「ウィシュマ事件について改めて思う事」第4回目です。
話はずれて、「ドラえもん」の中における「人生やり直し機」に関して取り上げてみましょう。冒頭場面では、ママの知り合いが4歳の子度を連れてきて、4歳にしてはできた子供だと感心できる事を披露してくれました。たまたまその場に居合わせたのび太は、自分ならばもっとましな事が出来るとばかりにマウント取りにふけった所、ママは怒ってその場から立ち去れと命じたのでした。
その事でのび太は理解できないと言う風でしたが、ドラえもんいわく、年齢が違えば、周囲が期待する事もおのずと違ってくると言う事を教えたのでした。その後でのび太も、ドラえもんが出した人生やり直し機を使用する事で、その事を思い知らされる事になりました。
ここで言いたいのは、我が国で往々にして外国人の人権に関して取り上げられる事があっても、決して外国自体での人権に関して取り上げられる事がないと言う事です。スリランカに限らず、それら諸外国の人権の水準がよしんば幼稚園児並みだとしても、それらの国の価値もまた幼稚園児並みと見なす事で、気にもされないと言う事なのです。それに引き換え日本の場合は、凡人であるのにもかかわらず、スーパーマンのような事を期待される事を強いられているのではないでしょうか。
長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^
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