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国旗・国歌物語⑯

皆さんこんばんわ。今日は「国旗・国歌物語」第16回目となります。ではどうぞ。

1941年のドイツ軍を始めとする枢軸国の侵攻の結果、ユーゴスラヴィアは数カ国の占領下に置かれたばかりか、複数の新政府が登場することとなりました。前回言ったように「多文化共生」と言う言葉、厄介ですね。ユーゴスラヴィアが他民族混成国家として成り立っていた因果がこのような結果となったにのです。よその国ならば、かように分割した上で複数の新政府が出来るなんて事はソ連は別としても、他にはなかったのです。
新設された政府の1つがセルビア救国政府で、ユーゴスラヴィアが分割して、セルビアだけで成り立つ以上は統合以前の旧来の国旗に戻る事は別段、異常なことではありません。救国政府が用いた国旗は赤青白の三色旗でした。セルビア王国時代と比較して、中央の紋章が省略されていましたが、国家主席として、クーデター以前の摂政であったパヴレ・カラジョルジェビチが就いている事からするに、一応旧来のセルビア王制が維持されていると見て良いでしょう。
もう1つの新政府はクロアチア独立国です。こちらも一応王制と言うことで、イタリア王室から名目上国王が選ばれましたが、実質的には、クロアチア民族団体「ウスタシャ」の指導者アンテ・パベリッチの元で統治される事となりました。
戦後連邦共和国として再建されたユーゴスラヴィアでは、連邦傘下の6つの共和国がそれぞれ赤青白の三色の配列を代えた旗を共和国国旗として用いられ、(紋章に関してはこの限りではありませんが)それは分裂した後でも国際法上での独立国としての国旗として用いられた物でした。
クロアチア独立国では赤白青の三色旗に、左上にUの字を中心とした紋章と、さらに中央には白赤チェックの楯状の紋章がつきました。ちなみに、チェックの紋章は武装SSがクロアチア義勇兵を採用した時に着用させたワッペンともなりました。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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