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何もかも狂っている

皆さんこんばんわ。早速ながら引用文からご覧ください。

フィリピン・ネグロス島に住む「残留日本人2世」の奥間パシーダさんが6日、沖縄を訪れ、父親の萬蔵さんと66年ぶりに再会した。萬蔵さんは戦前にフィリピンへ移民して従軍。終戦で日本へ送還され、当時3歳の娘パシータさんと生き別れになっていた。パシータさんは「長い間、会いたいと思っていました」と涙を流した。
父娘は那覇国際空港で対面。車椅子の萬蔵さんに、両腕を伸ばしたパシータさんが近寄り、抱き合った。「父の同世代のほとんどはなくなった。生きて会えるのを喜んでいる」語った。
萬蔵さんは、沖縄本島から約20キロ離れた伊是名島で暮らしている。パシータさんが覚えているた「オコマ・マンジョ」と言う父の名の響きを手がかりに、NPO「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」が調べたところ、当時の外国旅券下付表に「奥間萬蔵」の名があった。その戸籍などから現住所にたどり着いた。(引用ここまで。8月7日分)

まずもって、二世本人の年齢からして、父親が存命している事例が存在した事自体驚きです。とは言え、自分に言わせればどいつもこいつもいかれている。たいたい、父親にしてみれば、妻子をフィリピンで持ったと言うのに、戦後訪れると言う事をしていないと言うことじゃないですか。
そんな不人情の父親に対して、この期に及んでまだ会いたいという娘。結局のところ、それはフィリピンからいねたいと言う願望を正当化するための物に過ぎなかったのではないでしょうか。
そしてもっとも悪質なのがこのNPO団体です。父親の年齢からすれば、生きているのが珍しいと言うことを考えれば、連中自身、本気で父親が生きているなどと考えて活動をしていたとは思えません。何しろ、二世からの話で父親を探そうとする割には、全く、自分らの存在を世間に広く周知して、父親だと言う人から名乗り出てもらうなんて事はしてこなかったではないですか。
それは、連中の活動の大目的が、二世の日本移住以外の何者でもなく、別段、親子の再会自体が目的ではないからなのです。なまじ父親に二世の情報を与えて、その結果、フィリピンに行かれては連中の大目的には役に立たないですからね。そのように考えれば、父親が生きていようと死んでいようと、父親からのアクションなど考慮しない形で連中が活動しようとする意味も分かろうと言う物です。


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追加で思いついた事ですが、この親子、これからちゃんとうまく暮らして行くのでしょうか。娘にしてみれば、日本に居つくのが第一義的でして、だからこそ、これまできれいごとに徹してきたのであって、いったん、日本定住がかなえば、父親なんぞはどうせ、これまで消息を尋ねようともしなかった不人情な奴だからで用済みにしてしまうかも知れません。そう言う視点で考えれば、よしんば同居したとしても、車椅子状態の弱った状態でいるのをいい事に、父親に対する暴虐がまかり通り、一方の父親は、これまでさんざん捨て殺し状態にしておいた負い目から、そうした暴虐に対して泣き寝入りになってしまうのではないでしょうか。
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