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ヒトラーが国籍取得を急がなかったのはなぜ?

さて、「週間アジア」のネタのストックはいまだ充分に残っており、先月のが残っている間に、また新しいネタを発見する試しは多いのですが、かといって「週間アジア」ばかり書くというのも飽きるでしょう。なんか、テレビ朝日で放送する「いきなり! 黄金伝説」みたいでしょう。(^_^;)


最近でも、かつて濱口優が成し遂げ得なかった全国の名物せんべい1000枚を1週間で(食事はせんべいのみ)をタカ・アンド・トシが挑戦してやり遂げたなんて物を見ました。


そういうわけで、今回は「歴史」ですが、こちらの方はドイツ中心となってしまいます。タイトルから見て分かるとおり、今回もドイツです。では行ってみますか。( ゚0゚)ノ オー


外国人のヒトラー


周知のとおり、ヒトラーはオーストリア出身でしたが、ドイツ国籍取得が遅く、1932年でした。では、それ以前はどうしていたかと言うと、別段、ドイツへ来たのは最近と言う訳ではなく、第一次世界大戦以前には既にドイツにいました。


彼は1889年生まれでしたから、1909年にはオーストリアでの徴兵を果たすべく帰国しなければなりませんでしたが、それをすっぽかしました。要するに徴兵忌避だった訳ですが、別段兵士になるのが嫌だった訳ではなく、多数の異民族と共生するハプスブルク帝国に奉仕するのが嫌だった訳で、第一次世界大戦が始まると、「外国人」ゆえに義務がないのにドイツ軍(厳密にはバイエルン軍)に志願して、第一級鉄十字章を受勲しました。


戦後もドイツへ残ったヒトラーは政治家への道を突き進むのですが、当時は依然外国籍のままでした。既に述べた1932年と言うのは、大統領選挙の年でありまして、国籍取得はこれに参加するためのものでした。


となると、これは世界の常識でありますが、外国籍のヒトラーには参政権がないということであります。政治家の道を踏み出したヒトラーはなぜドイツ国籍を持たなかったのでしょうか。これでは、彼自身に国会議員になる資格はなく、いわんや帝国宰相になることができないではないですか。相した状態で、どうやってナチ党における指導的立場を維持したのでしょうか。


日本の場合


その前に、今の日本の制度をみてみましょう。議院内閣制をとる以上、総理大臣は与党の党首がなるものであり、たいていの場合はそれは自民党総裁が就いています。そして、内閣のメンバーが選出される衆議院は小選挙区を通じて集まってくる訳ですから、自民党総裁は衆議院議員である必要がある訳ですね。


さて、話はずれて、最近では参議院のほうで、重複した制度が問題となりました。大選挙区で落選した人が比例区で当選したのを「敗者復活だ」「落選した人が何で」なんて批判です。


わたしの場合は、そうした批判には同調しません。同じ参議院議員の身分を持つにしても、前者と後者とではおのずと立場が異なるからです。前者の場合は、有権者が直接、その候補者を支持するのに対して、後者の場合は、党の代理人と言う意味合いがあり、有権者が支持する分には、前者の場合、所属する党派を代える事は可能ですが、後者の場合はそうは行かないでしょう。


従いまして、身分は同じでも、その地位を維持するやり方が異なってくる以上、よしんば同一人物でも、別個の人間とみなしたほうが良いでしょう。選挙区で当選した人は、まず有権者の支持を維持する必要があり、比例区で当選した人は、党に対する忠誠が優先されてきます。


話を自民党に戻して、総理大臣になる人はまず、党総裁である必要があり、かつ、衆議院議員である必要があるわけですから、まず以って、居住地の有権者の支持ありきと言う事になります。まあ、もっと広くいうならば、衆議院と言うのは、それぞれ異なる支持者を持った議員の集まりと言うことになります。


党内で地位を高めていくためには、まず以って居住地の有権者の支持ありきと言うことは、それすら得られないような奴には、総理とか、その他の大臣とかの高い地位を得る資格なしと言うことであります。すなわち、総理大臣である安倍さんですらも、この種の努力を怠ってはいけませんと言う訳です。まあ、総理ともなれば、一般の議員よりも忙しい訳ですから、朝、地元の駅に立って演説なんて事を頻繁にできるとは思いませんが。


共産主義国の如し


議員は公的な地位であるために、国籍の有無が不可欠ですが、政党は会社のごとく私的な団体であるために、外国人でも党首として政治活動することはかまわないと言うことでしょう。それゆえにヒトラーはナチ党党首となれたのです。


しかし、外国人であるがために、国会議員にもなれないヒトラーが指導者であり続けることは可能なのでしょうか。よしんばナチ党が与党になってもヒトラーには帝国宰相となることはできず、別の人を帝国宰相とせざるを得ないでしょう。その場合、そうした公的な地位を利用して、党内での立場を高めてヒトラーを追い出す人がいるかも知れません。


しかし、ヒトラーにとって幸いなことに、当時のドイツは比例代表(衆議院に相当する帝国議会の場合。連邦参議院は各州から代表が派遣される)のみで国会議員を選出していました。


既に述べたように、比例代表の場合、議員は党の代理人な訳ですから、まず以って党への忠誠が優先されるため、別段党首が直接議員として「出撃」する必要はないのです。不忠誠な議員は党から除名して、別の党員を議員にすればよいからです。


そうなれば、よしんばナチ党が与党になって、帝国宰相を出す必要に迫られても、それすらもヒトラーの代理人で済ますことができます。代理人がその地位に慢心して、ヒトラーの意に沿わないことをやろう物ならば、そのときは内閣不信任を突きつければよいのです。そもそも内閣不信任なんて物は、与党内の内部分裂によって起こる物なのです。


こうして考えると、ヒトラーの目指したものは、共産主義国の如き物です。周知のとおり、共産主義国では、共産党だか、労働等だかの党首が実質的なトップであって、大統領が存在しても、せいぜい党首の代理人的な立場でしかないのです。


ただ、当時のドイツでは、今の連邦宰相と違って、大統領が統帥権を持っており、この地位に就かないことには、最終的な独裁者への道は不完全なものでした。1932年の大統領選のために彼が国籍を取得したのも、そのためだったと言ってよいでしょう。


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コメント

ドイツとオーストリア帝国とは、国は違えど基本的に同じドイツ語を話す同じ民族ですし、同文化ですからあまり問題ではないかと思いますね。

国家に対し忠誠を近い国籍を取得するなら構いませんが、国を乗っ取るために帰化して工作するのはカンベンして欲しい。
ましてや、言葉や習慣、民度が全くちがうんだから>チョーセンヒトモドキ

阿麗☆さんへ

たびたびの訪問ありがとうございます。

仰せのとおりですね。これらの国々はもともと同じ民族として1つの国家を構成してもおかしくなかったのですが、多数の異民族を領国内に持っていたことで、ハプスブルク家が邪魔をしたといっても差し支えないでしょう。
少なくとも同じ民族の中では平等に発展しようとする前提はあったわけだし、いくさに敗れなければ、公平に見てヒトラーの目指したものはおおむね良かったでしょう。大抵の独裁者の場合は、いくさなしでも自国民に対して塗炭の苦しみに陥らせる試しが多いわけですから。それに比べれば、ヒトラーはかなりましなほうだったと思います。

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