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ドイツの「親補職」22

「ドイツの「親補職」」第22回目です。
ヘッセン大公ルートヴィヒ四世は、先代のルートヴィヒ三世の甥で、普仏戦争時には第25師団長として従軍していて、1877年にルートヴィヒ三世が崩御して、その後を継ぐ頃まで師団長を務めていました。
時期不詳ながら、ルートヴィヒ四世はその後大将に昇進し、フリードリヒ・カールの後任として第3軍監察長官に就任し、その司令部はダルムシュタットに移動しました。そして、ルートヴィヒ四世が崩御した後、1906年時点では軍監察長官はオスカー・フォン・リンデクヴィストが就いて、司令部はハノーファーに移動しました。
また、初期に存在しなかった第5軍監察部が後になって新設されて、最初の軍監察長官としてバーデン大公フリードリヒ一世が就き、司令部はカールスルーエに置きました。そして、大公が息子のフリードリヒ二世に取って代わると、軍監査長官の地位もフリードリヒ二世に移りました。
これと似た事例としては、第4軍監察部では、1892年にバイエルン王子レオポルトが軍監察長官として就き、司令部はミュンヒェンに移り、さらに1913年にはバイエルン王太子ループレヒトが軍監察長官に就きました。


長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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