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週間アジア第34号



「週間アジア」では、少なからずとんでもネタを取り上げることがありますが、今回は (*⌒ー⌒)  とできるような記事を集めました。では、始まり始まりー。( ゚∀゚)

 

山を花いっぱいに

ピンク色の小さなバラが咲いた。ごみ山の頂上にある育苗施設。「この花で山を飾る。みんながごみのことを忘れるくらい美しく。園芸家のロサリア・エンリスケスさんは語る。花はケソン市内の市場から出た生ごみを肥料にして育てる。

パヤタスの2つのごみ山の内、古い山は今、緑で覆われている。00年の地崩れで多数の犠牲者が出た後、ケソン市は環境改善に取り組んだ。投棄制限のほか、緑化やごみの出すメタンガスを「再生の象徴」にしたいと考えている。

山の頂上に突き出した直径20センチの管から収集と音がする。かすかにガスのにおいがした。「後20年はガスを出し続ける」と、発電を手がけるイタリア企業の関係者。都市化の負の産物を資源に変えたい。ごみに希望を見出す人たちがいる。(引用ここまで。9月6日分)

おお、いいですねぇ。これまでに出したごみが生ごみだったおかげで、天然ガス田として生まれ変わることが出来たわけですな。後は、地崩れが再発しないよう、植林を進めて、根っこで山を固定するだけですよ。ケソン市、がんがれー。

(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ

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菜の花でバイオ燃料を

モンゴルで菜の花を栽培し、菜種から軽油に変わるバイオディーゼル燃料(BDF)を作ろうという日本人とモンゴル人の共同出資事業が始まった。今月末の菜種の初収穫を控え、現地は菜の花が満開だ。

日本で建設コンサルタント会社に勤める福地智恭さんは、エネルギー利用の調査でモンゴルを回り、輸入に頼るディーゼル燃料の不足を実感した。ディーゼル発電機を持ちながら、1日数時間しか使えない村があった。一方、広大な休耕地があり、安く借りられることもわかった。そこで現地で知り合うなどした日本人4人、モンゴル人の実業家や通訳ら5人とともに05年に「ナノハナ」社を設立。休耕地に菜の花を植え、BDF製造を目指す事業を始めた。

北海道滝川市の菜種生産者から技術指導を受けて今年6月、ウランバートルの北約300キロにある村の休耕地180ヘクタールに試験的に菜の花を植えた。12年までに5万ヘクタールに増やし、景観を売り物に観光センターも作る予定だ。福地さんは「大気汚染が進むモンゴルでは環境問題への関心が高まっており、政府も関心を示している」といっている。(引用ここまで。9月6日分)

こちらもなかなか結構ですよ。モンゴルといえば、草原がはいて捨てるほどあって、そうした役目に適する土地には事欠かないでしょうから、ほかのところに比べれば、食糧と燃料との競合といった問題が生じる可能性は少ないでしょう。

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受刑者100人、刑期身代わり志願

あなたの代わりに服役します。不正蓄財による略奪剤で終身刑判決を受けたフィリピンのエストラダ前大統領に、マニラ首都圏の刑務所の受刑者100人あまりが「わたしが刑期の一部を引き受けます」と申し出る手紙を書いた。多くが、前大統領時代に死刑判決を減刑された。法的には認められるはずはないが「せめて支援の気持ちを伝えたい」と考え付いたという。

12日に有罪判決を受けた前大統領は現在、マニラ近郊で自宅軟禁中。A4サイズの紙2枚に手書きでつづられた手紙には「前大統領が服役すればわれわれが護衛として身の安全を保障します」ともかかれていた。

刑務所の教誨師によると、書いたのは殺人や強姦など重罪の受刑者。俳優出身の前大統領とスタントマンとして共演した人や、子供のころに当時町長だった前大統領に抱き上げられてもらったことが忘れられないという人もいたという。(引用ここまで。9月18日分)

うーん。囚人に身になっても恩義を忘れないで、それを返そうと考えているとはさすがですねぇ。でも、前大統領の判決は終身刑ですから、よしんば、この身代わりが認められた場合でも、前大統領に仮釈放の機会は訪れるのでしょうか。ちなみに、ニュールンベルク裁判で終身禁固の判決を受けたルドルフ・ヘス(1894年生まれ)は自殺するまでに丸々40年も禁固状態にありました。

ひょっとしたら志願者全員で1年位分担すれば何とかなるかもしれませんね。


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(^0^)/^^^^^ 次回の「週刊アジア」お楽しみにー。クリックお願いします。            <(_ _)>  

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