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国旗・国家物語21

今日のエントリーは「国旗・国歌物語」です。
いにしえから大国として君臨していたフランスと違ってドイツの場合、分裂状態が非常に長期にわたって続いていました。それだけにドイツ史は世界史の中でも比較的難易度が高い物だと思います。たとえば、1918年革命が失敗作だったと理解するのには素人には難しいと思います。何しろ、あの革命において帝政がこけて、共和制になったのだから、素人的には成功だと思うでしょうが、実のところは、旧来の軍隊や官僚が生き残ったと言う時点で失敗だった見なすべきであります。
もし成功だったと言うのであれば、革命勢力たるレーテが弾圧される事にはならなかったでしょう。新政府は旧軍と組んで、かつ自由軍団を存在を認め、レーテを弾圧し、議会民主主義を維持する立場に立ちました。
こうした結果、源流は同じでありながらも、共産党は、新政府を代表する側の社会民主党を敵視するようになりました。ただ、ヴェルサイユ条約によって軍隊の大量リストラを強いられた事から、いったんは手を組んだはずの軍部も、次第に新政府に対して距離を置くようになって行きました。
さて、19世紀始め時点ではドイツはいまだ分裂状態で、せいぜい西ドイツにおいてナポレオン一世を盟主とするドイツ連盟なる物が組織されていました。
この後、ナポレオン一世のフランス帝国はロシア遠征に失敗してぐらついていきます。これを契機にドイツで解放戦争が始まり、フランスの追い出しが行われますが、この時に大学生からも義勇兵が参加し、彼らによって後に「ブルシェンシャフト」なる団体ができ、この時にできた旗が今の連邦共和国の国旗となります。
さて、この時できたブルシェンシャフトが目指した事はドイツ統一と民主化でして、それは既存の領邦君主の既得権に抗う事であったために、彼らの道は険しい物でした。当然、フランス帝国没落の時のウィーン体制は革命前の復活であったために、「黒・赤・金」の三色旗はタブーとなりました。
要するに、ナチ党の鉤十字旗の台頭は、この時に運命付けられた物と言えましょう。もし、この理念の下にこの後第一次世界大戦に先立ってドイツ統一がなされたならば、「黒・白・赤」の三色旗が登場する事はなく、大戦を戦った古参ナチ党員も「黒・赤・金」の三色旗をわが国旗と見なして、後々ナチス政権を打ち立てる時にいたっても、イタリア同様に国旗はそのままで自身の天下とした事でしょう。
そうなれば、戦後のナチ党から連邦共和国への変化の下でも、わが国同様に同じ国旗のまま現代に突き進んだ事は間違いありません。

国旗・国家物語これにて完結といたします。<(_ _)>

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