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国旗・国歌物語⑬

皆さんこんにちは。昨今は梅雨のせいで、なかなか晴天になりません。
早速本題に入りましょう。「国旗・国歌物語」第13回目となります。ひとくくりに枢軸国といっても、決して仲良しクラブと言う訳ではなく、それぞれが別個の国益を追求した結果が、かような同盟関係に至ったのに過ぎません。
独伊の間ですら、そうしたギクシャク関係が存在していました。ただ、これから紹介するルーマニアとブルガリア(それとハンガリー)ほどはひどくはありませんでした。前大戦に話を戻せば、ドイツはハンガリー、ブルガリアと同盟関係にありましたが、イタリア、ルーマニアとは敵対関係にありました。第二次世界大戦下におけるギクシャク関係はこの点による所が多いのです。
既にハンガリーとルーマニアの反目に関しては述べたとおりですが、ウィーン裁定の折にブルガリアも前大戦における失地の返還がルーマニアから行われました。
さて、これらの諸国が往々にして枢軸国=ファシズムとしてひとくくりされる事が多い訳ですが、意外と共通点が低い進展を見せています。日本なんかは軍部独裁と称される事が多いですが、曲がりなりにも軍部独裁と言うに値するのはルーマニアでしょう。
1940年当時国王だったカロル二世の各種の無為無策に対してアントネスク主体の軍事クーデターが行われて、国王は追放され、代わって年少のミハイ一世を擁した形でアントネスクが実権を握る事となりました。
この時、ルーマニアでファシズムと言うのに値する鉄衛団は最初、アントネスクと組んでいましたが、テロ活動がひどい所から次第に排除され、鉄衛団自身も親独でしたが、アントネスクも親独に徹したために、ドイツから見捨てられ、アントネスクの支配が公然と認められる事となりました。
一方、隣国のブルガリアではボリス三世の独裁がまかり通っていました。国王の独裁なんぞはいにしえから良くある事ですよね。
ブルガリア自身は対ソ戦争には参加しませんでしたが、日本だって火事場泥棒的なソ連の侵攻があった事を考えれば、ルーマニアの後にソ連軍の侵攻の的になった事は別段、驚く事ではありません。
さて、余り共通する事のない両国ですが、国旗に限っては共通した経過をたどっています。元々王国時代の国旗は紋章なしの三色旗(ルーマニアは左から青黄赤。ブルガリアは上から白緑赤)だったのが、戦後の共産主義体制の下で中央に紋章が付けられ、冷戦後、西側張りな共和制の下で再び紋章なしの三色旗になりました。
この変化は共産主義を体験したハンガリーと共通した物でして、ただ、ハンガリーは王国時代に別の紋章を持っていた点だけが違っています。ルーマニア、ブルガリアもロシア同様、共産主義を体験しなければ、同じ国旗のまま共和制に移行したことでしょう。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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