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残酷は日帝残滓ニダ

日帝が残した100年の野蛮…監獄書信検閲をなくす(1)

故金大中(キム・デジュン)元大統領の逝去直後の09年10月。 延世(ヨンセ)大金大中図書館は、金元大統領が「3.1民主救国宣言事件」で1978年にソウル大病院特別監獄病棟に収監された当時、釘で書いた獄中書信の原本を公開した。 金元大統領は書信検閲を避け、菓子の包装紙などにメモを書いて家族や知人に伝えた。 知人だけが分かる英語のイニシャルや暗号を使ってメモを書いた。

金元大統領は清州矯導所に収監されていた80年当時に書いた手紙を綴り、84年に『金大中獄中書信』を出版した。 政治・経済・社会・宗教など各分野にわたる見解が込められた手紙は、婉曲ながらも流麗な文体で書かれている。 一部の人は、20世紀初めのイタリアの思想家アントニオ・グラムシの『獄中ノート』と比較したりもする。 独裁政権当時に思想の統制手段として悪用された書信検閲制度が、逆説的に時代の名著を生んだのだ。

申栄福(シン・ヨンボク)聖公会大教授の『監獄からの思索』も、書信検閲時代の名文に挙げられる。 68年の統一革命党事件で無期懲役を言い渡された申教授は20年間服役し、ちり紙や封函葉書などにごま粒ほどの文字で手紙を書き、家族に送った。 美しい文章と字体、深みのある事由が込められた文は98年に出版された後、10年以上も‘ステディーセラー’目録に入っている。

矯導所受刑者が外部に手紙を送る際、封筒を開けたまま提出させる書信検閲制度が100年ぶりに廃止される。

この制度は、日帝強制占領期間の1912年、朝鮮総督府の「朝鮮監獄令施行規則」にさかのぼる。 「最も野獣的な監獄制度」として批判されている朝鮮監獄令の書信検閲制度は、政府樹立後、朝鮮監獄令施行規則が行刑法(現在の刑の執行及び収容者の処遇に関する法律)に変わった後にもなくならなかった。

韓国社会が民主化した後も、受刑者の証拠いん滅、犯罪教唆など不法な通信や物の搬入を防止するためにそのまま維持された。


韓国のような民度僅少、背反頻発の連中の場合、却って監視厳重の方が良かったんじゃないでしょうか。民主化と言っても、それ以前よりも犯罪が多くなって、その結果ムショにぶち込まれる人間が増えて、苦肉の策としての恩赦でムショの人減らしが必要になるほどになるようですからね。
とは言え、そうした韓国の実情に見合った刑罰の手段のルーツを日帝に見出して、タイトルからして、あたかも日帝が元凶と言わんばかりの有様は、さすがは韓国と言うべきですな。
日帝時代の厳罰が彼らにとってどんなに苛酷だったかは、この場ではさておくとして、それを悪びれることなく、しかるべき必要があったから、独立後も流用し、軍事独裁がなくなった近年に至ってもそのままにしておいたのは韓国自身だと言う事を都合よく忘れています。
韓国の場合、それが必要だと言う事に関しては、悪びれることなく他人の発明をぱくり、逆に、それが良くない事だと言う自覚が生じた時点で他人のせいにする。ここでは、格別他人の強制されたわけではないのに、自身がそれを使用する事を決断した事に関して、何の責任も感じないのです。
こんな有様では、彼らが独自の主権の元に司法を行うにはいまだ未熟だと言う事を示しています。

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