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分裂過多の組織⑩

本日2度目の更新は「分裂過多の組織」の10回目であります。
わが国の軍隊においては先任序列に関してやかましい所がありまして、それゆえに7回目で取り上げた、戦争末期の、小沢中将の連合艦隊就任に伴い、彼より先任である、支那方面艦隊の近藤大将が軍事参議官に移り、また、敵中に孤立して人事異動が不可能な環境にある、南東方面艦隊および南西方面艦隊においては連合艦隊から外して大本営直轄と言う事にして、草鹿、大河内両中将がそのまま在任しても差し支えないように組織そのものを改変しました。
それ自体は、帝国陸海軍が実用性よりも形式的な方を重んじた、ある種のナンセンスさと言う物を示しています。前回申し上げたように、大将への昇進人事を行おう物ならば、先任者が昇進した後か、あるいは予備役に外れてもらうかと言う事情がありました。
この場において、小沢を大将に昇進させると言う選択肢もありましたが、よその国ならば珍しくないこの手段を取ると、先任者たる草鹿、大河内両中将を予備役に追いやらざるを得なくなり、それゆえに小沢自身が辞退したのでした。
さて、開戦直前に東条英機が総理大臣に就任した事は周知の通りですが、そこへ至るにも先任序列と言う奴が絡んできます。単なる大臣であれば中将で就任する事が可能でしたが、親任官の最上級の総理大臣ともなりますと、大将である必要が見えて、本来ならば翌年昇進である物が特別に総理大臣就任と同時に行われました。
これだけでも相当大それた事なのですが、本来ならば、彼と同期の篠塚中将が先任であったために、篠塚の後でなくては東条の大将昇進はできなかったのですが、この結果、篠塚は翌年予備役に追いやられたのでした。
さて、ここで見るように東条は総理大臣就任と同時に大将に昇進した訳でして、その時点では紛れもなく末席の大将であると言う事です。なるほど宮中席次では大勲位受勲者に次ぐ親任官最高位なのですが、それ自体は権限に反映される訳ではありません。
本来、軍人が勤めても総理大臣に就く場合は現役から引いてもらう事が習慣付けられていましたが、東条自身は陸軍大臣の兼務と言う事で、特別に現役にとどまる事ができましたが、基本的にはそれはあくまで文官職の扱いであって、軍隊に関しては何の権限もない状態にあります。
もし、総理大臣に軍隊に関して何がしかの権限が存在していたとしたら、わが国のやり方からしたら、イタリアの総督のように、必ず軍人が任命されるようになって、そうなってくれば、その場においても先任序列が詮索されるのではないでしょうか。
そうであったならば、一般的に総理大臣は陸軍大臣や参謀総長よりも上の扱いを受ける訳でして、そのような地位に下級者たる東条が就けるでしょうか。なまじ政府がそのような権限を持たない、全く別個の組織でしかないからこそ、単に大将をでっち上げておけば構わない地位だったと言う事ではないでしょうか。
東条の地位は単に、全くよその組織たる政府へ出向を命じられたような物であって、朝鮮軍に対して何の権限も持たされていない朝鮮総督のスケールアップ版と言っても良いでしょう。そんな別個の地位でしかないからこそ、末席大将でも勤まったのです。

長くなったので、続きは次回といたします。(^0^)/^^^^^

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