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役職・身分のかけ持ちと転籍48

「役職・身分のかけ持ちと転籍」第48回目です。
東京防禦総督は東京衛戍司令官としての権限を有する事になりますが、それならば第1師団長にその権限を与えたままにしておけば良いはずなのですが、それでいながら別途司令官を任命する意味があるとしたら、それは東京には近衛師団も駐屯していたからに他なりません。都合2つの師団を指揮する事ができるのであれば、別途司令官を用意する意味も成り立つと言う物です。
さて、野津は東京防禦総督に就任する事で近衛師団長から離れる事になるのですが、このままだと、今回のテーマから外れてしまう事になります。
しかし、心配するなかれと言う事で、野津は更に当年8月に新設された、東部都督を兼務する事になります。ここで言う都督は都合3つ用意され、日本を3つに分けて、その中に常備の師団を配置して、その中で軍事計画と、軍事教育を担当する事になっていました。
東京防禦総督、東部都督と、知名度が低い役職でありますが、日露戦争前には廃止になってしまったのです。知名度が低い訳です。廃止時に都督に就任していた奥保鞏(東部都督)、黒木為楨(西部都督と中部都督代理)と、教育総監に就任していた野津に関しては新たに制定された軍事参議官に任命されました。
この3人に共通しているのは、この後に始まった日露戦争で軍司令官に就いたと言う事です。そう言う必要があったからこそ、野津の場合は既に就いていた教育総監から降りる必要があったものの、そうした野津を含めて、3人の軍事参議官はその役職に就いたまま軍司令官に就任しています。
軍司令官に就任してしまえば、軍事参議官としての役目を果たせるはずもなく、用済みな役職ではありますが、既に紹介したように軍事参議官とは、 大将応分の役職とか、親補職をあてがって宮中席次での後退を回避するための便宜上の任命と言う風に利用される閑職でして、別段兼務にしておいても、問題なしだったのです。
それに軍司令官とはいくさの時のみの臨時任命的な要素もありまして、いくさが終わった後と言う事も考慮するのであれば、軍事参議官の地位を維持するのもまたしかりと言うべきだったのです。現に3人は日露戦争後しばらく軍事参議官に就いていたのでした。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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