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竹島はわれらが領地なり

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勝者は得だ

いつぞや、当ブログではロシアの虫のよさが強調できる記事を取り上げましたが。今回はその続編と言うべきものであります。


ポーランド 博物館反発


ポーランド南部オシフィエンチムの国立アウシュビッツ博物館にあるロシア館が、04年に休館したまま再開できずにいる。ナチス・ドイツの強制収用所では、第二次世界大戦でソ連が併合した旧ポーランド領の住民も犠牲になったが、ロシア館が展示でこの人たちを「ソ連人の犠牲者」と呼ぼうとした事に博物館側が反発したためだ。


収容所跡地の博物館には、地元ポーランドやハンガリーなど犠牲者を出した各国の展示館が並ぶ。ソ連軍捕虜らを収容した14号棟に1961年にできたソ連館はソ連崩壊でロシアに引き継がれた。04年に展示内容を更新するため休館し、05年初めに再開する予定だった。しかし、ロシアを除く7カ国代表で博物館を運営する国際委員会から待ったがかかった。


ロシア館ではバルト3国や当時のポーランド東部の犠牲者の展示があったが、国際委員会はこうした犠牲者を「ソ連人の犠牲者」とすることを不適切だと判断した。これらの地域は、ソ連が39年の大戦開始直後にナチス・ドイツと結んだ秘密議定書にもとづいて軍を進駐させ、後に併合した地域だからだ。国際委員会議長のバルトシェフスキ元ポーランド外相は「ロシアはソ連の管理下にあった国々の犠牲者をソ連人とすることで、秘密議定書を合法化したい。恥ずべき宣伝に博物館は組することはできない」と強調する。


これに対してロシアは、「秘密議定書をソ連の国益と安全確保のために署名した」(プーチン大統領)と正当化している。アウシュビッツ収容所についてもソ連軍が多大の犠牲を払って解放した、との立場だ。(引用ここまで。4月19日分)


エストニア大使館封鎖


エストニア政府が首都中心部からソ連兵士をかたどった第二次世界大戦の記念碑を撤去したことに抗議するロシアの愛国主義団体が、モスクワのエストニア大使館の周辺をデモで封鎖。大使館のビザ発給などの業務が中止に追い込まれている。


先月の反政府デモを弾圧したモスクワ市当局は、今回は記念碑撤去の可能性が報じられた4月24日に許可。5月2日には対独戦勝記念日の9日まで継続を認めている。


デモを主導しているのは、プーチン政権を支持する愛国主義的若者団体の「ナーシ(友軍)」や、与党統一ロシアの青年組織「若き親衛隊」。2日には、エストニアの駐ロシア大使が会見を行った新聞社に押しかけて妨害するなど、行動をエスカレートさせている。(引用ここまで。5月3日分)


記念碑移設動き批判


ロシアのプーチン大統領は9日、モスクワの赤の広場で行われた第二次世界大戦戦勝記念式典で演説し「戦争の英雄の記念碑を侮辱するものは、自国民をも侮辱しており、国家間、国民間の反目や新たな不信の種をまいている」と述べた。エストニアがソ連兵の記念碑を移設したことを念頭に、強く批判した発言だ。


第二次世界大戦での対独勝利から62周年にあたるこの日、赤の広場では、約7000人が参加して恒例の軍事パレードが行われた。


旧ソ連のエストニアのほか、旧東側陣営だったポーランドでも、当時の記念碑を撤去する計画が進められており、ロシアは「ファシズムへの勝利の歴史を見直す動きだ」として反発している。(引用ここまで。5月10日分)


まあ、共産陣営に属していたときは、こうした行動、考えはタブーだったわけですが、ソ連の崩壊によって、それぞれの国が「認識○○」にまい進している訳ですな。


ソ連(ないしはロシア)の方も自国領に編入した以上は自国民の犠牲者とみなすのは当然でしょうが、その中身についてももっと詳細を表現しても良いでしょう。それをしないから虫が良いというのですよ。一例を挙げたら、キエフ郊外のバービーヤールで、1941年のドイツ占領直後にユダヤ人が集められて虐殺されたと言うエピソードも、結局のところが、ソ連人の犠牲者として記念碑がたったそうです。


ソ連映画「ヨーロッパの解放」の末尾によれば、ソ連人の犠牲者は2000万人となっていますが、そうした併合地区の犠牲者もふくめれば、決して的外れな数字じゃないのかなぁ。ひょっとしたら中にはソ連支配に楯突いての成敗も少なからず含まれているのではないのでしょうか。


実際、戦時中にドイツによってポーランドで発見された多数のポーランド軍将校の死体に関して、本当の下手人はソ連であったのにもかかわらず、ドイツのせいにされ、ポーランドでも、ソ連崩壊まで、そのように教えられていたそうです。


収容所の解放にしても、ただ、単にファシストのドイツを打倒することが目的だっただけで、別段、抑留者なんぞはお構いなしだったのです。ドイツの捕虜になっていた友軍兵士ですらも、スターリンは後にシベリア送りにしたし、解放した収容所も、ポーランドの共産化に不都合な者を「ファシスト」として抑留するために利用されたという話もあります。


ここでいうファシズムと言うのは別段ドイツやその与党に限ったことではなく、ソ連にとって不都合な物も含まれており、ドイツにとって敵か味方かということとは別次元です。そもそも第二次世界大戦がドイツとソ連が共謀してポーランドへ侵攻したところから始まっているわけですから、ソ連としては容赦なくポーランド人を弾圧したとしても不思議ではないのです。


