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難しい敵味方の定義22

「難しい敵味方の定義」第22回目です。
第一次世界大戦までフィンランドはロシアの一部でして、ロシア革命のどさくさに乗じて独立を宣言した物の、最初はロシアの共産化に合わせてこの地でも共産主義国が成立していましたが、ドイツの介入によってそうした共産主義の体制は瓦解し、必然的に新体制は共産主義にとって不都合な物となりました。
そうした新体制にとってドイツは友好的な国に見えても不自然ではありませんでしたが、周知の通り、ドイツ自身はソ連と不可侵条約を締結し、その結果ソ連がある程度勢力を拡大する事を黙認しました。そうした過程で起こったのが冬戦争でして、ドイツはソ連がフィンランドに侵攻する事を野放しにし、イタリアが助け船を出そうとする事に関して邪魔立てする有様でした。
地理的に見て、フィンランドに対する助け船が可能になったのは、既にドイツと敵対関係にあった英仏でして、この時イギリスから提供された主な戦車がヴィッカース戦車であった事から、後に、ソ連から捕獲したT-26にもフィンランド軍はヴィッケルス戦車と称する有様でした。
果たして冬戦争はソ連の勝利に終わり、カレリア地峡などの地を割譲される事になりました。一方ドイツは、スカンジナビアと西部において進撃を続けて、このためフィンランドとしては英仏を頼ると言う選択肢が断ち切られ、ドイツに付くかソ連に付くかと言う選択肢しかなくなっていました。
さて、1940年以降ドイツとソ連との関係が悪化してきました。何しろ、お互い相手国の「取り分」を侵害しない形での勢力拡大を終えており、より多くの版図を拡大するためには相手に譲歩を強いる段階に入っていたのです。
ここでフィンランドとしては冬戦争の時には知らぬ顔をしていたドイツの方がよりましな存在としてドイツ側に付き、ドイツのソ連侵攻に便乗する事となりました。これでカレリア地峡などの失地奪回が可能だともくろんだのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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