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諸国大将比較④

「諸国大将比較」第4回目です。
日露戦争中に帝国陸軍では新たに9人が大将に昇進し、うち1人が死亡した事から、終戦時には15人に増加した事になります。その中でも児玉源太郎は大将に昇進したのにもかかわらず、応分に親補職に就く事なく、満州軍総参謀長に就任して、総司令官の大山に同道すると言う異例な事がありました。
それ以外では韓国駐箚軍と言うのがありまして、最初こそは少将の原口兼済が司令官として就いていましたが、9月には大将の長谷川好道が就きました。この軍は朝鮮半島なる後方地域を担当する事から兵力は後備役の部隊中心の小ぶりな物でしたが、それでも「軍」として編成された以上は大将を司令官としても構わない大本営直隷の組織となりました。
同様に満州軍後方地域を担当する「軍」として、満州軍指揮下として遼東守備軍が編成され、こちらも後備役の部隊若干が付くだけの物でして、司令官には大将の西寛二郎が就きました。ただし翌年の4月になって、この軍は廃止されて、 遼東兵站監部へと改変されると、西はお役御免となって内地へ帰還し、その組織が軍でなくなった事で、指揮官(兵站監)には満州軍の参謀のひとりであった少将の井口省吾が就きました。



長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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