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利益認識の乖離196

「利益認識の乖離」第196回目です。
会社としては自身が営利団体として成り立っている以上、自身の利益に貢献したかどうかで社員を評価すると言う発想に至るのは自然な発想でして、そうした視点から言うのであれば、業績評価と言う物を全く否定できない訳ですが、このような物を書いている身の上としては、少なからず疑問視せざるを得ない物がある事は既にに長々書いて来た次第です。
会社に会社なりの利益認識がある以上、社員にも社員なりの利益認識と言う物があるのでして、社員にとっても、自身にとって好ましい条件を有していなければ必ずしも嬉々として、よしんば会社が自身を高く評価してくれるからと言っても、そうした物を受けるとは限らない物なのです。
まずもって、働くのは生きるためであって、評価のためではないのです。会社にとっても最終的には自社の利益を引き出す事が最重要でして、そのためにいかに社員を動かすかと言う事が問われるのであって、その目的の一環として業績評価が存在しているのに過ぎず、別段業績評価のために社員を働かせている訳でもありますまい。
にもかかわらず、一旦業績評価と言う概念が存在してしまうと、結構それありきで仕事が存在してしまう傾向が少なくなってきてしまう物です。
人間、単に何かを全うする事そのものよりも、他人に対して自分がこう言う事ができる、できたと言う事を指し示す事の方が結構難しい物じゃないですか。
それだけに、自分としては安易に業績評価と言う制度にこだわるのに少なからず疑問を持っている訳です。よしんば高い評価が受けられる可能性があろうとも、そのためにこれから行う仕事の難易度が高くなるような事態になったとしたら考え物じゃないですか。
ただ頑張らせるだけでは駄目で、楽をさせる事も大事だと言うのは、こうした点からも必要だと言うのです。楽ができると分かっていれば、そうした仕事に従事する事に対する抵抗感が少なくなって、おのずと高い評価を受けようとする事にも否定的でなくなる物なのですよ。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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