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竹島はわれらが領地なり

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中立を保つ事の難しさ⑲

「中立を保つ事の難しさ」第19回目です。
第二次世界大戦の終了によってドイツは西側連合軍とソ連軍によって分割占領されてしまいした。こうした事態からすると、後年ドイツが西と東に分裂した国となる事が必然であるかのように思われますが、決してそうではありませんでした。
ソ連の方ではドイツを戦前よりも縮小した国土においてとは言え、従前通り統一状態でかつ中立国としておきたかったと言うのが真相であります。
まず、ソ連はドイツからの賠償取立てに関しては現金においては行わなかった物の、機械や農産物と言った現物において行っていたのですが、従前通りの統一状態のままであるのならば、そうした「大きな」ドイツ全体に対して要求できると言う思惑があったのです。
さて、ソ連はポーランド共にドイツの東部を自国の領地として併合してしまっていたので、それ以外の占領地、後の民主共和国に相当する部分の領域は西側連合国の占領地に比べてかなり小さめとなっていました。
そうした事態を招いたのは、上記の通り、自国の領地として併合する地域を多くしたためと言う、ある種の自業自得と言う事になるのですが、曲がりなりにも、そんな小さな地域を自分らの子分として自立させようとするならば、それに対抗して西側連中が、自ら占領しているより広い地域に対して同様な事をする事は十分予測できたのです。
単に内にこもるだけで良いと言うのならば、もっぱら味方、子分の増加は望ましい所でしょうが、外部との何かしらの競争と言う物が存在している以上、もっぱら味方を増やす事ばかりが能とは言えず、逆により強力な敵を増やさない事にも知恵を絞るのも1つの手段でして、そこでソ連として思い付いたのが、ドイツの中立化と言う事なのです。
結局の所、そうしたソ連の思惑は外れてしまい、それぞれの占領地域は連邦共和国と民主共和国へと別個の独立国としてそれぞれ西側と東側の一員として冷戦の一翼を担う事になりました。
結論から言うのならば、ドイツにしてみれば、中立国になるにしろ、そうでないにしろそれはもっぱら勝者の都合によって決められたと言う事に他ならなかったのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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