筋書きの中でいくさをするのが好ましいとして、依然として陸のいくさに限ってはロンメルが最高指揮官である状態を維持したのでした。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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