FC2ブログ

プロフィール

DUCE

Author:DUCE
趣味:緑地や山のほうへのハイキング
映画、ドラマ:戦争映画や時代劇が中心。アイドルやトレンディドラマの類は興味なし
外国関連:中国、韓国、北朝鮮と言った反日三馬鹿国は嫌いです。

竹島はわれらが領地なり

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

キター!

キター

plugin by F.B

天気予報


-天気予報コム- -FC2-

ユーゴスラヴィア映画の怪




今年の8月は何年かぶりに晴れが多い良い8月となりました。ただ、後半は肝心なときに曇りが多く、遠出に向かない日が続出するという不運が重なりまして、せっかくの今日も休みながら、家にて鎮座の日となりました。

実際のところ、先々週などは晴れの日に遠出しても、現場では昼過ぎには曇ってきて少々ながら雨になるという事態となり、ましてや、今日のように大都市ですら曇りの状態では、山中などはなおさら曇りで、下手をしたら雨も少々降っていることでしょう。

では、本題いってみましょうか。( ゚ 0 ゚)ノ オー

 

戦争映画と名の付く物は、複数の国でいくさが行われる以上、その登場人物の国籍が複数になるということは良くあることです。まあ、日本映画の場合は、敵の姿は航空機や艦艇に限定することで、敵兵を出さないというケースが多いですが、それは敵兵を登場させるとなると、必然的に外国人のキャストを必要とするところから、難しいのでしょう。その辺がイタリア映画とは対極的ですね。イタリア映画ならば、外国を舞台とするいくさを取り扱うことは良くあるのですが、それが可能なのは、白人が白人を演じるからで、言語の点を抜きにすれば、比較的容易なわけです。

アメリカ映画などは、万事がオールマイティのようなわけですから、自国と無関係な内容の映画も少なくなく、自国のキャストに外国人を演じさせることは、こちらでも良くあることです。その中でも代表的といえるのはアンソニー・クインでしょうか。

自分が見た限りでは、アンソニー・クインがアメリカ人を演じた試しはありませんでした。それだけに息子のフランチェスコが「プラトーン」に登場していたのは一種の皮肉さを感じます。

まあ、そんなことが可能なのも、所詮はアメリカ映画での出演だからで、アメリカ人に見せる事を前提にするのなら、何人を演じようとも、英語で演じているのは当然でしょう。

さて、一方のソ連映画といえば、万事がプロパガンダな映画でして、キャストはしっかり登場人物の国籍に合わせて選び、当然、自国の言葉で演じてもらっていますが、ソ連映画で面白いのは、外国語の部分が、ナレーターによって同時通訳されているところにあります。

さて、ここからメインのユーゴスラヴィアに入ります。ユーゴスラヴィアの戦争映画ではじめて見たのがアメリカとの合作であります「地獄の河」でした。

ソ連映画ならば、合作といってもせいぜい共産圏の中でしかないでしょうが、そこがユーゴスラヴィアの特殊な立場を象徴しているのでしょう。現実に第二次世界大戦中に英米から多くの援助を受けたせいか、共産主義国の中でももっとも西側に対してオープンなところがあったわけですね。

そのせいか、「地獄の河」にはアメリカ人の登場人物が出ないのにもかかわらず、ロッド・テーラーが主人公役で登場します。

テーラーが演じたのはパルチザンの指揮官であるマルコ。当然、ユーゴスラヴィア人です。これがアメリカ映画ならば、英語で演じることは当然でしょうが、これはユーゴスラヴィア映画です。

本来ならば、ユーゴスラヴィア映画にてユーゴスラヴィア人を演じるのならば、セルヴィア語を使うのが筋かもしれません。

それに引き換え、別のユーゴスラヴィア映画「ネレトバの戦い」ではクルト・ユルゲンスがドイツ軍の将軍役で登場しますが、こちらのほうはドイツ語で演じてもかまわないでしょう。

ですが、「ネレトバの戦い」でもパルチザン側にシルバ・コシナ、ユル・ブリナー。そして枢軸側のチェトニクの議員にオーソン・ウェルズと西側のキャストが登場しています。

アメリカ映画ならば、外国人のキャストが自国の登場人物を演じるときでも英語で演じるということは当たり前のようですが、それはアメリカ映画は世界一のような存在で、外国人俳優でもアメリカ映画に出れれば、世界に名が知れるというメリットがあるからで、そのために英語を学ぶのは当然といった考えがあるからでしょう。

それに引き換え、ユーゴスラヴィアの映画に出たところで、それほどのメリットもあるとは考えられず、好き好んで出演しようとは思わないでしょう。ましてや、セルヴィア語などはキリル文字を用いる以上、まずロシア語から学ばないと理解できないのではないのでしょうか。

まあ、要するに、こんな苦労をしてまで、西側の俳優がやってくることはありえないわけで、ユーゴスラヴィア側のほうで、特に拝み倒して招いた事は間違いありません。

そのためには、彼ら俳優の活躍する国での普段の水準を考慮した報酬が定められ、撮影のときでも英語で事足りるようにしたのでしょう。つまり、スタッフばかりか共演者までもが英語を理解できるように仕向けたと判断するしかありません。

この辺のところは、明治初期の日本でも似たようなことがありましたね。ヨーロッパの基準からすれば、半人前国家に過ぎない日本が彼らに追いつくには、彼らから学ぶしかないということで、べらぼうな報酬を払って、少なからずの西洋人をいろんな分野に招いたことは良く知られたことです。



クリックをお願いしますです。 <(_ _)>

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 歴史ブログへにほんブログ村 その他ブログへブログランキング・にほんブログ村へ

 
スポンサーサイト



テーマ : 映画 - ジャンル : 映画

<< 海外の珍事4 | ホーム | 週間アジア第32号 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP