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人名雑記⑬

「人名雑記」第13回目です。
小野妹子と言えば男ですね。それは現代的に言えば変な話なのですが、しかし、記録に残る名前と言えば太古の時代の場合、たいていの場合は男であって、女に至ってはまともに記録に残らないケースの方が多かったのではないでしょうか。
「三国志」なんかでも、呉蘭のように現代的に言えば女名のように見えても、男だからこそかように記録に残っているのです。
女だったら、せいぜい姓だけが残っているだけで、それでもまだましな方でして、劉備や徐庶の母親は作品中登場していながら、息子と異なる姓がついぞ明らかにならずじまいでしたね。
孟母三遷と言えば、子供の頃の孟子に良い習慣を付けさせるために3度引っ越しを推し進めた母親の故事にちなんだ言葉ですが、これにしても、孟子と異なる姓を有しているはずの母親の姓が明らかでない物だから、かような言葉になっているのです。
さて、我が国でも中国のように実家の姓だけで称されるケースがありまして、武田信玄の正妻が三条夫人と呼ばれるのもその一例であります。
ただ我が国の場合は、中国に比べてその辺の所がバラエティに富んでいるようでして、織田信長の正妻が斎藤道三の娘でありながら、斎藤氏とか斎藤夫人と呼ばれる事は一般的ではなく、道三が支配していた所が美濃国である所からお濃の方と呼ばれる事の方が有名であります。
また、徳川家康の正妻が築山殿と呼ばれていたのは、岡崎城に外れにあった築山御殿に住んでいた事からそのように通称として付いたのです。
また、豊臣秀吉の側室の1人として、秀頼を産んだ茶々はその「功績」により淀城を賜った事から淀君とか淀の方とか呼ばれる要因となっています。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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