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役職・身分の掛け持ちと転籍76

「役職・身分の掛け持ちと転籍」第76回目です。
20世紀ともなりますと、既に述べた事として、オーストリア・ハプスブルク帝国の解体に伴って、つまり他律的要因によって、よその軍隊へ移ると言う形でしか軍隊での転職と言う物ができなくなってきたと言うのが事実的な所でありますが、19世紀以前においては、純然たる自己都合での軍隊の転職と言うのが良くありました。その一例として、後に軍艦の名前にもなったゲオルク・フォン・デアフリンガーであります。
彼は1606年生まれで、彼の生涯の中では代表的ないくさとして30年戦争がありまして、その中でいろんな国で軍務に就きました。その中でも1番長く勤めたのがスウェーデン軍でして、そのスウェーデン軍での従軍の中で30年戦争の終焉を迎え、スウェーデン軍から身を引きました。
その後、1654年、今度はブランデンブルク軍に仕官し、軍の再建に尽力する一方で、外交官としても働き、フェールベリンの戦いなどでスウェーデン軍相手に戦って勲功を立てて、最終的には元帥まで昇進しました。
彼の軍歴の中で一風変わっていると見られるのが3つの連隊長を兼ねると言うのがあります。これは現代的な感覚で言う、純然な軍隊内での役職と言うのではありませんでした。他でも、彼はいろんな所に所領を獲得する事ができていましたが、ここで言う連隊と言うのも、そうした領地のような物と言って良いでしょう。
戦国時代のわが国でも、どこかの戦国大名の有力な家臣ならば、複数の城の城主を兼ねると言う事があった物ですが、それもまた、与えられた領地の中心地と言う事であって、単なる役職ではなく、持ち物だと解釈すれば、そのような掛け持ちは、それまでの勲功によって大ありなのです。
さて、当時としては、連隊と言う軍隊の一構成要素は、このように貴族の持ち物である事が当たり前でして、どこかの君主に属して、いくさの折にはその君主と契約を結んで従軍すると言う形で成り立っていました。
そうした連隊が貴族に率いられる分にはまだましな方でして、中には傭兵隊長によって率いられていたならば、いくさのたびに異なる君主と契約を結んで戦うなんて事も珍しい事ではありませんでした。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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