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中国でよりも日本に対する美辞麗句のような

「餃子が心と心をつないだ」=忘れられない中国滞在エピソード最優秀賞の原麻由美さん、表彰式で日中国民の友好訴え<受賞作全文掲載>


2018年11月22日、中国に滞在した経験のある日本人を対象にした第1回「忘れられない中国滞在エピソード」コンクール(日本僑報社主催、中国大使館、日中友好協会など後援)の表彰式が東京都港区の中国大使館で開催された。日中平和友好条約締結40周年を記念したもので、10歳代~80歳代から125作品の応募があり、40作品が入選した。毎年募集し、書籍化される。

【その他の写真】

最優秀賞(中国大使賞)を受賞したのは、今夏まで北京の大学に通っていた原麻由美さん(23)の「世界で一番美味しい食べ物」。最初はなじめなかった中国人の継父と、一緒に餃子を作り、食べることによって心を通わせた日々を綴った感動物語。表彰式で原さんは「餃子は太陽となり私の心を照らし、親子の絆をくれた」などと語った。

日本留学経験がある程永華・駐日中国大使は「どの作品も、両国民のふれあいと友情をテーマとした心温まるものばかりで感動した」と前置きした上で、「まず交流から理解が生まれ、理解が深まって、初めて信頼が生まれる。努力を通じて、友好と和解は実現できる。中日は引っ越しのできない同文の国であり、『遠くの親戚より近くの他人』という言葉も両国共通です」とあいさつした。

最優秀賞(中国大使賞)作品全文は以下の通り。

<世界で一番美味しい食べ物>  清華大学留学生 原真由美

人と人との絆。それは時に国境をも超えることができる、心と心の繋がりである。十年という長い月日の中で、本気で何度もぶつかり合い、そして誰よりも近くで支えてくれた人は、十年前私が一番敬遠していた中国人継父でした。
 
忘れもしない二〇〇八年の夏、私の人生を大きく変える出来事がありました。私は家庭の事情により、日本の中学校を転校し中国で生活することを余儀なくされたのです。住み慣れた町を離れ、新しい環境、ましてや海外で暮らすことへの不安。大好きな友達、クラスメイトとの突然の別れ。あの頃まだ十二歳の私にとっては状況を整理するだけでも精一杯でした。

そんな時、継父とレストランで初めて会いました。日中ハーフではあるが中国語が全くわからない私と、日本が全くわからない中国人継父が唯一交わせる言葉は「ニーハオー」だけでした。私か新しい中学校に通い始めて中国語が少し話せるようになってからは、放課後に中国語を教えてくれたりもしました。当時私は継父を母の友人の一人としか思っていなかったのですが、会う回数が増えるにつれ子供なりに色々と理解していきました。それでも、私はどうしても継父を受け入れることができませんでした。

中国語を勉強し始めて一年が経った頃、私は中国現地の学生のみが通う中学校へと転校しました。毎朝七時半から午後五時半までの授業、放課後には中国語、英語、数学の塾に通い詰め、夜十時にやっと帰宅し、学校の宿題をこなし夜中にやっと眠りにつけるという勉強漬けの日々でした。まだ流暢とは言えない中国語で中国現地の学校に通うということは、自分の想像をはるかに上回るほど厳しく、過酷でした。このような生活をしているのは学校唯一の留学生の私だけではなく、中国の学生達も毎日勉強に明け暮れていました。私は中国の学生達の勉強熱心さに驚かされたと同時に危機感も感じていました。かこんなに頑張って勉強している時に、他のクラスメイトも当たり前のように勉強をしているという現実。当時クラスで成績がビリの私はその現状をなかなか受け止めきれず、成績表が配られる度に家に帰っては泣いていました。「留学生か中国現地の学生と成績を比べる必要はない。ビリで当たり前、ビリでもいいや。頑張ってもずっとビリならもう頑張りたくない」と考えるようになり、家の中でも常にピリピリした状態で家族に接してしまいました。
 
反抗期真っただ中の私に、継父はいつもより積極的に話しかけてくるようになり、そんな継父を私は鬱陶しく思うようになりました。ぶつかり合うことも増え、心に思ってもいない言葉を言い、継父を沢山傷つけることも日常茶飯事でした。
 
そのような日々が続いたある日の放課後、いつも通り家に帰ろうとした時、学校の前に見慣れた赤色の車が止まっていました。車に近づいてみると、そこには母ではなく、継父の姿が見えました。とりあえず車に乗り込むと、継父は何も言わずに車を運転し始めました。いつも通り学習塾に向かうのかと思いきや、着いた先は大きな公園でした。そして車から降りるなり継父はこう言いました。「たまにはアイスでも食べながらゆっくりしようか」。一本三元のバニラアイスを片手にベンチに座り、お互い匸一言も発さずに、ただただひたすら芝生を眺めていました。

