FC2ブログ

プロフィール

DUCE

Author:DUCE
趣味:緑地や山のほうへのハイキング
映画、ドラマ:戦争映画や時代劇が中心。アイドルやトレンディドラマの類は興味なし
外国関連:中国、韓国、北朝鮮と言った反日三馬鹿国は嫌いです。

竹島はわれらが領地なり

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

キター!

キター

plugin by F.B

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

何のための権利か2

今回のエントリーは、前回の「何のための権利か」の補足といたします。
世の中にはたくさんの権利がある訳ですが、個々人の立場で言うならば、そのほとんどは必要のない物でして、わざわざ権利なんぞとご大層に強調するに値しない物です。
なまじそれが権利としてまかり通ってしまった事で却って面倒な結果となる事も往々です。権利はあくまで権利でしかないはずなのに、度を越した強調のために、あたかも義務のごとく、重くのしかかる事もあります。
それが権利と言うのであれば、その反対の権利が同レベル分強調されても良さそうな物なのに、案外そうでないケースも少なくありません。
前回の引用文にあったニクリンソンさんのケースも、生きる権利ばかりが強調されて、同レベルの死ぬ権利と言う事に関して強調されていません。これでは、あたかも生きる事が義務として強いられたのに過ぎません。
万人、権利は等しく持っていると言った所で、所詮、そこに行き着くまでの道のりは平等とは言えないのです。その結果、
同じ権利を追求するための負担は平等でなくなっているのが実情です。
ある者にとっては、権利に見合った能力がない、お金がない、時間がない、場所がない、そして何より願望がない。そうした実情からすれば、権利だけを持たされても決してありがたい物ではなく、権利のために却って重い負担を強いられるやっかいな結果となるのです。
前回も取り上げた、国籍法改悪における混血児に関しても、のっけから混血児の権利が強調されていましたが、これなんか見ていると、改めて、自分自身にではなく、他人に権利を押し付けた方が得と言う部分があると言う事ではないでしょうか。
混血児に対して日本人としての権利を認めるのならば、逆にフィリピン人のままでいて良い権利だってあるはずなのに、そんな事が詮索された事はなく、結局の所が、本人にとっては日本人になる事を強いられたと言う事なのです。
それに引き換え、本来、日本に在りたいと欲する母親が率先して日本人になろうと言う権利を追求する事はありません。これこそ、自ら権利を追求する事の厄介さを指し示す根拠であり、子供に権利を押し付ける事で、自身は外国人のままでも日本に居つけることが可能になったのです。


クリックお願いします。<(_ _)>

クリックをよろしくお願いしますです。(人∀・)タノム

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 歴史ブログへにほんブログ村 その他ブログへブログランキング・にほんブログ村へ 





スポンサーサイト



テーマ : サヨク・在日・プロ市民 - ジャンル : 政治・経済

<< それでいいのか? | ホーム | その種の期待ができる相手か? >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP