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利益認識の乖離202

「利益認識の乖離」第202回目です。
自分は業績評価と言う物に対して好意的に考えていない訳ですが、その1つとして、我が国の場合、労働の場合真の意味での契約と言う概念に欠けており、その実質は往々にして組織にとっての何でも屋になっている傾向が多い所にあるからです。
我が国の労働は、かつての武家社会における「御恩と奉公」と言う概念によって成り立っている傾向が多いと思います。
町人なんかでも、現代で言う従業員は奉公人と言う呼び方が普通でして、そこでもやはり何でも屋的な形で仕事が成り立ってい事が多い物です。
落語の「茶の湯」なんかでも、隠居した元主が、隠居所で過ごすために、身の回りの世話をする人間として、でっちを1人同道させています。それは、その元主が経営していた店舗の業務とはかけ離れた仕事をさせると言う事でしかなく、店舗の中の特定の仕事をさせると言う契約などなく、店舗と言う組織にとっての何でも屋にさせられたと言う事を示す一例であります。
こう言う有様が現代でも色濃く残っていて、多くの会社があらかじめ労働契約を締結した上での雇用であるのにもかかわらず、会社の行う業務の範疇だからと言って、突然よその仕事をさせる事が当たり前になっています。
その割には、我が国では安易にプロと言う言葉が用いられています。別段給与が出れば、それだけでプロと言うのではありません。特定の仕事に習熟していて初めてプロと言うのに値するのであって、今、巷で使用されているプロと言う言葉がそのほとんどが誤用だと言う事が指摘できます。
真にプロと言うに値するのは、特定の仕事に習熟している物であって、改めて、その人間をプロと称したいのであれば、そうした特定の仕事に特化させるべきであって、よしんば給をを出しているからと言って、会社にとっての何でも屋のように扱っていては到底プロと呼ぶのには値せず、そのような人間をプロと称して、当たり前にできが良い事を期待するのは酷と言う物でしょう。

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