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君主の出撃26

「君主の出撃」第26回目です。
ヘッセン軍のなれの果てたる第25師団はプロイセン軍の範疇にある事から、この後、師団長の成り手とは必然的にプロイセンの将軍と言う風に書いた物ですが、師団自体がプロイセン軍である以上、最初の師団長たるルートヴィヒ・フォン・ヘッセン。すなわち、ヘッセン大公ルートヴィヒ三世のおい自身ですらも、ヘッセン軍の将軍のまんまでいられるはずもなく、彼自身もまたプロイセンの将軍になって行ったと言うべきでしょう。
そして、彼の弟ハインリヒもまた、プロイセン軍人のひとりとして、しかも第25師団にではなく、第2近衛槍騎兵連隊長として普仏戦争に従軍しました。
さて、小国の人間は君主だに、その地位と無関係に軍人としてのスキルを積み上げて、そのスキルの下に軍隊でポストを与えられるのてあれば、それは必ずしも指揮官ばかりではないのです。ある君主には参謀職が与えられました。ザクセン・アルテンブルク公エルンスト一世は、最初、メクレンブルク・シュヴェーリン大公フリードリヒ二世の下で、すなわち第13軍団の参謀として勤務した後、10月には第4軍団の参謀として異動しました。
第4軍団と言えば、その指揮下に第7師団と第8師団が属していて、その内の第8師団の参謀として、シュヴァルツブルク・ルードルシュタット侯ゲオルク・アルベルトが参謀として勤務していました。
普墺戦争後、プロイセンに敵対した領邦の中ではその軍隊をプロイセン風に改変すると言うのがはやりになったようでして、その1国として、バーデン大公国でも、普墺戦争時、師団長として従軍したヴィルヘルム(大公フリードリヒ一世の弟)は、プロイセンからバイヤー将軍を招いて、大公付き侍従武官兼軍事大臣に任命して、軍隊改変に着手します。
それによって編成された師団に関しては、師団長にはバイヤーが就き、ヴィルヘルム自身はその下の旅団長の地位に甘んじて出撃しました。
また、彼の弟であるカールは別段医師と言う訳ではなく、騎兵科の将軍であり、普墺戦争でも騎兵隊を指揮して従軍しましたが、普仏戦争では、バーデン衛生団長として従軍していました。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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