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竹島はわれらが領地なり

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難しい敵味方の定義⑲

「難しい敵味方の定義」第19回目です。
第一次世界大戦においてドイツ東部においてメーメル地方が国連管理地区に設定されてドイツの主権が失われましたが、後になってリトアニアがこの地を併合してしまいました。
そのために第二次世界大戦前には、ドイツはリトアニアに対してその地の割譲を要求すると言う事が行われましたが、ソ連やポーランドとの関係はそれ以上にまずい物があったために、そうした事がドイツにとって有利に作用し、メーメル地方の喪失を以て彼らをして反独へと大々的に向かわせる事はなく、ソ連支配に対して抵抗運動を続けていた連中を中心にドイツ軍の侵攻を歓迎した物です。
そして再びソ連軍の進撃によってリトアニアでは反ソ的な人間に対する粛清が行われ、ここに至って、元々対立していたポーランド人との提携が成立するようになりました。もっともそれはごくわずかな時期の事であって、肝心のポーランドからして、ソ連軍の進撃によって順調に共産化が進行してしまうと、たちまちの内にそうした提携は不可能な物となってしまいました。
さて、ソ連としては戦後のポーランド政策として共産化がもくろまれる訳ですが、当時としてはまだ亡命政府に属する国内軍が存在しており、これを排除する事が最終的に不可欠となるのですが、国内軍自身もドイツ相手の抵抗運動をしている以上、全く利用しないで済ますにはもったいないと言う思惑もあったのでしょう。
そのためにポーランド国内軍の方でもソ連軍の進撃をドイツからの解放の機会として利用する意図があった事もあって、こちらの方でもある種の提携が存在しました。
しかし、所詮ソ連としては最終的に始末すべき相手であったために、狡兎走狗で、一旦自分らの占領地としてしまえば、ポーランド国内軍は容赦なく排除粛清してしまい、その一方で、人民軍に対する新兵募集が行われました。
後世有名になるワルシャワ蜂起とはそうした環境の中で行われた物でして、普通にソ連軍の到着を待っていては、亡命政府としてはポーランド復帰がかなわないです。
既にドイツ軍はソ連軍によって壊滅的な打撃を受けていて、ワルシャワに関しては国内軍独自でも解放が可能だと見られ1944年8月1日に蜂起が開始されました。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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