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平時の視点から見た軍隊⑱

「平時の視点から見た軍隊」第18回目です。
日清戦争後の師団倍増に当たっては、第2師団以降は既存の連隊を2つずつ供出して新たに編成される師団に送り込んだ結果、それぞれ新たに2個連隊の新設が必要になった事からするに、既存の2個連隊の中からも新たな連隊のたちとに兵士が供出されて、それぞれの連隊が別個に新たな兵士の受け入れを行ったのです。
何しろ、それは新たな師団、新たな連隊の駐屯地として設定された場所とても始めから兵役がなかった訳ではなく、元々エリアとしては兵役が存在していた物の、師団や連隊の数が少なかったために、日清戦争以前ならば現役兵として徴兵されなかった者でも、師団や連隊が増えた事で、一定のエリアの中における徴兵の度合いが高くなった事を意味しているのです。
果たして日露戦争時に存在していた常備の師団の多くは三層構造を持つ事となりました。それは鎮台以来の最古参の連隊1つ、師団創設時に追加になった連隊1つ、そして師団倍増によって追加になった連隊2つによって編成されていると言う事です。
前回も取り上げた第2師団に関して言うならば、第4連隊、第16連隊、そして第29,第30連隊と言う内訳です。そして、第2師団からの抽出で編成された第8師団に関しては第5連隊、第17連隊と第31,第32連隊となっています。
例外として第1師団からの抽出がなかったために、師団の内訳は日清戦争時と変わらず、第4師団の場合は、大阪鎮台が成立した時点で既に3個連隊を有していたために、第4師団編成の時に追加になった連隊が第20連隊のみで、それが第10師団へ行ったために、第8,第9連隊と第39,第40連隊と言うそれぞれ別の要因に基づいて二層構造となっていました。
日露戦争中には特別に第13師団から第16師団が編成された事は既に述べた通りですが、それらは戦時中の特別編成と言う事で、独自の師管区を持たない、既存の師管区に依存した寄り合い所帯であった事から、別段所属の歩兵連隊のナンバーがばらばらである「必要」はなく、全て連番で成り立っていました。
本来は、こうした師団はいくさが終ってしまえば解隊しても良かったのですが、あいにく日露戦争が終わっても満州や朝鮮と言った外地に駐屯する兵力が必要だった事から、解隊される事なく、暫定的ながらも戦後になっても存続する事が認められていました。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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