さて、いまだにロシアでは真の民主化は遠いようで、反政府的なデモに対しては容赦ない弾圧を行っているようですが、その一方では「愛国無罪」もあるようで、エストニアに対する敵対行為に対してはお構いなしであります。大使館に対するこの種の行為は、その国に対する敵対行為としてみなすべきものであって、本来、国家は、その国と断交でもしない限り、取り締まるべきなのですが、それをしないところを見ると、国家を挙げて敵対行為に走ったと言ってもいいでしょう。


最後にプーチン大統領の発言の中の「自国民をも侮辱しており」とは、ロシア国民に対する物ならば、当然かもしれませんが、まさか、エストニア国民をも含んでいる訳じゃないでしょうな。ロシアの感覚からすれば、当時のエストニアはソ連の一部となっているから、ソ連兵はエストニアにとっても自国の軍隊であって、エストニア人が、それを侮辱するような行為に出るとは不可解だとでも思っているのでしょうか。


いろいろロシアの不届き振りをコメントしてきましたが、ひとつだけ羨望のコメントをします。公平に見ても不届きでありながらも、最終的に勝者であったがために、どうとでも自国を正しく表現できるということはうらやましいです。


これに対して日本は、決して、不届きでなかったことですらも敗北と言う不利益な実績なために、万事が否定的に解釈されてしまうことが往々です。


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コメント

ごり押し勝ち

>ひとつだけ羨望のコメントをします。公平に見ても不届きでありながらも、最終的に勝者であったがために、どうとでも自国を正しく表現できるということはうらやましいです。
>これに対して日本は、決して、不届きでなかったことですらも敗北と言う不利益な実績なために、万事が否定的に解釈されてしまうことが往々です。
・ロシアなんぞ、不可侵条約もなんのそので、領土せしめ、シベリア抑留し、火事場泥棒見たになことしても、消防士の様な顔してますからね。
 日本人には真似できません。
 出来るとすれば、昔の誇り高き毅然とした日本人に戻り、姑息なる連中に正攻法で勝つ以外には無いと思います。
 顔色伺いの、謝罪と賠償まみれの日本なんて、まっぴらです。 

tonoさんへ

たびたびの訪問ありがとうございます。
ほんっと、ロシアってのは、火事場泥棒と弱い者いじめばっかし。死那は既に争ったから理解もできましょうが、強姦酷はこのことを思い知るべきです。もし、日露戦争が、ロシアの勝利に終わったならば、独立は1991年以降になったことでしょう。そして、中央アジアの旧ソ連の国家のように立ち遅れた状態がいまだに続いていることを予測すべし。それとも、いまだにロシア連邦の一自治州で居続けているかもしれませんね。

イワンは信用できない

ロシア政府は昔から独裁的で信用できませんね。

バルカン半島に戦線が出来たお陰で、バルバロッサ作戦は1ヶ月遅れました。
もしバルカン戦線がなければ、モスクワも陥落していたかも知れません。
まあ、歴史にifはないのですが……

お久しぶりです。

中国、北朝鮮、韓国・・・・
そして・・・ロシア・・・
日本の近隣諸国は、まともで成熟したお国が
存在するのでしょうか・・・・・・

たまに、考えてもどうにもならないことを考えてしまう
癖がついてしまいました・・・・・

何故?日本列島は、もっとアメリカよりにあって(つかず離れずの距離です。)南下した位置になかったのかな?と
下らず何も展望もない無駄なことばかり頭に浮かんでは消えを繰り返している今日この頃です。
ロシアという国は、アメリカ、中国とタメを張るぐらいに恐ろしい国だと、私は認識しています。
2002年に発生した、チェチェンのテロ集団による、モスクワ劇場占拠事件で人質922名を取り、ロシア軍のチェチェン撤退を要求し、3日間の睨み合いの結末は、得体の知れない毒ガスのようなものを劇場に散布させ、人質の生命も厭わない力技で、テロ集団を鎮圧してしまいましたが、
あのやり方からしても・・・・・・プーチンといいますか、お国柄が出てますよね。
あの元KGB出身のジャーナリスト暗殺に然り・・・・・
本当に厄介な国ですね。長文失礼しました。

訪問者の方々へ

たびたびの訪問ありがとうございます。

>阿麗☆さんへ
バルカン半島でのいくさは必然だったのかなぁ。イタリア軍がギリシャへ侵攻するかどうかとは無関係に、ユーゴスラヴィアで反独クーデターが起こる可能性はあったわけで、そうなってくれば、もともと味方だと思っていた国が反旗を翻したとしてヒトラーが怒り爆発。この段階で、バルカンでのいくさは決定したと思います。

>お竜さんへ
日本の進歩的知識人の中には、大和朝廷の東夷征討まで「侵略」とみなして、日本はいにしえからの侵略国家だと、死那の妄言に迎合する人もいるようですが、徳川家康が江戸を本拠地と定めて、世界に冠たる大都市の礎を築いたのも、大和朝廷の遠征によって、日本の一部としたからであって、よその国に属していたら、そうはならなかったでしょう。
それに比べれば、ロシアや死那の領地拡大が、それに匹敵するほどの発展をもたらしたとは言えないはずです。

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