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日本ではなぜ、大将が少ないのか⑦

みなさんおはようございます。昨日は雨天が予想されていましたが、実際に降ったのは夜半ごろでして、それも今ではやんで晴れ間が次第に強くなっています。では本題入ります。「日本ではなぜ、大将が少ないのか」第7回目です。(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ

陸軍に比べて海軍は軍艦と言うハードウェアに依存する度合いが高い分、常備性の強い軍種であります。その結果、陸軍に比べて少人数で成り立っている事もまた事実です。その結果日本海軍は陸軍以上に大将が少ない事が指摘できます。既に大東亜戦争終戦時に、海軍総隊で大将がいない事を述べましたが、逆に明治初期にさかのぼっても陸軍以上に大将僅少の体をなしていました。
西南戦争の時点で日本陸海軍全体で大将は西郷隆盛ただ1人で、つまり、実質0の状態にありました。当時は、師団すらもなく、旅団規模の鎮台が6つ、これが陸軍の中心となっていたために、指揮官は少将でも事たれり状態で、中将が大将並みな希少価値を持っていた時代でした。
日清戦争開戦時には陸軍大将は4人いたのに対して海軍大将は0人でした。まあ、陸軍の師団が7つ。海軍は戦艦がない状態でしたから、この程度は妥当だったのでしょうか。
さて、日露戦争開戦時には陸軍大将7人に対して、海軍大将は2人で、山本権兵衛や東郷平八郎ですらも、戦争が始まってから大将昇進の有様でした。
東郷平八郎と言えば、連合艦隊司令長官でしたが、日清戦争時の連合艦隊司令長官の伊東祐亨は当時中将でした。何しろ、戦艦なしの状態でしたからね。
さて、連合艦隊司令長官は、元来、常設の艦隊ではなく、戦時や演習時の臨時編成であった事もあって、先任の艦隊司令長官が兼務と言うケースが多かったために、中将で任命される事が多かったです。

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