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艦隊司令部の位置⑯

「艦隊司令部の位置」第16回目です。
連合艦隊の一部として2つの航空艦隊が昭和16年に編成されました。1つは空母中心の第1航空艦隊で、もう1つは基地航空隊たる第11航空艦隊であります。
空母の方は言うに及ばず、基地航空隊にしても、このような編成が取られる背景には、しかるべき場所に集中的に配置すると言う事を前提としていたのです。実際、陸上攻撃機などは、長い航続力を活かして敵艦隊がはるか遠方にある間に出撃して攻撃しようと言う思惑で出来上がった物です。
大東亜戦争では第11航空艦隊は、第22航空戦隊のみが馬来部隊に配属されてインドシナに派遣される一方で、それ以外は台湾に配置されてフィリピン攻撃に参加しました。
これらの基地航空隊も、日本軍全体の勝利の元で、行動する基地を南へと進出させて行きました。当然、それに合わせて第11航空艦隊司令部も南に進出する事となり、開戦時に司令部があった台湾は後方へと取り残される事となりました。
元来は必要に応じて、そのようにいろんな所へ移動する事が求められ、ミッドウェー海戦敗北後には司令部はテニアン島にあったのが、ガダルカナル島での戦いが始まると、ラバウルに進出し、以降そこを中心とするソロモン諸島での戦いに第11航空艦隊は特化して行く事となりました。
既に述べたように、その海域においては第8艦隊が行動していて、共にこの方面での戦いに特化して行った事から、昭和17年12月には両艦隊を南東方面艦隊としてひとまとめにする、特定の地域限定の「連合艦隊」が出来上がりました。
南東方面艦隊司令長官以下の司令部は第11航空艦隊のそれが兼ねる事となりました。
この時期の戦いでは「ラバウル航空隊」と言う言葉が「有名」になる有様でしたが、それは単にミッドウェー海戦の敗北で基地航空隊に頼る度合いが高くなったのみならず、進撃ができなくなって防戦一方になってしまった徒花だったのです。
もしソロモン海での戦いに勝利できれば、いつまでも南東方面艦隊司令部がラバウルにある事はなく、ラバウル自体が、かつての台湾のように後方基地化して行くはずだったのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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