日も暮れ始めた頃、私達は近くにある餃子屋さんに入り、夕食を食べることにしました。熱々の餃子を口いっぱいに頬張っている時に継父は長い沈黙を破り、優しい言葉をかけてくれました。
 
「ビリは格好悪いことじゃない、たとえ今成績がビリでも、あなたは確実に進歩している。一年間だけ習った言語で全科目勉強しているあなたと、母国語で勉強してきたクラスメイトの成績は違って当たり前なのだから。クラスメイトを目標に頑張り、過去の自分を超えて、どんどん進歩していけばいい」。その言葉を聞いてから、今まで悩んでいたことが嘘のように、心がスッと軽くなりました。
 
そして、餃子は中国人にとってとても大切な食べ物だと言うこと、「上車餃子、下車麺」という言葉があるように、餃子には物事や、行く先々が順調であるようにという深い意味があること、私かこれから歩む道が順風満帆であるようにという願いを込めて、今日餃子を一緒に食べたということを継父は教えてくれました。

当時は照れくさくて言えませんでしたが、私はあの言葉に本当に救われ、今でもあの時の餃子館を、餃子の昧を鮮明に覚えています。餃子を食べ終えた後、継父は少しお茶目な表情で私に、「今日塾を休んだことはお母さんには内緒ね!」と言い、初めて二人だけの秘密ができました。それは私にとってはとても大切な思い出であり、未だにこのことを母には秘密にしています。

それからゆっくりではありますが、どんどん継父を家族として心から受け入れられるようになり、心から尊敬するようになりました。

その年の春節休みに、私は継父に今年の春節は家族みんなで一緒に餃子を作ろうという提案をしました。春節は中国で最も大切な日であり、春節の前日には家族で硬貨が入った餃子を食べます。餃子の中に入っている硬貨の数は家庭によりそれぞれですが、硬貨が入った餃子を食べ当てた人は次の年、運が良くなると言われています。その他にも家族で一緒に団欒して食べる物という風に認識されています。
 
私か落ち込んで自暴自棄になっている頃に、餃子の順風満帆」という意味をプレゼントしてくれた継父に、私は餃子のもう一つの意味、「団結、団欒」をプレゼントしたかったのです。餃子作りを通して、私は血は繋かっていなくても継父のことを本当の家族だと思っているよ、ということを伝えようと思ったのです。
 
その提案に継父も、私の母もとても喜んでくれました。そして、私の兄も含めた四人で餃子を包み、談笑をしながら、お腹がはち切れそうになるほど餃子をいっぱい食べました。その夜は間違いなくきっと、私と継父と母と兄が本当の意味でちゃんと家族になれた日だと思っています。心からぽかぽかとなるくらい暖かい春節を家族で過ごしたことを私は忘れることはないでしょう。
 
たとえ国籍が同じではなくても、血が繋がってはいなくても、私のことを本当に心の底から考えてくれ、真摯に向き合い、歩み寄って、支えてくれ、十年にわたる中国留学生活の中で、餃子に負けないくらい熱々の愛情をいでくれた人は、紛れもなく継父でした。

餃子は太陽となり私の心を照らし、希望を与え、私の中国留学生活を支え、私と継父の間に国境、血縁をも超えた親子の絆をくれたのです。そして国境をも超え、大と人の絆を強くし、心と心を繋げてくれる、世界で一番美味しい食べ物だと、私は思っています。
 
今年の夏、私は大学を卒業し中国を離れ、日本に帰国します。約十年の時間を中国で過ごした私にとって、中国は第二の母国であり、大好きな国です。長い留学生活を経て、大変なこと、辛いことも沢山ありましたが、それ以上に数えきれないほどの楽しいこと、学べたことがありました。中国現地の中学校、高校、大学で勉強、生活をし、普通の留学生では経験できないようなことも経験することができました。中国の方々とふれあい、中国現地の文化を学べた経験は私の誇りであり、一生の宝物です。中国での素敵な思い出を胸に、中国の魅力、中国の文化をもっと多くの人々に伝えていきたいと思っています。

(『第一回忘れられない中国滞在エピソード受賞作品集―心と心をつないだ餃子―』日本僑報社刊より)
(八牧浩行)
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こんな美辞麗句がまかり通るのであれば、中国残留孤児なんて概念なんか必要なかろう。あれだって、れっきとした血のつながらない家族として立派に成り立ってきたのでしょう。それを今さらながらに「遠くの親戚」へ押しやる事などなかったのです。どっちにしても、中国の良さを演出するための美談として利用されただけの事であって、その実態は案外薄っぺらい物なのかも知れませんよ。

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