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親の思惑、子供の思惑5

「親の思惑、子供の思惑」第5回目です。
武家社会においては往々にして親の思惑が一方的に子供に押し付けられる形で相続がまかり通った物です。
そこでは、必ずしも実子相続が絶対と言う訳ではなく、既に存在している「家」を維持する事が優先視されていましたから、その結果、金持ちの他家が有している部屋住みの諸子を持参金付きの養子として迎えるなんて事を、実子の存在を差し置いて行うなんて事もありました。
とりわけ、徳川家斉などはべらぼうな子だくさんでしたから、有り余る実子を部屋住みにしておかないために、知行加増をちらつかせて、養子として送り込む事を行っていました。
そうした実子にしても、単に親が家計が火の車だかと言う事だけで脇に追いやられたケースばかりでなく、年少でまだ家督相続に時期尚早と言う事で養子にとって替えられると言う事もありました。
昨今の私生児差別するなと言う発想には、所詮はたなぼた的な物に便乗しようと言う発想が多分に存在している物でして、元来、こうした家督相続には結構面倒な所は、始めからそうした物を継承する物だと言う事が当たり前と言う教育がなされているから、それほど抵抗感が生じないのでしょう。
それだけに、それまで当たり前の状態であった物が否定されるような事態になったならば、よしんばそれがはたから見た場合、上昇的な物だとしても、迷惑がられる可能性がないとは言えません。
水戸光圀にしろ、徳川吉宗にしろ元来家臣の子供として存在していたのが、突然、水戸家、あるいは紀伊家の子供として城に行かなくてはならなくなったために、ドラマではいずれも本人はそれを嫌って既存の家に留まる事を欲したのでした。
(注)水戸光圀に関してはテレビ東京「水戸光圀」より。徳川吉宗に関してはNHK「八代将軍吉宗」より。

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テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

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コメント

資産は、厳密には「家」に属していたんでしょうね
これはひとつの継続性の知恵だったかも

鎌倉幕府の源氏は、資産を分散させてしまって、相対的に豪族氏族のチカラが強まったとか?

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