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抵抗運動礼賛の功罪③

みなさんこんにちは。昨日に引き続き「抵抗運動礼賛の功罪」の第3弾に入ります。
抵抗運動は、正規軍の完敗により、自国領地が敵の占領下に置かれたところから始まることは周知のとおりです。それゆえにそういう環境で戦うということは非常にリスクの大きなものであります。

正規軍同士で戦ういくさの場合は、往々にして、戦線という概念がありますが、抵抗運動の場合は、敵軍占領下の中で行われ、当然、戦線という概念がないわけで、従来のいくさのように敵味方の識別をつけるべく、制服の着用なんかを行ったならば、たちまち占領軍に見つかってしまうために、往々にして、制服なしでのいくさとなるものです。

もっとも、こうした抵抗運動のメンバーは正式に自国の兵士として任命されたのではなく、自主的な活動。つまり、それは公務員とボランティアくらいの差があるわけでして、どちらにしても、独自に作るのでなくては制服などがあるわけもありません。

ともあれ、そうした形で戦うことは本来、国際法ではテロリストとして定められており、捕らえても、戦時捕虜の扱いは必要なく、その場で処刑しても文句は言えない存在でしかありません。

それだけに、単に敵中で戦うというだけでも高いリスクを背負っているのに、なおさら高いリスクを追って戦わなければならないわけですから、なるほど、抵抗運動に参加した人の勇気は尋常ではないとも言えます。

しかし、後世の歴史教育では、彼らの活動を単に偉業とたたえる一方で、犯罪者として成敗されるリスクに関しては充分に取り上げているとはいえません。

すでに述べたように、こうした行為に参加したものは、捕まったら処刑されても文句は言えない存在なのですが、往々にして、占領軍の残虐さを強調するケースが多いですね。

本来、いくさで両軍の死傷者を取り上げる場合、多い側の方が敗者であるためしが多いのですが、抵抗運動礼賛史観では、誇らしげというべきか、自分の側の死傷者の多さを誇示するケースが多いです。

それは、大砲も戦車も投入できる正規軍相手に、そうしたものを持ち得ない抵抗運動ごときがさしで戦えないことは明らかということもありましょうが、そうした犠牲者を「占領軍の残虐さ」に付け足してしまうケースも少なくなかったのではないでしょうか。

一方では国民みんなが、抵抗運動の当事者ないしは与党であるかのように強調しておきながら、その一方では、犠牲者はあたかも占領軍によって虐殺された罪なき一般庶民であるといわんばかりな表現。矛盾しているではありませんか。

実際、占領軍によるその種の犯罪がまったくなかったとは言い切れないまでも、抵抗運動が存在する以上、それに対する取り締まりやいくさは占領軍としても正当できるものであり、捕らえたものを処刑するのもまた当然のことであるのです。

公平なところをいうならば、後々、抵抗運動が必要になるときがきたら、それは国際法では犯罪なのだから、もしやるのなら、それ相応のリスクを受忍すべしというのが正しい教育というべきでしょう。


では、続きは次回に持ち越すこととして、今回はこれにて失礼いたします。

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 政治・経済

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