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君主の出撃⑫

「君主の出撃」第12回目です。
改めて、このテーマの概要として、太古の時代ならば、自分の領国において軍隊を組織して、君主直々それを率いて出撃すると言うのが珍しくない物です。
まあ、わが国の場合は、有史以来、一部の例外はあったかも知れないにしても、全般的に言って、本来の君主と言うのに値する天皇直々の出撃と言う物がなく、その代わり、将軍や大名がそれにとって代わると言う風に解釈した方が良いでしょう。しかし、そのようなある種の当り前な事も、幕末ともなるとすたれて行ったようです。
幕末と言えば、本来ならば少禄に甘んじているべき下級の侍が、才能によって引き立てられて、藩政をリードすると言うケースが目白押しの状態になっており、この時期のいくさも、大名自身の出撃ではなく、そうした元来下級の侍だった物によって率いられると言う状態でした。
そうした戊辰戦争の結果新たにできた体制の元では、これまで京都に逼塞していた天皇が公然と現れて、皇族共々軍人へとなって行ったのでした。その辺の所は、ヨーロッパでも珍しくなく、別段軍国主義とは関係がないのです。あえてそれを軍国主義の範疇で言うのならば、倉山満いわく、まともな国は万事軍国主義である、あるべしと言う事に他なりません。
さて、既に天皇は有史以来出撃と言う物をしなかったと書いた物ですが、その例外的な物でして、明治27年始まった日清戦争では最初で最後の天皇の出撃が行われました。
もっとも、明治天皇が大陸まで出張ったと言う事ではなく、広島に大本営が設定されたと言う事でして、開戦時は皇居に設定されていたのが、9月になって広島に進出しました。それに伴い、政府も議会も移動しました。
しかしその一方で、本来天皇の警護に従事する役目が存在していたはずの近衛師団は、大陸に進出していた訳でもなかったのにもかかわらず、それに同道せずに、東京に待機したままで、翌年の台湾征討に出撃しました。この年には日清戦争が終わったものの、大本営自体は4月に京都に移動したのみで、そこでさらに1年間とどまって解散しました。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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