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敵から見た反逆者の価値⑰

「敵から見た反逆者の価値」第17回目です。
普仏戦争ではいくさが終了するまで、フランスの側で2段階の反逆が起こった近代社会においては珍しい部類に入るいくさと言えましょう。
まず、開戦時においてはナポレオン三世を皇帝に戴く第二帝国の状態にありました。従いまして、ドイツ側からすれば、遅くとも8月にそうした反逆があれば、自軍の進展にメリットとなった事でしょう。
しかし、8月の末から9月の始めにセダンでの戦いにおいて皇帝が捕虜になると言う決定的な結果をもたらした事で、もはや反逆は必要ない状態になっていました。
もっと古い時代ならば、君主が捕虜になる事で、そのいくさの終結をもたらす事になるケースが多い物ですが、近代社会においては、そうした終戦の「手続き」は政府の役目と見ており、ビスマルクはナポレオン三世を単なるいくさにおける司令官の降伏としか見なさず、終戦自体はパリの政府が行う事だとしていました。
よしんば皇帝が捕虜になろうとも、公式にはフランスの帝政は維持された状態にあり、皇太子がナポレオン四世に即位する事でそれを取り繕う事が理論上は可能でした。
ただ、そんな時に帝政廃止のためのクーデターが起こり、臨時政府、後の第3共和国が成立しました。ドイツからすれば、帝政だろうと共和政だろうと、こちらの言い値で講和に応じてくれれば良いだけの事であって、ここでは敵の敵は味方と言う論理は成立しません。
セダンの戦いにおいて決定的な勝利を収めた以上、帝政自体はもはや敵と言うに当たらず、それを覆すクーデター自体は必ずしも必要とは見られなかったのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^


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