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役職・身分の掛け持ちと転籍79

「役職・身分の掛け持ちと転籍」第79回目です。
ビスマルクが兼ねた帝国宰相とプロイセン総理大臣。どちらが上かと言えば、素人的には前者の方である事は間違いないでしょうが、にもかかわらずビスマルク自身にとっては帝国宰相なんぞはついでと考えていたようです。
まあ、役職の価値がはたから見て高いからと言っても、世の中それがメインであるとは限らない事があると言う事はこの件に限った事とは言えません。
ちなみに大日本帝国で言うならば、既に取り上げた事のある、軍事参議官などはその代表と言うべきでしょうか。それ自体は親補職でして、非親補職に比べれば役職の価値が高いはずでしたが、一方では閑職でして、それに就く事に関してはたいしてうまみがない。強いて言えば、他に格別就く役職がないけれど、予備役に回さずに済まさせる便宜上の役職として、あるいは、親補職に就いていない中将がそれを兼ねる事で、形式的に親補職について宮中席次に上でのかさ上げが可能になると言う効能が存在する事です。
後者の場合、親補職と非親補職との兼務となりますと、必然的に親補職の範疇に入る事で、軍事参議官こそが本職と言う扱いになるのですが、実際にはそれは閑職と言う事では、次いでの役職と言う事に他なりません。
さて、大東亜戦争末期に安藤利吉が第10方面軍司令官と台湾総督を兼務する事となりました。彼は大将でしたから、宮中席次においてはそれを以て10番目となりますが、役職に限って言えば、第10方面軍司令官は親補職として15番目であったのに対して、台湾総督だと11番目でして、この場合台湾総督の方がメインとなりますが、実際はどっちにしても台湾での勤務ですから、決してどっちがメインかと言う事は言えない状態でした。
それに対して明治時代に総督として就いていた児玉源太郎の方は最初は陸軍大臣や内務大臣との兼務でして、その時点では必然的に大臣の方が上と言えたのでしたが、日露戦争直前になって参謀次長へ異動した物だから、役職の価値としては台湾総督の方が上になってしまいましたが、東京での勤務がメインで、台湾へはめったに行かないと言う状態では変化がなく、本来宮中席次の上では上席であるはずの台湾総督をついでの状態にしたままで日露戦争を迎えたのでした。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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