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平等の定義⑦

「平等の定義」第7回目です。
前回取り上げたスターリングラードと言う符丁に関して、もう少し掘り下げてみましょう。1942年11月にの完全占領に躍起になっていたドイツ軍の中でも主力となっていた第6軍がスターリングラート近辺に集中する状態となってしまっていて、その両サイドはドイツ軍に比べて弱いと見られた同盟国の軍隊によって守られていて、ソ連軍はそれらの同盟軍に対して攻撃を行って、主力たる第6軍の包囲を完了しました。
この第6軍は最終的に脱出する事が出来ずに、壊滅してしまいます。そうした末路が外国人問題に関してその符丁へと発展して行った次第です。
周知の通り、10年前の国籍法改悪においては、混血児がフィリピンに「取り残されている」と言う風にマスゴミが取り上げた次第でして、さながら冬の暴風作戦かケ号作戦のような感覚で、それらの連中を日本に居つけるようにする事が人道と言う風に指摘された物です。
要するに、そこではフィリピンが何やらスターリングラードのように見なされて、そこに鎮座していては遠からずくたばってしまう場所のように見なされた訳です。
スターリングラードの戦いと同時期の我が軍のいくさとしてガダルカナル島での戦いがありまして、そこでの後始末として、ケ号作戦において生き残りの撤退が行われました。その作戦は天皇も認めた、純然たる撤退作戦でありました。それに対してスターリングラードにおける救出作戦たる冬の暴風作戦は、現場で指揮を執るマンシュタインにしてみれば、我が軍のケ号作戦と同様にみなしていた訳でして、自軍の戦力温存の方が優先であって、それに反するのであれば、スターリングラートにこだわるべきではないと言う発想でした。
しかしヒトラーにとってはスターリングラードは決して撤退すべき場所ではなく、第6軍が包囲された状態になっても、依然として、かの地の完全占領にこだわっていました。もっとも、包囲された状態では戦力を維持する事などできた物ではなく、従来の作戦継続の障害になる物を排除するために冬の暴風作戦を必要としたのでした。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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