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浪人対部屋住み48

「浪人対部屋住み」第48回目です。
一旦名前を上げておきながら、なんか脱線したようです。ようやく水戸斉昭に入る事が出来ます。
まずもって、斉昭は水戸家の長男と言う訳ではなく、水戸家を継ぐ前はすなわち部屋住み状態だった事から、それに合わせて松平紀教と名乗っていました。これは父たる水戸の庶子だと言う事を意味していて、そうした事は斉昭自身も行っていました。すなわち、彼の多数の庶子に対して、養子として送り出す前の、部屋住みとして待機させている間は「昭」の字の付く名前を名乗らせていたのでした。その代表と言えるのが、後に将軍となった慶喜が、松平昭致と名乗っていた事でした。
さて、当時としては、将軍家慶が子だくさんでして、概念上では彼の庶子の養子縁組が優先されていたのですが、「幸い」にそれらの子供はことごとく早死にだった事で、斉昭にとっては運よく、比較的容易に多数の庶子を養子として送り出す事が可能となっていました。
慶喜が一橋家へ養子になったと言う結果も、最初は家慶の息子である慶昌、次いで田安斉匡の息子慶壽、尾張斉荘の息子昌丸が養子に入っても、ことごとく早死にだった事の後を襲っての事だったのです。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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