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君主の出撃24

「君主の出撃」第24回目です。
小国でも、遅くとも普墺戦争の頃までは自前の軍隊を持っていた物ですが、所詮は小国ゆえに小規模な軍隊しか持てない訳ですから、君主といえども、もっぱら自国の軍隊だけで軍歴を完結する事などできない物です。メクレンブルク・シュヴェーリン大公国もそうした小国の1つでして、1842年大公として即位したフリードリヒ・フランツ二世は既にプロイセン軍で勤務していて、普墺戦争時には大将の階級にあって、第2予備軍団長としてバイエルン相手の戦に従軍しました。
そして、普仏戦争時には、初期の段階においてはフランス軍が北部海岸に上陸する懸念があったものですから、とりわけメクレンブルク・シュヴェーリンはそうした北部に存在していた国でして、フリードリヒ・フランツ二世にしてみれば自分の領国が侵される可能性があるともなれば、その不安は推して知るべきでしょう。
そのためか、フリードリヒ・フランツ二世は第13軍団長に任命されて、北部の守りに当たる事になりました。しかし、フランスでは実際、デンマークの協力を得ての上陸作戦を計画していた物の、実行には至らず、9月にはメッツでの戦いに加わりました。
その後、大公軍集団がフリードリヒ・フランツ二世をを司令官とする形で編成されました。軍集団と言っても、後のような複数の軍を率いると言う物ではなく、その中身は軍と似たような物と言って良い物でした。軍集団に属した物は、はなからフリードリヒ・フランツ二世に属していた第13軍団と、第1バイエルン軍団、そして2つの騎兵師団でした。
この軍集団は、まずパリ包囲戦に加わり、次いで12月2日にはロワニーとポウプリーの戦いの中心を担いました。次いで翌日にはオレルアンでの戦いに従事し、翌月には第2軍司令官フリードリヒ・カールの指揮下でル・マンの戦いに加わりました。
さて、彼の弟であるヴィルヘルムもまたプロイセン軍に勤務しており、普墺戦争では第1軍に属する第2軽騎兵旅団を率いて従軍し、次いで普仏戦争時には第6騎兵師団長に就任していて、第2軍に属しての従軍となりました。ただし、開戦してからしばらくすると、マース軍が新設され、第6騎兵師団はマース軍の所属となりました。
9月9日、ヴィルヘルムは第6騎兵師団を率いてラン城塞の突入を果たした後、フランス軍に城門を爆破され、その時に負傷しました。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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